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第8-2回「オレンジ色の空」


 セシリーさんと初めて買い物に行った、市場の近く。

そこまで足を運んだ俺達は、あるお店に立ち寄っていた。

集められた、色とりどりの果実が、(かご)()められ並んでいる。

向こうの(たな)には、(びん)に詰められている、(あざ)やかな液体のような物が、光沢(こうたく)を放ちながらズラリと広げられていた。


「きれいだね・・・・・・」


 思わず出た言葉に、彼女は(うれ)しそうに笑顔を向けてくる。


「でしょ?ここのジャムもマーマレードも、きれいだけじゃなくて、味も良いんだよ」

「へえ・・・・・・そうなんだ」


彼女の言葉に(つぶや)き返しながら、1つ1つに目を向けていく。



 オレンジに、紫に、うっすらとした黄色に───。

 どれもこれも、とても美味(おい)しそうだ。



(なが)めているうちに、全部買ってあげたくなるような、そんな気分がどんどん高まっていく。

ふと、瓶の下に書いてある値段が気になり、目を向けてみると、思わず大きな声が出そうになった。


「どうしたの?」

「いや、結構値段するんだね・・・・・・」


 俺の言葉に彼女も、あーーーー・・・・・・、と言葉を詰まらせる。


「まあね。詰められる()わりの瓶を持ってきたら、もうちょっと安く買えるけど・・・・・・。まあ、作るまでに手間も掛かっているから」

「そ、そっか」

「それでも、値段以上の味は保証するよ!本当に美味しいんだから」

「う、うーん・・・・・・」


 言葉をすぐに返せず、つい(うな)り声ばかり上げてしまう。

そんな中で、先客を見送っていたこの店の人が、笑みを浮かべながら声をかけに来てくれた。


「やあリッちゃん。何買おうか、困っているのかい?」

「あ、どうも。うーん、今日は瓶を持って来ていないから、新しいのを買うのも、ちょっともったいなくて・・・・・・」


 彼女の言葉に、彼はうんうんと(うなず)いている。


「いいよ、よく買い物に来てくれるし。瓶代はおまけして安くしておくよ」


 その言葉に彼女は申し訳なさそうに首を振る。


「いやいや!そこまではいいですよ。・・・・・・あっ!アール君、今回は果物がお土産(みやげ)でもいいかな?」


 思いついたように、そう視線を向けながら声をかけてくるリリス。

えっ、と言葉に詰まりながら、さっき流し見ていた果物の方へと目を向けてみる。



 詰め置かれていたオレンジにふと目が()まる。



鮮やかで美味しそうなそれは、書いてあった値段も、行商のアンジーさんの所で売っていた物と変わらない、手頃な物だった。



 あれならきっと、みんな喜んでくれるよな。



そう思いながら、彼女の言葉に頷き返す。


「うん。それなら、あのオレンジでもいいかな」

「いいよ!じゃあ、これを・・・・・・6つで」

「はいはい!まいどあり!」


 店の方は笑顔を浮かべながら、いそいそと寄って来る。

そして、慣れた手つきで(つや)のある、美味しそうな物ばかりを見繕(みつくろ)ってくれた。

その間に彼女は、お金、お金・・・・・・、と呟きながらベルトに掛けられた小物(こもの)入れに手を入れている。

その光景に、ハッと気付かされた。



 あの時、話の流れで買い物に来てしまったが───。

 自分はまだ、お金を持っていないじゃないか。



「ご、ごめん。俺、何も持っていないのに、買い物に誘っちゃって」

「え?いいよいいよ!気にしないで、これは私の(おご)りだから!」


 何も気にすることなく、いつもの笑顔でそう答える彼女。


「どうする?紙袋いるかい?」

「ううん、大丈夫!ごめんアール君、そのオレンジ持っていてくれる?」

「え、う、うん」


 その笑顔に流されるように、店の方から渡されたオレンジを、両の腕で持ち(かか)えた。

そうこうするうちに、リリスはお金をその方に渡している。

初仕事帰りのお土産購入が、あっさりと終わってしまった。


「じゃあね!また来ます!」

「はいよ!アールさんも、また来てね!」


 分かりました、と頭を下げている間もなく、彼女は店の方にもう一度手を振って、その場を後にしていく。

俺も置いていかれないように、オレンジを落とさないようにしながら、その背中を追いかけた。


「はいアール君。半分持つよ」

「あ、どうも」


 横に並んだタイミングで、彼女はひょいと、腕に積まれたオレンジを持ってくれた。


「今日はありがとう。俺、お金持っていないのに、分かった上で一緒に来てくれて」


 その言って彼女に頭を下げるが、彼女もうんうん、と言うように首を横に振って、笑顔を浮かべたまま返事をしてくれる。


「いいっていいって!私も久しぶりに、誰かと買い物出来て楽しかったし」

「そ、そう・・・・・・?なんだか、申し訳ないな・・・・・・」



 彼女に全部出してもらって、それでいいのかな・・・・・・。



そう思いながらも、燦々とした笑みについ、頷き返してしまう。

頷き返して間もなく、今度は彼女が口を開いた。


「アール君、初仕事おめでとう!支部に帰ったら、初めてのお給料が貰えるね!」



 溌剌(はつらつ)とした、彼女の笑顔。

 おめでとう、という言葉と、初めてのお給料、という言葉。



向けられた、彼女の燦々(さんさん)とした笑顔に、体の奥から()き上がっていた気持ちに、気付く事が出来た。



 そうか・・・・・・俺、やれたんだ。

 する前までは、あんなに緊張と不安でいっぱいになって、大丈夫かな、と思っていたけれど───。


 なんとか、やり切れたんだ・・・・・・!

 俺、出来たんだ・・・・・・!



「私も初めての仕事帰りは嬉しかったなー。その気持ち良く分かるよ!」

「えっ」

「アール君、さっきからずっとニコニコしているんだもん。よっぽど嬉しかったんだな、って」



 えっ・・・・・・。

 そんなに自分、笑っていたのか・・・・・・。



彼女の指摘に何故(なぜ)か、恥ずかしいという思いが込み上げてきてしまい、つい視線を外してしまった。


「あはは!別に恥ずかしがらなくてもいいよ」

「えっ、まあ、そうだけど。なんか・・・・・・」


 笑う彼女の姿に、ますます恥ずかしさが込み上げてくる。


「そうだ、アール君!今度でいいからさ、初給料で何か奢ってよ!」


 (うつむ)きながら歩いているうちに、ふとかけられた思いがけない言葉。

 えっ、と視線をまた彼女に戻す。


「えっ?奢るって、この前の親睦会(しんぼくかい)、みたいな感じで?」

「あ!ケインズのホール?いいね!初奢りはそこで決定ね!」


 何気なく言った(たと)えから、気がつかないうちにどんどん話が進んでいっている。

頭の中に浮かんでくるのは、あそこで見た食事の値段。



 あそこも美味しい分、全部そこそこする値段じゃないか!

 自分のお給料が、どんなものか分からないけれど・・・・・・。

 あんなに払えないよ、きっと!



「い、いやいや!あれだよ、今のは例え!例えみたいなものだよ!」

「ダメダメ!もう決定だから!次の仕事帰りは絶対そこで奢りね!」

「ちょっと!そんなの無理だって!俺払えないよ!」


 笑いながら彼女は、俺の言葉を振り切るように、軽快な足取りで支部へと走りだしていった。

その後を、3つのオレンジを落とさないように抱えながら、追いかけていく。

彼女の頭上に広がる、ニッコサンガの空も、オレンジ色に染まっていたのだった。




 -続-


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