第7-6回「初仕事を終えて」
砦への輸送を終えた帰り、俺達は行きの道中に休ませてもらった、カウツの村に再び寄らせてもらい、今日の疲れを取らせてもらっていた。
オレンジ色の空にも、夜を知らせる紫の色が、じわじわと広がってきている。
のんびりと空を眺めながら、馬を外された動かない馬車の横で、今はボーッとしていた。
帰路で再び、あの森近くを通ったのだが、今回はあのゴブリン共に襲われる事は無かった。
まあ、その理由は多分、あれだろうな・・・・・・。
そう思いながら、とある馬車にふと目を向けてみる。
幌の外されたその馬車には、木組みの箱が剥き出しになって置かれていた。
ついさっき、ここに来るまで自分が側について歩いていた、あの箱。
ここからかなり離れた位置に置かれているはずなのだが、少し臭いが鼻に入るだけで、ウッと何かが腹の底から込み上げてきそうなほどに、強烈な臭いを放っている。
それもそのはず。
木箱の中には砦の人達が出した『糞尿』が、溜められているからだ。
なんでも、これが作物を育てる為にはとても貴重な物らしく、毎回のように空馬車が無いように、このような形であの舟運の所にまで運ばれていき、そして分配されていくらしい。
歩いている時にふとディアナさんが教えてくれたのだが、あの糞尿から魔力の源を抽出して、簡単に服用して強い魔法を使えるようになる研究も、最近は進められているという。
「あたしも支部長から教えてもらった時、さすがにひいたね。アール君も気をつけなよ。世の中ウマい話には、クサい裏があるものだって」
頭の中によぎる、糞尿箱の入った馬車を説明した時に言っていた、ディアナさんの姿。
そして、魔法研究、という言葉に続いてくる、あの時の光景。
ニッコサンガに初めて向かっていた時に、スタックス支部長に見せてもらった───。
道具も無しに木の葉に火をつける術。
それらが映像として、続けざまに頭の中で浮かび上がっていた。
あれが簡単に、自分でもあそこから出来た物を飲んだら、出来るとしても────。
「いやいや、俺には無理だ。無理無理」
出来ない、自分には出来ない、と首を横に振って目線を外す。
あんな臭い物から出来た物など、口になんか出来ない。
それで魔法が使えるだなんて言われても、とてもそんなの、受け付けられないよ。
いや、研究を進めていると言うからには、それはきっと、この国にとって大切な事業のはず。
そんな事業と、今の自分が巡り合うはずも無いじゃないか。
あるはずも無いのに、何勝手に、こんな事を、俺は・・・・・・。
俺は、何を独りで、バカな事を考えているんだ・・・・・・。
そんな事を自問自答しながら、息を吐く。
相変わらず、周りに何かが近づいているような気配は無い。
「あれ?アール君そこで何しているの?」
声をかけられたので振り返ると、濡れた髪を拭きながら、リリスがこっちに歩いて来ていた。
「うーん、つい落ち着かなくて。昨日みたいに夜回りっぽくここに居たら、少しはマシになるかな、と思ってさ」
「あはは、固くなり過ぎだよ。今日は盗られて困るような物は積んでいないんだし。あ、いやあの木箱は盗られたら、ちょっと面倒かも」
軽く頬を緩ませながら、そう話す彼女。
「うん、でもあれはさすがに、盗まれないよな。あんな臭いのを、わざわざ」
「だよね。あれ盗る奴なんて、いる訳ないよ、絶対」
彼女の会話に俺も軽く言葉を返す。
彼女も髪を、くしくしと拭きながら、アハハと笑い返してくれていた。
「アール君も、体洗っておいでよ。せっかく宿の人が「服洗うついでに、一緒にどうだ」って言ってくれているんだし」
「う、うん」
今夜は宿の方達のご厚意で、ここまで着てきた服を茹でて洗ってもらい、そのついでに沸かしたお湯で体も洗わせてもらえる事になった。
この馬車置き場に来る途中、気持ち良さそうな彼女達の声が聞こえてきたので、正直自分もうずうずはしている。
それでも、自分が出しゃばるには、まだまだ経験も浅いし、少し無礼な気もする。
ここは我慢して、皆に先を譲るべきだ。
「俺は最後でいいよ、皆の方が疲れていると思うし。それにまだ、俺が一番経験が浅いからね」
「そう?アール君も頑張ったんだし、別に遠慮しなくてもいいと思うけどな」
俺の心を見透かしたように、真っ直ぐな視線を彼女は向けながら話してくる。
その言葉に、キュッと胸が締め付けられそうになった。
彼女はまさか、俺の心を読めるんじゃ・・・・・・。
「どうしたの?そんな顔して」
「あっ、いや・・・・・・」
不思議そうな声色でそう言いながら、ジッと彼女が目を見てくる。
そんな風に言われると、早くさっぱりしたい、という気持ちが、なんだか・・・・・・。
あんまり、遠慮してばかりというのも、良くはないのかな。
「分かった。リッちゃんの言う通り、ここは遠慮したらダメだよね。俺も行ってくるよ」
真っ直ぐな彼女の目に、気持ち良くなりたいという気持ちにとうとう、負けてしまった。
行くと言ってすぐ、ホッと温かな笑みを、彼女から向けられる。
それがいいよ、と背中を押すように。
「うん!結構熱いから、気をつけてねー」
濡れた髪を拭くリリスに見送られながら。
遠慮するな。
と言い聞かせるように、湯気の立ち昇る方へと、足を進めていくのだった。
-続-




