第7-3回「初戦闘」
・戦闘描写があります。
苦手な方は、読み飛ばしていただいても構いません。
ディアナさんに促されてから、どれくらい歩いたのだろうか。
口の中も、なんだか渇いたような感じがしてきて、目の重怠い感じも、心なしか強くなっているような気がする。
あの森は、まだ深々と広がっており、目的地の気配は微塵も感じられない。
まだ、着かないのかな・・・・・・。
思わず溜め息が出そうになるが、ブンと一つ首を振り。
しっかりしろ。
と、もう一度自分に言い聞かせる。
幌を引っ張る馬にふと目を向けてみると、さっきよりも馬の息遣いが、少し荒れてきているような気がした。
「あの、大丈夫ですか?この馬」
ふと気になった俺は、馬を操作している方に声をかけてみた。
「うん・・・・・・。結構歩いているからね、そろそろ休ませたいんだけど・・・・・・」
彼も心配そうな表情を浮かべて、ポツリと返事をする。
そうだよな、自分もあんまり意識していなかったけれど───。
あの休みもちょっとだけだったし、それからまあまあ、歩きっぱなしのような気もするんだよな。
ここが危険な場所だというのは、分かっているけれど───。
どこかで、この馬の為にも、休みを挟んであげた方がいいような気もするんだよな・・・・・・。
俺、どうしたらいいんだろう。
そう思いながら、ふと視線を草むらへ向けた時だった。
ガサガサガサ、とした音に合わせて、何かが1・・・・・・いや2、3こちらに動いたのが見えたのだ。
ハッと身構えてみるが、草むらはシンと鎮まり、ゆさゆさとそよ風に吹かれているだけ。
見間違え────いや、そんなはずはない。
あの動きはなんとなく、自分が目を離した瞬間に合わせてのような、そんな気がしたのだ。
が、草むらばかりに目を向けている訳にもいかない。
森の方にも目を向けようと動き、また足を動かしていく。
前を警戒するリリス、後ろのディアナさんの死角にもう一度合う瞬間を見計らって、ふっと草むらに視線を向ける。
間違いない、まただ。
俺の・・・・・・いや、リリスの馬車の方に、か?
それはガササと、少しずつ、俺達の馬車の方へと少しずつ、確実に仕留められる位置目指して、近づいてきていた。
ディアナさんが、後ろの馬の前方に進んでくるタイミングを見計らって、声をかけてみる。
「ディアナさん、草むら・・・・・・」
「居るのか。私も動いているのは見えたが、どれくらいだ」
彼女は既に把握していた。
その落ち着いた口調に、あらためて彼女の踏んできた場数が、ひしひしと伝わってくる。
「多分、3・・・・・・くらいです」
「そうか、森の方でも動いているぞ。かなり遠くからだから、見づらいが」
チラリと視線を向けてみるが、暗すぎて一瞬、自分には見えなかった。
言われてみたら、木々の間に何かがいるようにも見えるが・・・・・・。
指摘されなければ見落としてしまいそうなほどに、それは遠くの方にぼんやりと見えていた。
「連動しているんですかね」
「かもしれない。砦まであと少し、どうしようか・・・・・・」
ディアナさんはそう言いながら、今度は後ろに歩くように幌の後ろへと回っていき、草むらの方へと歩みを進めていく。
俺もグルリと動いて、自分の馬車の前を通って草むらの方へと動いていく。
草むらに動きはない。
森の方は小さくだが、何かが、ザザザと動いたように見えた。
「ディアナさん、実は俺の馬車が、少し疲れてきたみたいで・・・・・・」
馬車左手で彼女の動きと被った瞬間に、スッと近づき、もう一度話しかけてみる。
「なるほど、そうか。となれば、強行突破は厳しいな。うーん・・・・・・」
彼女はそう言いながらまた後ろへと歩き、ぐるりと森の方へと歩いていく。
タイミングをずらして、草むら、幌の後ろに回って森へと視線を向けて───。
それからまた、草むら側へと付き添っていく。
「アール、おびき出すぞ。覚悟してくれ」
そう言った彼女は、小さな笛のような物を取り出して、軽快に2度吹鳴してみせた。
まるで小鳥の鳴き声のような、軽くて明るい吹鳴。
その笛の音にリリスも、一番前のトミーさんも、ふと振り返る。
ディアナさんの動きは一瞬だった。
左、右と素早く指を動かして、拳を小さく握ると何かを引くような動きをして、合図のようなものを送る。
指の動きはなんとなく分かる。
敵の接近を知らせるものだと思うのだが、早すぎて拳の動作が何なのか、理解が追いついてこない。
前の2人はその合図に察したように、頷いてそれぞれが馬車の人に耳打ちをしている。
それから間もなく、リリスの護衛していた馬車がゆっくりと動きを止めていき、その動きに釣られるように、俺の幌馬車も緩やかに止まった。
いったい、どうするんだろう。
と思っているうちに、今度はマンソンさんがこちらを向いて「休憩!」と、声を上げる。
だが、俺の頭の中には、さっきのディアナさんの言葉がもう一度念を押すように聞こえてきていた。
これは、ただの休憩ではない。
敵が接近している中において、何も考えずに止めるはずがない。
とすれば・・・・・・これは敵を引き釣り出す為の、罠。
俺は───俺はどうしたらいい。
どう意識したらいい。
この意図に応える為には、どうしたらいいんだ・・・・・・。
吹いてくる風が、ぞくりと背筋を震わせる。
深々とした森も、草むらからも気配も、音もしてこない。
奴らは、いつ来る・・・・・・。
俺は、俺は────どうする。
幌を牽いていた馬は、道に生えている草を食んで、ふんふんと鼻を動かしている。
ひくひくと動く、その馬の鼻に一瞬、目を向けた、その僅かな瞬間だった。
草むらから何かが、リリスの馬車に向けて、凄い速さで近づいている。
「草むら!」
体が動く間もなく、俺は声を上げていた。
草むらから出てきた、それ。
それは、あの初めて目覚めた場所で見た、土色の化け物。
ゴブリンと、教えてもらっていた化け物が2体、リリスに向けて襲いかかって来た。
「じゃあっ!」
声を上げて飛びつくゴブリンを、彼女は即座に薙ぎ払う。
2対1、彼女が危ない!
すかさず彼女に加勢しようと、向かっていきそうになった瞬間だった。
俺の左手からも、草を掻き分けて、何かが突っ込んでくるような音がする。
来るのか!?
なら来い!!
「ぐるぁっ!!」
「うおおっ!?」
完全に不意を突かれた。
音のした方の斜め後ろから、ゴブリンが1体飛びかかって来たのだ。
「ひいっ!!」
腰に差した剣を抜く暇が無い。
慌ててあの短剣を抜いて、飛びかかった化け物に突き返す。
奴の腕に切っ先が、突き刺さる感じが伝わる間もなく───。
今度は前方斜めから、もう1体突っ込んでくるのが見えた。
あ、これはダメだ。
そう思った瞬間だった。
後ろから甲高い指笛が聞こえる。
その指笛を見計らったように、車輪がギギギと動き始めた。
「う゛ごろあ゛っ!」
もう1体のゴブリンの噛みつきに、慌てて後ろに身を退いて、その流れでスッと膨らんだ腹めがけて突き返す。
びゅっとした、嫌な感触が切っ先から指に伝わり、澱んだ液が飛んできた。
「走れアール!!」
ディアナさんの声に、俺はハッと馬車に目を向けた。
カカカと動いた幌馬車は、ぐんぐんと速くなり、前へ前へと動き始めている。
前で戦っていたリリスは、もう馬車に掴まっており、2体のゴブリンを上手くあしらっていた。
まずい、置いていかれる。
地面を蹴って小走りしながら、練習の動きとは違っているが、側面を蹴って馬車の隙間へ跳び乗った。
身を翻した、前のゴブリンがギョロリと俺に、目を合わせたと思う間もなく、ガッと飛び上がって来る。
これは大丈夫だ。
反撃に頑張ってくれた右手の短剣を戻しながら、腰の剣を抜き取り、そのままずばりと横に振り薙ぎ払う。
ガズリと、肉の中を削るような感触。
飛びかかってきた化け物は力なく、地面に叩き落とされる。
「アール!森からも来るぞ!」
ディアナさんの声にハッと振り返り、そのまま森へ視線を向けてみる。
最初に自分に飛びかかってきた奴は、彼女に斬られたのか草むらに頭を突っ込んで、ぐったりとしていた。
森からはバラバラと、ゴブリン共が6体、馬車に向けて突っ込んでくる。
追いつかれるのか、やられるのか・・・・・・。
だが、俺が跳び乗った馬車は、どんどん速度を上げて速く、速くなっていく。
奴らの姿が、小さくなっていく。
この速度なら、大丈夫かも。
と安堵する間もなく、追っていた奴らの動きも諦めたように、遅くなっていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
全力疾走くらいだった馬車の速さも、少しずつ早歩きくらいにまで落ち着いてくる。
もう、奴らの姿は見えない。
右手には深々とした暗い森、左手には草原。
そして、前方には小さく────。
本当に小さくではあるが、灰色の建物のようなものが、近づいてきているのが見えた。
前の馬車に、リリスが掴まっているのも、見えている。
なんとか、切り抜ける事が出来たのか・・・・・・。
ふと、額に手を当ててみると、水の中に落ちたように、ぐっしょりと濡れている。
どくどく、どくどくと耳にまで響くほど、胸はやかましく鳴って、漏れ出てくる息は、乾きに乾ききっていた。
「アール!」
ディアナさんの声がして、ふっと振り返る。
「よく頑張ったな!あと少しだ、頑張ろう」
もう彼女は降りて、地面をスタスタと歩いていた。
「は、はい!」
まだ、あの戦った実感が───。
自分が、本当にやったのかという感じが、上手く自分の中で合致してこない。
前を行く馬車に目を向けると、リリスも振り返っており───。
あと少しだよ。
そう励ますように、笑みを飛ばしてくれていた。
目線を上に向けると、白い光は高く高く、遙か頭上に浮かんでいる。
そうか、なんとかなったんだ・・・・・・。
初めての護衛に、初めての実戦。
無事、やり通す事が、出来たんだ・・・・・・。
その実感が、スタリと降りた地面からの感触で、ようやく気付く事が出来た。
馬車隊の向かっているその先は、さっきまでの緊張を忘れさせるほどに、雄大な山と、森が広がっているのが見えている。
トコトコと聞こえてくる、馬の足音。
微弱な風に吹かれて、影を揺らす白い幌。
穏やかに映るその光景で、ようやく俺は、胸の奥から湧き出てくる───。
温かな、明るさに溢れた感情に浸る事が出来たのだった。
-続-
・ここまでの拝読、ありがとうございました。




