第6-5回「夜空の静かな光」
幌をハタハタと揺らして、髪を靡かせている冷たい風。
ひんやりと、服の中を突き抜けていくように、しゅん、しゅんと吹いてくる。
ディアナさんが去ってから、足音や気配は彼女以外に感じられない。
時おり、小さく聞こえてくる馬の鳴き声、夜風に当てられる幌馬車以外に、俺とリリスを遮る物は無かった。
彼女は何も言わず、夜風に吹かれながらジッとこちらを見ている。
まるで俺の反応を待っているかのように、ジッと・・・・・・。
気まずい、という言葉が、ぽわんと頭の中に浮かび上がってくる。
俺は、どうしたら・・・・・・。
どう、声をかけたら、いいんだろう。
ぐるぐると、様々な言葉を取り出していきながら、話すべき文章をうん、うんと懸命に形成していく。
「り、リッちゃん」
俺の呼びかけに、彼女の目がパッと開かれた。
「その・・・・・・心配かけてごめん。夜回りの事が聞けて、お腹の張りも落ち着いたから、もう大丈夫だよ」
その言葉で、彼女の表情がゆっくりと、穏やかなものへ変わっていく。
「そっか!でも、本当にあれだけで大丈夫なの?お腹空かない?」
いつもの調子で、彼女は返事をする。
明るいその笑顔に、また俺の体がほっこりと、温かくなった。
「うん、大丈夫。リッちゃんも、あまり食べていないんじゃないのか?」
「私は、食べ過ぎたら眠くなっちゃうからね。ほどほどくらいで良いの」
彼女の言葉を受けて、不意にあの親睦会で酔い潰れた姿を思い出す。
俺は思わず「なるほど」と頷き返した。
休憩とはいえ、いつでも動けるように気構えておかないといけないんだ。
うっかり眠ってしまったら一大事。
彼女の言葉は、至極当然なものだった。
もしかしたらそういうのを見越して、やけにお腹が張ったようなのも───。
俺の体が、無意識のうちに、そう・・・・・・。
いや、それは違うか。
と、自嘲気味に心の中で呟いて、首を小さく振る。
「でもアール君、今日から初めてでしょ?私も今回は夜回りまではいいと思うけれどな。休んだ方がいいよ」
俺の体を気遣って、やはり心配そうな表情で彼女は話しかけてくる。
その気遣いに、ありがとう、と返してから、俺も言葉を続けた。
「俺は大丈夫。少しでも力になれるように、出来そうな事は少しずつ覚えていきたいんだ。やってみないと、出来る出来ないの段階も分からないし」
そう話しながら、自分の言葉にそうだ、そうだよと心の中で頷く。
今の自分は、出来ない事だらけなんだ。
右も左も分からない、自分の為に手を貸してくれている───。
皆の為にも、力になれる事を、少しずつ増やしていきたい。
そんな気持ちを込めて、もう一度彼女に、うんと頷きを届ける。
俺の頷きに、彼女も微笑を返してくれた。
「分かった。何かあったら、何でも言ってくれていいからね」
その言葉に、ハッと頭に言葉が浮かんできた。
こういう事を聞いた方がいいんじゃないかと、頭の中で段落分けの文章を組んでいきながら、リリスに尋ねていく。
夜回りの守るべき約束事のようなものや、どういった点に気をつけておくべきか。
まだまだ俺には、分からない事や、聞いておくべき事だらけなんだ。
後でいいや、と考えずに、教えてもらえる事は色々聞いておこう。
そして、やっていこう。
「リッちゃん。それならさ、聞きたい事が色々あって・・・・・・」
「うんうん。どんな事?」
ディアナさんから言われていた、周囲への意識も常に飛ばしながら、1つ1つ分からない事を尋ねていく。
相変わらず、冷えた風が幌にハタハタと当たって、彼女の髪をゆらゆらと吹き流している。
深い、深い夜空にはチラチラと小さな光が、流れる黒雲に遮られたりしながら、俺とリリスを見守るように、ゆったりと輝いていたのだった。
-続-
・この回にて、カウツ村のパートが終了になります。
ここまでの拝読、ありがとうございました。




