第6-2回「卸場でのひと時」
門を抜けて少しばかり歩いた頃、俺達は人の行き交う中を、何度か通り抜けていき、ある場所で足を止める。
そこには、あの支部が5つも、6つも収まりそうなほど、とても大きく開かれた建物が広がっていた。
「トミーさん、覚えているよな?」
「心配すんなよ!いくら鶏頭っても、それぐらいの事は覚えているって!」
「・・・・・・それで間違えた事が、前にあるからなあ」
俺とリリスさんを尻目に会話をする2人。
首を傾げる彼女に、大丈夫だろ!と言うように、トミーさんはずんずんと歩き始めた。
建物は遠目から見ても分かるように、岸に向かって伸びていくような広い作りとなっている。
中では、色んな人が物を運んで、行き交って、声を出して───。
荷車に積んでいる様子が見えていたのだが、その中は俺が思っているよりも、ずっと広いものだった。
あまりにたくさんの物と、人で溢れかえっているのもあり、少しでも前を行く3人から目を逸らしてしまったら、すぐにでも逸れてしまいそうになる。
所狭しと並べられている、様々な物に、人に目を泳がせながらも、なんとかその後ろ姿を追い続けているうちに───。
ある場所を前にして、トミーさんの足が止まった。
「おう!今日はディアナさんにトミー、あとは・・・・・・リリスちゃんか!」
布の屋根が付いた馬車から、顔を覗かせている人が、気さくに声をかけてくる。
「マンソンさん、今日もよろしく!」
「また今回も、お世話になるよ」
「ははは!いやー、2人が来てくれて心強いよ!あっ、トミーさんは2人に入ってないから」
「おいおい、なんでだよマソやん!そりゃあねえだろ・・・・・・!」
楽しそうに話し合う4人。
俺もこの、荷馬車の方に挨拶したいのだが、どうも会話に入りづらい感じがして、つい退いてしまいそうになる。
「マンソンさん、紹介するよ。アール君だ」
不意にディアナさんから手を向けられて、胸がヒヤリとする。
気持ちの準備が、まったく出来ていない。
慌てて一歩、前に出て、少し髭を蓄えたその方へ一礼をする。
「スタックス支部長の所でお世話になっています、アールです。今日から初仕事になります・・・・・・よろしく、お願いします」
決して失礼の無いように、と意識しながら、絞り出すように声を出して、もう一度深く頭を下げる。
緊張のせいからか、胸から響く音はますます大きく、速くなっていた。
「いいねえ!新人さんか!初めまして、俺ぁマンソン・スノウベックだ!」
そう言いながら、よろしくと手を差し出してきた。
俺も、よろしくお願いします、と返すように彼の手を握る。
ギュッと握られた彼の手は、浅黒く、力強いものだった。
「いやー、彼いいね!なんか、トミーさんよりも頼りがいありそうだね!」
握手と同時に笑顔を振り撒く彼は、その表情のまま、ディアナさんに話しかけている。
「昨日、稽古をつけてみたけどね。彼、なかなか筋が良いよ」
「そうなのか!いやー、それなら期待しちゃおうかな!」
「おいおい、俺より頼れそうって・・・・・・!そりゃねえよマソやん」
楽しそうに話し合う3人。
マンソンさんの言葉が、どこまで本気なのか、要領が掴めず、上手く言葉を返せない。
すると、リリスさんが軽く肩を叩いて、目配せをしてくれた。
「大丈夫、あの人はいつもあんな感じだから。あれで大丈夫だよ」
不安半分の胸中を汲み取るように、彼女は優しく、そう声をかけてくれる。
ああ────あれで大丈夫なんだ。
ありがとう、と言葉を添えて、彼女に軽く頷き返す。
リリスさんも、うんうんと頷いてくれていた。
彼女の微笑にホッとした俺は、視線を荷馬車の方へと向けてみる。
ここに来る前に説明を聞いていた、輸送の護衛の全容が、ようやく実物を見る事で理解する事が出来た。
なるほど、そういう事か。
あの川から、舟で運ばれてきた食糧などの色んな物資を、この中に積んでいき、戦場の最前線まで運んでいく。
その道中、敵の略奪や襲撃があるかもしれない。
だから、武装した俺達がその襲撃に対して反撃出来るように、護衛する、という訳か。
向こうで話をしている4人を尻目に、俺は荷馬車をぐるりと見渡していく。
まだ馬も付けられていないそれは、しっかり、がっしりと、堅く頑丈に作られていた。
歪みの無い、綺麗に整えられた車輪は、触ってみると心地良く、滑らかでありながらも硬く、重みのある感じが手のひらを通じて伝わってくる。
後ろに回って見てみると、中にはあの市場でも見た、ソーセージなどの肉が袋の中に詰められて、薄暗いそこへ、どっさりと積み込まれていた。
目線を外して遠くに目を向けると、車輪などがたくさん積まれた所で、ぐるぐると車輪を回しながら、研ぐような作業をしている人達がいる。
ああ、なるほど。
あの人達が、この荷馬車を整備してくれているんだな。
ディアナさん達と楽しそうに話すマンソンさん。
そして舟が乗り付けている岸辺に建てられた、この場所。
荷馬車を整備する、たくさんの人達。
そして・・・・・・これから輸送に携わろうとする自分達。
あらためて俺は、このニッコサンガという町が───。
いや、俺を取り巻くこの場所が、多くの人達と繋がって、成り立っているんだ。
そう認識する事が出来た。
「アール君、何してるの?」
「わっ!?」
不意にかけられた言葉に、つい情けない返事をしてしまう。
声のした方を見てみると、リリスさんが笑っていた。
「あはは、ごめんごめん。ふらふらしながら幌とか見ていたからさ、つい気になっちゃって」
「り、リリスさん・・・・・・」
笑顔を浮かべる彼女に、驚かされた事について何も言えず、フウと溜め息を吐く。
「アール君、前から気になっていたんだけどさ」
溜め息から間を空けずに、笑みを崩さずに彼女が言葉を続けてくる。
何だろう、と思いつつ俺も目を合わせてみた。
「私とアール君、年齢が近いと思うんだよね。だからさ」
「だから・・・・・・」
彼女の言葉に釣られて、つい復唱し返す。
「リリスさんはよそよそしいから、リリスでいいよ!」
そう言いながらまた彼女は、ニコリとまた、明るく笑顔を向けていた。
空に昇った日の光よりも、すっきりとした笑顔に、落ち着いていた胸がまたドクドクと、高鳴ってくる。
「い、いいの?呼び捨てでも・・・・・・」
「うん。なんかさ、せっかく歳も近いのに、ずっとさん付けなのも、こう・・・・・・。しっくりこないというか」
「そっか・・・・・・」
彼女の言葉に、うんと一つ頷きを挟む。
彼女の様子や言葉で、そう決めつける訳でも無いが・・・・・・。
昨日、ビアホールからの帰りにスタックス支部長から教えてもらった、ここの誕生した経緯なども考慮して───。
彼女はあまり、歳の近い、友達のように気を許せる人と、あまり接する事が無いのかな。
という考えが、俺の頭の中にポンと浮かんできた。
それなら、彼女の思いに応えてあげよう。
彼女の為にも、そうしてあげるべきだ。
そう思いながら頷き、言葉を返す。
「じゃあ、リリスちゃんでもいいかな?」
その言葉に、彼女は目線を合わせ、そしてほんの少しだけ俯いた。
「ちゃんかあ・・・・・・。うーん、それならリッちゃんの方がいいかも!」
ポンと閃いたような、明朗な表情で彼女はそう答えてくれた。
その言葉に、それがいいのなら、と俺も頷き返す。
「分かった。リッちゃん、これからの初仕事、よろしくお世話になります」
明るい彼女の笑みに釣られて、頬を緩めながら、ぺこりとお辞儀する。
「いいよいいよ!そんなに固くならなくても!こちらこそよろしくね、アール君!」
その言葉を受けて頭を上げ直すと、あのニコニコとした笑顔のまま、彼女は手を差し伸べていた。
お互い頑張ろう。
今日からよろしくね。
そんな思いの込められた、優しさ溢れる手。
こちらこそ、お願いします、という気持ちを笑顔に込めて、その手をギュッと握り返す。
ふと視線をあの3人に向けてみると、彼らはまだ楽しそうに、何かを話している様子だった。
「あの感じだと、しばらく荷積みも出発も、まだしばらく掛かるよ」
「そっか、まだ掛かるんだ」
「だから、それまでどうしよっか?」
そう言いながら、彼女がまた俺の目を見てくる。
まだ出発しないというのなら───。
なら、その前にこの仕事の事や、この場所の事など───。
色んな聞きたい事を、今から彼女に聞いてみよう。
そう思いを込めながら、小さく頷き返す。
「じゃあ、もう少しここの事とか、色々聞いてもいいかな。その、歩きながらとか」
「うん、いいよ!それじゃあ、色々回りながら、分かる範囲で教えてあげるね!」
その言葉に、彼女は明朗な声と共に、笑みを返してくれた。
あれだけ高鳴っていた胸も、気がつくと落ち着き、穏やかなものに変わっている。
初めての仕事と、束の間のひと時───。
それからしばらく、リッちゃんと俺は、荷馬車の支度が終わるまでの間。
行き交う人に目を向け、聞こえる言葉に耳を傾けたりしながら、ウロウロと市場の中を、見て回ったのだった。
-続-




