第3-5回「トミーという男」
オレンジ色に染まった空の下を、俺はスタックス支部長の背中を追いながら、小走りに駆けていた。
というのも、俺の為に親睦会を開いてくれると支部長が提案してくれ、ディアナさん達も喜んで同意してくれたのだが、今日ここに帰って来たもう1人の隊員、トムソン・デンプシーこと『トミー』の行方が分からないからだ。
支部長に付き添いながら、彼の行きそうな場所を1箇所1箇所と回っていったのだが、一向にその姿は見られない。
「あんの雄鶏・・・・・・もうどこに居るんだ、まったく・・・・・・!」
光に照らされる支部長の顔。
いつもは見せない、カリカリとした様子になぜかビクビクした気持ちが駆り立てられてくる。
頼むから、早く見つかってくれ・・・・・・。
そう胸の中で呟きながら、また走っていく彼の背中を追いかけると、肉屋の前でピタリと足が止まった。
店の前で背を丸くして商品を見ている男。
「おおいトミー!こんなところで何しているんだ!」
スタックスさんの叫び声にハッと男が振り向く。
口周りの髭を整えていない、だらしのない雰囲気を醸し出すこの男。
彼がどうやら、お探しのトミーさんらしい。
「ああ支部長!ちょうどいい、支部長ならどれ食べます?俺はこのハムなんか・・・・・・」
「何言ってんだ!どこかに行くなら、誰かに伝言してから行ってくれと、前に言ったじゃないか!ふらっと居なくなって、こっちは困っていたんだぞ!」
少々荒っぽい口調でそう言いながら、スタックスさんは彼の側まで寄って行く。
トミーさんは相変わらず、へらへらとしていた。
「あれ?おっかしいな、セッちゃんからお金貰った時、言ったつもりだったんだが」
「伝言するなら、相手と場所もセットで言ってくれないと!金返してくるだけじゃ、どこ行ったのか分からないだろ!はあ・・・・・・」
「そうだった。すまんすまん、忘れてた」
溜め息をついて肩を落とす彼を、励ますように笑うトミーさん。
ああ、なるほど・・・・・・。
支部長の気苦労をまったく気にする素振りの無いその姿に、前もって聞いていた、彼への印象について納得する事が出来た。
「ところで支部長、横に居るこいつは誰だ?新入り?」
ふっと俺に目線を合わせて、彼が話しかけてくる。
「は、はじめまして、アールと言います。今、記憶喪失で色々スタックス支部長のお世話になっています」
「おうアールか!俺はトミーだ、よろしく!」
屈託の無い笑顔を浮かべて、そう言いながら握手を交わしてくるトミーさん。
無骨なその手からは、皆の言っていた粗雑だが、性根は真っ直ぐで、悪くない奴だという事が、ぎゅっぎゅと伝わってくる。
「で、支部長。何で俺の事をそんなに探しているんだよ?なんか忘れ物でもあったのか?」
少々疲れ気味に、スタックスさんが返事をする。
「これからアール君との親睦会って事で、例のビアホールでこれから食事しようって話になったんだ。だから、探していたんだよ」
「マジかよ!それなら早速行こうぜ!アール、あそこのビールはな、本当美味いんだよ!料理も最高に良いしよ!」
「は、はあ・・・・・・」
それじゃあ行こうか、とスタックスさんに言う隙も与えず、勢いそのままに彼は駆け出してしまった。
「アール君、分かっただろ。どうして、彼に君を任せる事を、一瞬ためらったのが」
「は、はい。なんとなく」
「悪い奴じゃ無いんだがなあ・・・・・・。疲れるよ本当」
溜め息を吐きながら、支部長は少しへろへろとした足取りで、先に行った彼を追うように歩きだす。
俺は、トミーさんの調子にすっかり呑まれてしまい、疲れた様子のスタックスさんに、ただ笑いかける事しか出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼と合流して、通りを2、3箇所曲がり進んだところで、ある場所が目に留まった。
その場所の前でトミーさんは手を振って、俺達を呼んでいる。
どうやら、ここが評判の『ケインズのキッチンホール』のようだ。
「さ、早く入ろうぜ。もうあれだろ、ディアナとかは先に入ってくれているんだろ?」
「ああ、うん」
「いやあ、本当久しぶりだわ!アール、ありがとうな!」
彼の呼びかけに対して、呆れ半分に返事をする支部長。
俺も彼の言葉に、ただ頷き返す事しか出来なかった。
彼に導かれるように、開かれた入り口を通って中に入ると、そこは活気に満ち溢れていた。
1つ1つの丸い机に5、6人───。
いや場所によっては、机を2つ合わせて10人ほどで盛り上がっている席も見受けられる。
焼かれた肉や、店内の灯りに照らされてキラキラと輝く飲み物を口にして、彼らは笑みを浮かべて、思い思いな言葉を発しながら、その場を楽しんでいた。
支部の皆が、ここを行きつけにしたくなる気持ちが、一目見ただけでよく分かる。
彼らの様子を見ているだけで、何故か俺も嬉しい気持ちになっていた。
「アール君、ほら向こう。あっちに行こう」
スタックスさんに呼びかけられ、ふと我に返る。
慌てて返事をしながら、数歩先で俺を呼んでいる彼の側に駆け寄っていく。
彼の指差す先では、トミーさんと、それに先に向かっていた彼女達が、そこに座って待ってくれていた。
「アール君!ほら、ここ空いているよ」
「すいません、お待たせしました」
支部長にそっと促されて、空いている席に腰掛ける。
「なあに、君が謝る事は無いよ。だよな、トミーさん」
「なんだよディアナ。そんな、想像出来ねえだろ普通。仕事から帰って来たら、新しい奴が増えて、しかもこれから親睦会だなんてよ」
「まあまあ、2人共。今日のメインは彼だから、これぐらいにして、な?」
席に着くや否や、早速2人がゴタゴタと言い合いだす。
そんな2人を、まあまあとスタックスさんが宥めている。
2人が落ち着いたところで、あらためてスタックスさんが口を開いた。
「モーリーさんと、エディ君はここに居ないけれど、あらためて皆に紹介するよ。記憶を失って、しばらく私が預かっているアール君だ。これから一緒に働いていくうえで、色々、聞かれる機会があると思うから、皆もぜひ、彼に力を貸してあげて欲しい」
そう言い終わると、彼は俺に目線を向けてくる。
周りを見てみると、ぜひもう一度自己紹介を、と促しているように、こくりと頷きながら視線を向けてくれていた。
「あ、ええと・・・・・・。アールです、一応の名前ですけれど・・・・・・。仕事も、傭兵業の事も、何もかも初めてで、お世話になりっぱなしになるかもしれませんが・・・・・・。よろしくお願いします」
促されるままに、そう言葉を紡ぎ出していく。
言っているうちに、なんかぎこちないな、と思ってしまうくらい不恰好な自己紹介になってしまった。
「おう、よろしく。困った事があったら、いつでも力になるよ」
「俺も言ってくれたら、何でも力になるぜ!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「入ったばかり同士、頑張っていこうね!」
俺のぎこちない挨拶を感じさせないくらいに、明るい表情で言葉を皆返してくれる。
その笑顔を見ているうちに、また───。
頑張ってみよう。
分からない事だらけでも、これならやっていけるかも。
そんな気持ちが、ふつふつと湧いてきているような気がした。
「さ、これくらいにして。アール君も遠慮せずに食べて。今日は君の席なんだから」
支部長は微笑を浮かべながら、そう言葉をかけてくれる。
「それならよ!これ、黒豚ハムの燻製!これとビールでまずは入った方がいいって!俺のおすすめ!」
「何言ってんだ、あんたのいつもは聞いてないよ。初めてここで食べるんだから、もっと軽いやつから勧めるのが普通だろう」
料理名が書かれている物を見せながら、トミーさんとディアナさんが話しかけてくる。
「アール君、それならニンジンのソテーが美味しいよ。飲み物は・・・・・・いきなりお酒は良くないよね」
「でしたらリリスさん、麦茶がいいと思いますよ。ここの麦茶も美味しいですし」
「そうね!それいいかも!」
そう言いながら、楽しそうに話を進めるリリスさんとセシリーさん。
2人に言われるがままに、俺はその料理のところを指差す。
ふと支部長に目を向けると、彼は穏やかな笑みを浮かべていた。
「アール君。大変な事が、これからもっと起こるだろうけれど、くじけちゃいけないからね。私も皆も、側に居るから」
彼からかけられる、温かな言葉。
はい!と、俺も彼に明活な返事を、ありがとうの気持ちを込めて、送った。
支部長と、皆と、そして自分を含めた賑わいに満ちた親睦会が、溌剌とした空気に包まれて、ゆっくりと始まっていくのだった。
-続-




