表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/77

第2-2回「初まりの日」


 窓から差し込む光は、起きた時よりもずっと白く、(まぶ)しい。

ニンジンとカブを煮込んだスープの(ぬく)もりが、まだゆったりと体の中を(めぐ)っている。

使った食器も洗い終わってしまった今、俺に出来そうな事はもう何も残っていない。

身寄りも何も分からない中、こうしてご厄介(やっかい)させてもらうのはとてもありがたい事なのだが───。

いざ出来る事が無くなってしまうと、途端(とたん)に心細くなってくる。

支部長はどこかへ行くのか身支度(みじたく)をしており、彼女も上の階に行ったままだ。


「あ、あの、スタックスさん」

「・・・・・・?どうした」


 何か手伝える事は無いかと思い、話しかけてみる。


「その、俺も一緒について行って、何か手伝わせてもらえないですか?」

「う、うーーん。今日はアール君に来てもらった方が助かる事でもないしなあ」

「そ、そうでしたか・・・・・・」



 俺、どうしよう・・・・・・。



断られる事も頭の中にはあったのだが、いざ断られると、それからが出てこない。



 俺、何をしたらいいんだ・・・・・・。



腹がグーッと巻き潰されるような思いだ。

立っているだけなのに、汗がじんわり垂れてくる。


「あっ!もう出られるのですか?」


 そうこうしているうちに、上の階からあの女性が降りて来ていた。


「ああ、打ち合わせが今からあるんだ。遅れたら大変だし、戦局も把握(はあく)しないといけないからね、あまりゆっくりもしていられないんだ」

「分かりました!気をつけてくださいね」

「ああ、いって来るよ」



 あ、大変だ・・・・・・。

 ゆっくりも考えられないぞ、落ち着け、何をしたらいいんだ・・・・・・?



目の前で進んでいく2人の会話に、どんどん焦燥感(しょうそうかん)()り立てられる。

ぐっと手を握り、必死になって思考を()らしていくと、ハッとある事に気がついた。



 俺はまだ、字も読めないし書けないじゃないか。



「あ、急いでいるところすいません!スタックスさん」

「?どうした急に」


 目を丸くしている彼に対して、さらに言葉を続ける。


「俺、記憶喪失(きおくそうしつ)のせいか字も読めないし、書けないので・・・・・・。ここで最低限読み書き出来るように、練習させてもらってもいいですか!」


 ただ、物事を聞いているだけなのに、(あご)が小刻みに震えてしまう。

驚いた様子の彼であったが、すぐにその表情は、いつもの(なご)やかなものに変わっていた。


「ああいいとも。気にせずどんどん、やってくれたらいいさ」

「そうですね。よろしければ、私も手伝いますよ」


 彼女も彼の言葉に続くように、柔らかな表情で申し出てくれた。

二人の穏やかな表情に、思わず()め息が漏れ出てくる。


「・・・・・・いや、汗びっしょりになって聞いてくるから、私も少しびっくりしたよ」

「えっ!?そ、そんなにでしたか・・・・・・?」


 彼の言葉に思わず、(ほほ)(ひたい)をぺたぺたと触る。



 ・・・・・・本当だ。

 顔でも洗ったのかというほどに、顔全体が濡れている。



「アールさん、そんなに緊張しなくてもいいですよ!ここは自分のおうちだと思ってください」

「そうそう。こわばらず、肩の力を抜いて。君の記憶喪失は理解しているつもりだから、そんなに気負わなくてもいいよ。大丈夫」


 二人からの言葉に、張っていた力がホッと抜けていく。

同時に、勝手に一人であれこれ考えていた事や、また気を()わせてしまった事が申し訳なく思えてきてしまった。


「す、すいません。ご心配お掛けして・・・・・・」

「ははは、気にしなくていいから!じゃ、留守番頼むよ!暗くなる前に帰ってくるから」

「分かりました、お気をつけて」


 俺も彼女と共に、扉を開けて光の向こうへと消えていく、彼を見送った。

扉がばたん、と閉まってから、しばらく静寂(せいじゃく)が部屋に流れる。



 な、なんとか出来そうな事を見つけられた・・・・・・。

 良かったけれど、これからその話を、どう話していったらいいんだろう・・・・・・?



頭の中で考えを(まと)め直しながら、ふうと息をついてから彼女に話しかけてみる。


「あの・・・・・・」


 と彼女の名前を言おうとした瞬間、あっとある事を思い出した。



 そうだ、俺はまだ彼女の名前を聞いていないんだ。



「どうしました?」


 彼女は不思議そうにこちらを見ている。



 支部長は彼女の事を、セッちゃんと呼んでいたが───。

 いきなりそう呼ぶのは多分、失礼だよな。

 まず自己紹介と、経緯の説明もしないと。



もう一度頭の中を整理してから、あらためて言葉を続けていく。


「俺、アールって言います。まだちゃんとした名前が思い出せないんで、一応ですけれど・・・・・・」

「私は、セシリー・ハインズって言います。あなたが部屋に上がってから、支部長から大体教えてもらいましたよ」

「そうでしたか」


 彼女は柔和な表情のまま、俺の言葉に答えてくれる。

こく、こくと(うなず)いて間もなく、さらに彼女が言葉を続けてくれた。


「私はここで書類整理とか、経理とか・・・・・・。その、居残りとか色々・・・・・・ですね。まあ、(いわ)ばここの雑用係です」

「い、色々・・・・・・ですか」

「はい!あ、そんな大した事じゃないから、すごくも何ともないですよ」


 そう言いながら、えへへと笑いかけてくれる。



 彼女は大した事無いと、口では言っているが───。

 俺が居候しなければ、普段は一人で、スタックスさんが居ない間は留守番をしながら、色々としているのだろう。

 一人でここを任されているんだ───。

 それだけ彼女は信頼されている、という事なんだろう。



笑顔からほんのりと伝わる、彼女の穏やかな姿勢に対して、俺も決して無礼の無いように接していこう、と固く頷き返す。


「ご面倒かけますが、よろしくお願いします」

「気にしなくても大丈夫ですよ!こちらこそよろしくお願いします」


 彼女はそう言いながら、そっと手を差し伸べてくる。

その動作に、一瞬思考が止まる。

それは、初めて見る動作なのに、どこか見覚えのある光景のような気がしたのだ。



 知らないのに、なぜか知っている。



真っ白な新鮮さと、ぐるぐると渦巻く違和感に引き込まれるように、俺は思わず手を差し返した。

すると、彼女の指がふと触れてから、すっとその指一本一本が、優しく俺の手を包み込んでくれたのだ。

わっ、と思わず声が出そうになる。

訳も分からず、顔を上げると、彼女は柔和な笑みを浮かべて、うんと軽く頷いていた。



 この動作が何かは、よく分からないけれど・・・・・・。



この手から伝わる感覚が、久しく忘れていた、懐かしくて温かい挨拶(あいさつ)だと言う事が、ぽんと思い出す事が出来た。

握られたその温かな手を、挨拶を返すように俺もそっと握る。

一回、二回と軽く手が上下に揺れ、すっと離れて再び互いの体へと戻っていった。


「えっと、アールさんはまだ、字も読めないんですよね」


 俺の方を見たまま、彼女がそう話しかけてくる。


「ええ」

「ですよね。私が出来る範囲でもよろしければ、手伝えますけれど・・・・・・」


 手伝う、というのは彼が出る前に俺が話した、読み書きの練習の事だろうか。

彼女に面倒をかけてはいけない、と考えながら慎重に返事をする。


「大丈夫ですよ。セシリーさんも、しなきゃいけない事が色々あると思いますし。俺も手伝える事は手伝いますから、それからでも全然、大丈夫です」



 今朝食べた野菜スープの材料や、棚の中から見えた食材のような物も、きっとどこかで手に入れた物なんだろう。

 彼女の言っていた雑用は、きっとそれらの入手も含まれている。



彼女の様子から、これからそれをするのだろう、となんとなくだが推察する事が出来た。

俺の言葉に、彼女は軽く頷き返す。


「そうですね。これから市場で買い物してから、色々やる事もありますので。それなら、アールさんにも手伝ってもらいましょうか」

「分かりました。よろしくお願いします」


 俺も彼女に返事をする。

出来る事があるなら、なんだってやってやるぞ、と言う気持ちを込めて。


「じゃあ私、お金とかこれから準備しますので。アールさんも身支度お願いします」

「あ、大丈夫ですよ。俺、これだけしか無いんで」


 その言葉に、あっと口を開ける彼女。


「・・・・・・それもそうでした。つい忘れて」


 ふふっ、と微笑を浮かべるその姿に、思わず俺も笑みが(こぼ)れる。

窓から差し込む白い光に、部屋は明るく照らされていた。


「じゃあ、ちょっと準備してきます」


 返事をしてから、彼女は軽快に上がっていった。

足音が小さくなってから、俺は目線を光る窓に、(たな)に、(つくえ)にと移していく。



 やれる事をやろう。

 生かしてくれた、この人達の為にも、自分の為にも。



そう思いながら(さん)と光の差す窓に、また視線を移したのだった。




 -続-

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ