第2-1回「ニッコサンガ」
・しばらく日常パートになります。
ずっしり閉じていた瞼が、ふと軽くなる。
もう、朝か・・・・・・。
腕を高く上げて大きく、息を吸い込んでから、ベッドの外へ体を起こす。
窓の向こうが薄らと明るくなっていたので、その近くへ寄ってみた。
ずらーっと広がる、家や高い建物。
真っ平に整えられた通りと、家と、家の間にある通りに、平行して設けられた空き地。
そして、町の終わりからその向こうにまで、ずっと広がる畑と、白く輝きを放つ光。
ああ、良い気持ちだ・・・・・・。
ぐんぐんと昇る光を浴びていると、何故か穏やかな気持ちになってくる。
俺もつい我慢が出来なくなり、ぐっと手を上にして、また体を大きく伸ばしてみた。
町が少しずつ照らされていく。
頭が何も覚えていなくても───。
これが朝だと、これが朝の迎え方なんだと、自分の中の自分が伝えてくれているような気がしてくる。
ふう、と息をついてから───。
「・・・・・・よし!」
一気に空気を吐き出すと、何故か笑みが溢れてくる。
さあ、朝だ。
スタックス支部長に挨拶をしよう。
その思いを胸中に、履き物を付け直してから部屋を出て、彼が居ると言っていた、一番下の階にまで足を運んでいく。
二階から一階へと移動している途中、窓から外が見えたのでふと覗いてみた。
丈夫に作られた家々が、向こうの通りにも面するようにずらずらと並んでいる。
通りを歩いている時には気づかなかったが、そこから見えていた建物は、実に変わっていた。
入り口がこちらに向きっぱなしだが、仕切り板のように外から見えないように作られた不思議な建物もあり、その左側にはすっぽりと大きく中が空いている屋根付きの場所がある。
その不思議な建物の右横にも、また何の用途に使うのか見当もつかない空間が存在していた。
あれは、いったい何だろう・・・・・・。
もしスタックスさんに会ったら、ちょっと聞いてみようかな。
目線をもう一度前に戻して、再び階段へと足を運び直していく。
下に降りると、彼は広い机に顔を突っ伏していた。
まだ寝ているようで、背中がすうすうと膨らんだり、沈んだりしている。
起こしちゃいけない、と思いながら周囲を見渡していると、がたりと何かが動いた音がした。
ふと音のした方へ目を向けるてみると、彼は唸りながら大きく伸びをしている。
「あ、スタックスさん、おはようございます」
「う、うーーん・・・・・・。おはよう・・・・・・」
彼は右に、左に伸びをしながら目の辺りを擦っている。
寝ぼけた様子でぱちぱちと、こちらを見ている彼は、少し驚いた様子だった。
「あれ、アール君じゃないか・・・・・・。セッちゃんは、まだ起きていないのか・・・・・・?」
きょろきょろと辺りを見渡しながら、ゆっくりと椅子から立ち上がるスタックスさん。
彼の口からはふんわりと、嗅いでいるだけでこちらの顔が燃えそうになるような、不思議な香りが漂ってくる。
「そうか、まだ寝ているのか・・・・・・。う゛ーーっ、まだ頭がぼーっとする」
「す、すいません・・・・・・。起こしてしまって」
顔を顰めながらフラフラと歩く彼の姿に、何だか申し訳ない気持ちになる。
「いや、いいんだ。気にしないで、気にしないで・・・・・・」
大丈夫、と言うように手をこちらに向けながら、彼は空き地の方に面した扉に歩いて行った。
外へ出るのかな、と思い、俺もその先へと歩み寄り、扉を開けてあげる。
「あ、ありがとう。あーーーっ・・・・・・」
彼は外へ出てすぐ、また大きく伸びをしている。
空き地は上から見えていた時よりも、ずっと大きく広がっていた。
何に使うのか分からない、不思議な空間や板で目隠しをされた場所も、向こうの方に見えている。
彼はよたよたと、石組みのそこに向かって歩いて行き、辿り着くと紐で結ばれた入れ物を、その中へと落とす。
何をしているのだろうと思い、その近くに行ってみると、彼はゆさゆさと紐を揺らしながら、落としたそれをぐいぐいと引っ張っていく。
入れ物の中は、ゆらゆらと波打つ水で満たされていた。
彼はその中に手を突っ込んで、ばしゃばしゃと顔に掛けている。
とても気持ち良さそうに、ばしゃばしゃと。
「ふう・・・・・・。あー、やっとすっきりした」
そう呟いた彼は、満面の笑みを浮かべてこちらを向いている。
「そうだ!アール君も顔洗いなよ。すっきりするよ」
「えっ?ああ、はい」
彼に促されるがまま、近づいてその入れ物に手を突っ込んでみる。
湛えられた水は、ひんやりとして心地良かった。
同じようにばしゃばしゃと顔に掛けてみると、今度はひんやりとした感覚が口や、鼻や、顔全体に伝わっていき、ぐっと引き締まったような感じになる。
洗い終えてふと顔を上げてみると、すんと冷たい空気が顔を通して頭に、体の芯にまで心地良さと一緒に広がっていった。
「さっぱりしますね!」
「だろ?ははは!」
気持ちよさのあまり、つい彼に声をかけてしまう。
スタックスさんも、嬉しそうに笑みを返してくれた。
ほんのりと暗かった空き地にも、少しずつ明るい光が差してきている。
「どうだい、お腹は空いてきたかな?」
そう声を掛けながら、彼は入れ物を満たしていた水を、ざーっと石組みの中に捨てていく。
そう言われてふと手を当ててみると、ぺっこりとしている腹から、空いたような感じがしていた。
そうですね、と返事をしようとした瞬間、ぐるるるる・・・・・・と腹が声を上げる。
「あ、ははは・・・・・・。空きました」
照れ臭さを誤魔化すように、笑いかけながら言葉を返す。
彼も、にこりと笑みを浮かべていた。
「そうかそうか!私も空いているから、戻って朝食の準備でもしようか!」
何気ないひと時───朝の始まり。
澄んだ外の空気をまといながら、俺はまた支部の中へと戻る、彼の後ろについて行く。
「っと、何しようかな。ささっと野菜煮込んでスープにでもしようかな」
彼は歌うようにそう呟きながら、軽快に棚の方へと歩いていく。
俺も何か、手伝える事があるかなと思い近寄ろうとした時、どたどたどたと階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
振り返ってみると、あの穏やかな彼女が、慌てた様子で部屋に入ってくる。
「おはようございます」
「あああ!お、おはようございます!すいません、寝過ごしちゃったみたいで・・・・・・!」
彼女の髪は昨日見た時よりも、ぼさぼさに跳ねて乱れていた。
彼は、気にする事ないよ、と言うように微笑を浮かべている。
「大丈夫だよ、これから作るところだから。そんなに慌てなくても」
「い、いえ!一昨日も、その前も支部長に作らせてしまったので!今日は流石にやらせてください!」
何だか譲れない何かがあるようだ。
普段は彼女が、食事を作ったりしているのかな
そう思えるくらいに、彼女は慌てていた。
「まあまあ、まずは顔でも洗って。髪の毛ぼさぼさだよ?」
「えっ?あ、ええと・・・・・・」
彼女は困惑混じりに、跳ねた髪を整えている。
二人のやり取りに、笑っていけない事は分かっているのだが、ついこちらの頬も緩んでしまう。
彼女も気づいたのか、恥ずかしそうに俯いていた。
「さあ、アール君はこれ持って!セッちゃんも外に出て、顔洗いなよ!手伝うのはそれからでいいからさ!」
「あ、ああ、はい・・・・・・。す、すいません焦るあまり、つい」
言われるがままに俺は、中に色んな物がはみ出て入っている、両方に取っ手の付いた入れ物を受け取る。
彼女もぺこぺこと頭を下げて、俺達の方を気まずそうに見ていた。
穏やかに流れるこの空気が、なぜだかとても懐かしく、嬉しい感じがする。
「今日からあらためて、よろしくお願いします!」
高まった喜びの感情を止められず、思わず俺は二人に言葉を送った。
おっ、とした表情を浮かべて彼も彼女も言葉を返してくれた。
「ああ!こちらこそ、頑張ろうな!」
「え、ええ!よろしくお願いします、アールさん」
外からは、チチチチチとさえずる音がする。
俺の一日が何気なく、このニッコサンガで再び動き出したのだった。
-続-




