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勇者の俺は今日も死ぬ  作者: 和水鯛(なごみたい)
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第二話 現実と言うのは世知辛い物です


どこにでもある話。けれど、それは確かに彼女の物語だった。


誰もが知らない田舎町に生まれた少女は、幼い頃から貧しさを知っていた。行きつけの服屋は常に古着屋だし、学校で使う教科書や小道具も全て、知り合いの誰かから譲り受けたもので、お腹いっぱいまでご飯は食べたことがない。

両親は誠実な人間だったが、それが裏目に出た。親族に騙され、少女がまだ言葉を喋れなかった時代に多額の借金を背負わされてしまったのだという。夜な夜な聞こえるのは両親の小声の会話。少女に聞かせまいとしながらも、少女の常人よりも鋭敏な聴覚はその声を捉えてしまった。

少女は四捨五入をすれば零になる齢にして、世界は不平等だという事を悟った。

金策に奔走しながらも、必死に笑顔を作る母と申し訳なさそうに目をそらす父の姿。


少女は、そのすべてを見ていた。


「私がなんとかしなきゃ」


そう決意したのは、まだ十にも満たない頃だったかもしれない。


そして運命は、皮肉にも少女に味方した。いや、それが幸運だったのか不幸だったのかは、まだわからない。少女の身体は、冒険者としての素質を持っていたのだ。鋭い動体視力。しなやかな筋肉。誰にも負けないと自負していた胆力。


「探索者になれば、一攫千金も夢じゃない」


そう考えた少女は、両親の反対を押し切った。というよりかは半ば、家出にも近い状態で古巣である実家を飛び出した。


両親の反応は当然だった。探索者は確かに夢のある職業だが、その分命の危険が伴う。愛して育てた子に対して、誰がそんな危険な道を歩ませたいと思うだろうか。それでも、少女は決して諦めなかった。探索者の肉体を惜しみなく使い、小さな仕事を掛け持ちし、寝る間を惜しんで働き、ついに旅費を貯めた。そして、実際に「異界へと繋がっている」とされる大穴のある大陸を目指して旅立った。

その瞳に映っていたのは、探索者という職業への夢だけだ。


彼女の背には、まだ何もない。ただ、借金という鎖と、夢という炎だけが揺れていた。

そう、大言壮語な夢という幻に浮かされた理想だけが詰まった夢がただ揺れていただけだ。


「どうしましょう、フォルナさん。私、未だにチームが決まらないです」


「そういわれてもにゃー、アマネ」


そんな夢見がちな少女、大和田天音は今まさに現実という強固な壁に打ちのめされていた。

探索者組合の本部のロビーに備え付けられた一室。主に相談窓口として利用される小部屋の中で、アマネは組合職員である猫の特徴を持つ獣人(ビースト)異世界人(フォーリナー)であるフォルナへと切実な相談を持ち掛けていた。


「今、私凄いピンチなんですよ。どれくらいピンチかというと後三日もすれば貯金が尽きます」


「生活水準を少し下げたら、もう数日は粘れるんじゃにゃーい?」


「今も雨風凌げそうな橋の下で段ボール生活をしているのに、これ以上何を下げろと?」


「わぁお、現代社会とは思えないサバイバル」


そんな現実の厳しさに、少女はしばし沈黙した。現代人らしからぬ文明度に頬に何か伝いそうになった気もしたが、それは意地でねじ伏せて。


「どこか良い所ないですか。組合職員である叔父さんが納得のいく所でなければ、日本に強制送還されてしまうんです」


「う~ん、あたしの上司であるあの人が納得するチームって言われてもねぇ。冒険者組合職員のあたしとしても、アマネにはあまりグレー寄りのチームに所属してほしくにゃいし」


否定的なフォルナの意見に合わせて、尾てい骨から伸びる尾がゆらりと揺れる。そして肉球のある指先でタブレットを操作し、現在でも新たにメンバーの募集をしているチームをリストアップ。


「うーん、大手のギルドの所は大体組合の下部組織である学園から採用しているからねー。こんな中途半端な時期に採用していないチームもにゃい訳じゃにゃいけれど、アマネは残念ながら経験が皆無だからにゃー。大体のところは経験者丸。未経験者バツって書いてあるにゃ」


「どこか、どこかないですか」


「唯一の利点である魔法もまだ三回しか打てない何処にでもいるような駆け出し探索者だと、難しいにゃ。外の世界じゃよかったかもしれにゃいけれど、探索者の素質を持っているってだけじゃ、今の時代だとちょっとねー」


「うぅ、まさかクラスメイトにちやほやされていた魔法がここではこんなにも無力だなんて」


「あれだにゃ。田舎で神童だなんだってちやほやされていた子供が上京してちょっといい所の学校に行ったら、その中だと成績が中の下だったみたいな。これ外の世界だとなんて言うんだっけにゃ。胃の中のカンパチ?あれ美味しい魚だよね」


「それ、ただ魚を食べてるだけです」


かつて、地球と異世界が手を取り合った時代があった。

その頃、この世界は怪物たちが闊歩する"魔の時代"。空も大地も奴らの縄張りだった。大陸の外であろうと、空や海を越えて現れる怪物の存在に怯えて暮らさなければならなかった時代において、怪物(モンスター)という共通の脅威に対抗するため、両世界は力を結集させた。


――そして、その最前線に立った者たち。

彼らこそが、後に「探索者」と呼ばれる存在だった。


「あの人、絶対私をこの都市から追い出す気ですよ」


「そりゃあ、妹の娘が親の同意も得ずに勝手に冒険者になるなんて聞いたら、叔父さんも怒るでしょ」


「でも、私はもう18歳。 法律的には成人しています。職業選択の自由も今の時代では保障されていますし、そんな私が高校卒業を機に探索者を志したとしても良い筈です。そりゃ、親を説得できなかったのは私も悪かったですが……」


探索者という職業には、逃れられない宿命があった。

彼らの使命は、大穴――異界へと繋がる通路を攻略し、そこに潜む怪物(モンスター)という危険を取り除くこと。

当然ながら、命を賭けた戦いを強いられる職業だった。


「でもチームを組めなければ、組合としてもソロでも許可されている依頼(クエスト)ならともかく、大穴への入場許可はだせにゃいよ。ランクFの駆け出しでスキルも発現していない。さらに雷電(サンダー)の魔法を数回打ったら魔力(マジックポイント)が切れるような、魔法使い(マジックユーザー)が一人で探索するには大穴は甘くにゃい」


「分かっています。分かっているからとても今焦っているんです。もうどぶ攫いや、地下水道の巨大蜚蠊(ビックローチ)狩りでは延命処置をしているに過ぎないんです。数回魔法を打ったら、即撤退。そうして、手に入るお金はまさに微々たるもの。徐々に減っていく貯金通帳がいわば、私の寿命。その寿命も、後三日ほどでなくなってしまう風前の灯火。ですから、今とても焦っているんです」


「チェックメイトの状態にゃ」


「勝手に終わらせないでください。まだ、チェックの所で踏みとどまっています」


当初、政府は軍を投入して大穴を制圧しようとした。

しかし、地球は大穴の出現とともに"異変"に見舞われる。

――常人を超えた"超人"や、魔法を操る「魔法使い」が現れたのだ。

反対に、普通の人間が長時間大穴に留まると、精神を侵され、発狂することが判明した。


結果、政府は軍の派遣を断念し、探索者たちに大穴攻略を委ねることにした。


だが、力を持つ者が増えれば、それを管理する仕組みが必要になるのは必然だった。

さもなければ、強大な力を持つチームやまたそれらを所有するギルドが暴走し、社会そのものが崩壊しかねない。


一体、誰が力持つ彼らを信頼できるというのか――?


そこで生まれたのが「探索者支援組合」だった。

組合は探索者やギルドを統括し、大穴の情報を管理し、都市の経済を支え、治安を維持し、地球政府との交渉を担う。

探索者たちは、ギルドから物資を調達し、組合から情報を得る。そして必要とあれば、大陸外の技術や物資を取り入れ、大穴の攻略に役立てる。


そうした関係を築くことで、両者の均衡は今日まで保たれてきた。


……が、今の天音にはそんなことより、あと三日の生活費の方が重大問題だった。


「この都市に伝手のない私が頼れるのは、もう組合職員であるフォルナさんだけなんです。お願いします。私が探索者をやるためにも、両親を助けるためにも貴女の力を貸してください」


「うーん……」


机に額を擦り付けんばかりに頭を下げるアマネに対し、フォルナは眉をひそめた。

フォルナの表情には何とも言えない雰囲気が漂っている。フォルナからすれば、別にアマネの事は嫌いではない。その逆で、探索者という人種にしては素直な性格をしていることから好感すらも持っていた。

ただその愚直ともいえる素直さだけではやっていけないのも、探索者という職業なだけであって。

でも、そんな少女の両親を助けてやりたいという愚直な願いを叶えてやりたいというのもまた事実。悩みに悩んだ末に、フォルナは言葉を発した。


「じゃあこっちでアマネでも入れそうなチームに話は通しておくからにゃ。今日の所は大人しく、あの駆け出し向けの依頼板(クエストボード)から、良さげな依頼を取ってくるにゃ」


「……ずっと疑問だったんですけれど、なんでこのデジタル社会で依頼(クエスト)だけは、板に紙を張り付けるって言うアナログなんです?」


「組合長が言うには、それがロマンらしいにゃ。有料で組合からタブレットを貸出して、そこから依頼を選ぶことも出来るけれどいるかにゃ?」


「……大人しく、アナログに準じます」


残り三日の生活費をこれ以上削る訳にもいかない。アマネは受付カウンターに立て掛けていた古木を削り取って作られた杖を手に取ると、大人しく依頼板(クエストボード)へと向かっていく。


「うぅむ」


―――さて、一体これからどうしよう。

アマネの思考はまさにそれに占められていた。

下水道に潜む怪物(モンスター)を狩ろうにも今のままでは、前日までの繰り返し。かといって、探索時間を伸ばすための道具(アイテム)を買いそろえるお金はない。

あるものと言えば、中古屋で買った魔法の触媒であるこの杖と、幾ばかの金。それも三日で尽きるほどの微々たる金に過ぎない。

駆け出し探索者がソロでも許されている依頼(クエスト)だと、昨日までの繰り返しだ。この状況の打破は見込めない。

はてさて一体どうした物か―――。


「なぁ、あんた。ソロなら俺達と一緒に来ないか?」


「うぇ?」


アマネが振り返ると、そこには二人組の探索者が立っていた。

先頭に立つのは屈強な体躯を持つ青年だ。短く刈られた髪が特徴的で長剣(ロングーソード)を腰からぶら下げていることから、恐らく職業は剣士だろう。

その青年の隣には、軽装の女が一人。皮のジャケットに短剣を複数腰に下げ、いかにも素早さが売りといった風貌であるため、十中八九、斥候の類だろう。

あと一人、遠距離攻撃を担当する者と回復担当する者の二人がいれば、均衡(バランス)のとれたチームではありそうだが、もう一人の姿は見えない。


「えっと、どなたでしょうか」


ベテランのような風格はない。かといって、アマネのような駆け出しの持つ初々しさはない。少しばかりの場慣れ感が醸し出している。

恐らく自分のような駆け出しの探索者ではあるが、チームが組めている為既に何回かは大穴の探索に赴くことが出来ているのだろう。


「俺は剣士(ソードマン)の西園海斗。こっちは斥候(スカウト)の佐々嶺羽澄。ギルド、アンダーワールドに所属するランクFの探索者だ」


目の前の青年はその証拠を見せつけるようにして首元からぶら下がる認識票(ドッグタグ)を見せつける。そこに印字されたのはアンダーワールドに所属する証であるギルドの紋章と、ランクFという文字。


アンダーワールド。探索者においてその名を知らぬ者はいない。アンダーワールドはこの都市のギルドにおいて1,2を争う大手ギルドだ。そんな大手ギルドに所属する人物がなぜアマネのような駆け出しを誘ってくるのだろうか。

もしや何か良からぬことを考えているのではないか。そう勘ぐってしまうアマネの考えも悪い事ではない。


「はぁ」


「盗み聞きするつもりはなかったんだ。でも、さっきあんたの話が聞こえてきてな。あんた、チームが組めなくて困っているんだろ?良ければ、俺達のチームに臨時加入してくれないか」


「どうして、私を?三回しか雷電(サンダー)が打てない魔法使いですよ、私。言ってしまえばちょっと奮発して買える怪物(モンスター)にも通用する文明の利器に負ける探索者ですよ」


「遠距離攻撃持ちは貴重だ。それに銃は本体もそうだが、弾代が馬鹿にならない。いやな、一応俺達のパーティーは三人組でもう一人狩人(レンジャー)の女の子がいたんだが、そいつが家庭のごたごたで一度、アメリカに帰ることになったんだ。ただ、その前に既に三人で依頼(クエスト)を受けちゃってたから、ここで解約したらそれなりに高い違約金を払う必要があってね」


「同じギルド内で募集したらよいのでは?アンダーワールドなら大手ですし、人手もいる筈でしょう」


「再募集してみたよ。でも生憎な事に、他の連中は既に大穴に潜っていたせいで人が集まらなくて。それに、あんたの持ってる杖……中古品っぽいけど、それなりに質は良さそうだしな」


「えっ? 分かるんですか?」


「剣士やってると武器には詳しくなるもんさ。あんたの杖、材質は多分ミスリルウッドだろ? 手入れさえすれば、まだまだ十分に使える代物だ」


「えっ……?」


ミスリルウッド。確かにアマネが中古屋で買ったとき、「素材はいいけどボロボロだから安くするよ」と言われた覚えがある。が、ミスリルウッドといえば高級品のはず。それが中古とはいえ、先日まで高校生に過ぎなかったアマネが貯めたお金で買えるほどの値段で売られていたなんて――。


「た、確かに中古屋で買ったとき、『素材はいい』とは言われましたけど……」


「だろ?手入れすれば魔法の通りも良くなるはずさ。まぁ、それとは別に――」


カイトは少しばかり視線を逸らしながら、言葉を続ける。


「単純に、あんたの事情が気になったってのもある」


「……え?」


「両親を助けるために探索者になった、って言ってただろ? 俺も似たようなもんだ。お袋が病気でな、医者に診せるために伝手を使ってギルドアンダーワールドに所属して、そこでチームを組んで探索者をやってる。だから、放っとけなかったってだけさ」


「……」


アマネは、じっと西園海斗の顔を見つめた。強引な勧誘ではない。どこか気恥ずかしそうにしながらも、彼は本気でアマネをチームに誘っているのが分かった。


「……分かりました。私で良ければ、お願いします」


見知らぬ人間の誘いを受けるというのは緊張する物だ。だが、同性の者もチームにはいるようではあるし、何より目の前の彼は悪い人間ではないはずだ。そう、自分の勘が告げている。

それに今この瞬間が探索者としての自分の未来を決める分水嶺。ここで決めきらなければ、もうこれから先、自分の探索者としての未来が永遠に閉ざされてしまう。

そんな気がした。


「それで、一体大穴の依頼(クエスト)の中でも何を受けるつもりなんですか?」


「よくぞ聞いてくれた。冒険者の最初の敵と言えば、ゲームでもお決まりのあの生物だ」


もったいぶる素振りを見せたカイトに対し、ハスミが背中を小突いた。


「そう粘体生物(スライム)退治だ」




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