大河の脅威
翌朝、二人は準備を整え、渓谷へと向かうために船を調達した。カシムの手配で用意された小舟は、木製の丈夫な船体を持ち、遺跡へと続く川を遡るのに十分だった。
「ちゃんと飯と水は積んだか?」
「おうよ。干し魚と酒、それから保存用の穀物。あとはランプと縄、壊れた扉をこじ開けるための道具もな。」
テムジンの言葉に、マールスは荷を点検しながら返事をする。
「よし、出発するぞ。」
船は静かに水面を滑り、霧のかかった川を進み始めた。両岸は切り立った岩壁に囲まれ、陽の光が届かぬ薄暗い道となる。
「こんな場所に古代遺跡があるとはな……。」
テムジンがぼそりと呟く。
「で、遺跡の場所は分かってるんだろうな?」
「ルイ・マンドランが地図をよこした、流石川を使って商売してるだけあっていい地図使ってる。川を遡った先、岩壁に囲まれた渓谷の先にあるらしい、アオダイショウのフンババ長老の話しや世界樹に残ってた資料とも一致する。」
マールスは懐から古びた紙を取り出し、ざっと目を通す。
「大きな人用の扉は固く閉ざされているが、川が削った古い地層の中に構造物が一部崩壊した場所がある。そういったいくつか入れそうな場所は一通り調べたようだが、話を聞くにここが確実だろう。」
マールスの言葉に、テムジンはじっと前を見つめた。
「慎重だな。」
「当然さ、成功すればフンババ長老へのオ恩と力ある豪農が手に入る。小銭稼ぎと権力者との伝手っていうのは大事だぜ。」
「金はともかく、伝手ねぇ……。あのヤクザどもは信用できるのか?」
マールスは鳥人のカワセミ族の男の顔を思い出して笑う。
「あいつからは良く金を借りた、カネって言うのは面白いもんでな、少額借りてる間は相手に頭が上がんねぇが額が大きくなってくると次第に相手の方が俺に気を使い始める。そうして色んな金貸しやってるとこ巻き込んで事業を成功させたり失敗させたりあれは楽しかった。」
「おいおい話題がずれてるぞ、しかし金を借りた相手巻き込んで金儲けしてたって?やる事ぶっ飛んでるな。」
テムジンは呆れたように鼻を鳴らした。
「みんな借りる額聞いたら青い顔になるが、そう言う時はからめ手で色々やって借りるのよ、儲けさせてやってるから何処も文句は言わねぇが離れてく、そうやって選別した金儲け仲間が何人かいるんだよ、中でもルイ・マンドランとは馬が合った、俺は奴からいくつか船を借りてるし、今回の計画が成功すれば奴に農場を貸せる信頼できるさ。」
物流の要は必要だ。
「お前のそういうとこ、嫌いじゃねぇけどよ……。」
テムジンは腕を組みながら、小さくため息をついた。
川面が小さく波立ち、微かなうねりが生まれる。水底から何かが動く気配。
「ん?ああそういやナマズが出るって言ってたな」
「……来るぞ。」
マールスが呟いた瞬間、水面が爆ぜるように飛沫を上げた。巨大な影が浮かび上がる。
ナマズのサイズは、平均で50cm前後、最大で1mに達すると言われている。20センチほどの小さな住人にとって、それはどれ程の脅威になるだろうか、うねる尾が波を作り、牙のような突起が光を反射、人一人簡単に吸い込める大口が目の前にせまる。
「夜行性の筈なんだがな。」
マールスは素早くモリを手に取り、ナマズの髭に狙いを定めた。
「船は任せる。歌はまぁどっちもひどいが俺の方がましだろ、少しビビらせて追い払う。」
鋭い一撃が放たれ、モリは髭に絡みつくように深く刺さる。ナマズが激しく身をよじると同時に、マールスはロープを手にし、一気に身体を宙へと引き上げた。
「もう少し離れたとこでやれ。」
「言われなくても!!」
ロープから手を放し空中で数度回転しその勢いのままナマズに突き刺さるモリを蹴り上げる事で小舟に迫るナマズの進路をかえる。
しばらく暴れるナマズに、そこらに浮かぶ木の葉を足場に立ち回るマールス、弓矢で牽制しひるんだ隙にナマズの背に飛び乗り、腰に下げた笛を吹いた。
深く響く旋律が川面に流れ、ナマズの暴れは次第に鈍っていく。興奮していた生き物が徐々に落ち着きを取り戻し、やがてゆっくりと水中へと沈んでいった。
「……ふう、なんとかなったな。」
「意外と苦戦したなマールス、こっから見てたが目が赤く輝いていた、闇に呑まれたって奴だ。」
「闇の精霊か、陶器の虫の相手だけで良いと思ってたから武器と狩が得意な俺らだけで来ちまった。」
「諦めるか? 」
「まさか」
二人は、流れが緩やかになった川辺へと足を踏み入れた。周囲は霧がかかり、湿った風が肌にまとわりつく。