炎獄の魔除師 結
「凄まじい程の除力量..まさかあいつ以上の人間が生きていたとはな..」
百魔と対峙する命たち。激しい戦いの最中、百魔が呟いた。命は息を切らしながら言う。
「あいつ..? 誰の事だ..?」
命が問いただすと、百魔は不気味に笑みをこぼして。
「900年近く前に、貴様のように莫大な除力を持った奴を葬った事がある。あの時もそうだったなぁ..未来だの託すだのと己の居ない世界のことばかりを夢見ていやがった..何年経っても、人間のアホさぶりだけは変わらないみたいだな..」
その言葉に、梶崎が握り拳を作り百魔を睨んだ。
「違う..我が先祖の意志は受け継がれているんだ..何百年と経った今でも..あの方の想いはここに生きている!」
梶崎は百魔に言うと、命を見て笑みをこぼし。
「命..君が魔除師になってくれた事..本当に感謝するよ」
突然の言葉に、命は困惑する。
「梶崎さん..?」
「恥ずかしながら、今の俺では黄泉比良坂を閉じる事はできない..恐らく..少しの間なら百魔の動きを止められる。俺が合図をしたら、そのまま真っ直ぐ黄泉比良坂の狭間に向かってくれ..頼むよ..」
梶崎はそう言って札を取り出す。最初は止めようとした命だったが、梶崎の覚悟の強さに圧倒され、ただ返事をした。
「夜明けも近い! そろそろ終わりにしよう百魔!!」
言い放った梶崎は、取り出した3枚の札を一枚ずつ指に挟み、もう片方の手で印を結び、呪文を唱えた。
「除・臨・浄・害・陰・陽・絶..」
梶崎が呪文を唱え始めると、百魔が突然頭を抱え始め唸りだす。
「ぐ..! この呪文..覚えているぞ..狩衣の男も同じ事をして来たな..!」
「行け! 命!!」
梶崎の合図で命とヒノカは黄泉比良坂の狭間に向かっていった。その時、その後も呪文を唱え続ける梶崎に百魔の攻撃が牙を剥く。
「小賢しい真似をぉぉ..!!」
百魔は頭を押さえながらも反撃をする。放った雷は激しい閃光で梶崎の体を貫通した。
「除・臨・浄・害・陰・陽・絶..」
しかし、梶崎の全身は黒く焼け焦げ、一眼見れば生きているとは思えない程の姿でありながらも、依然として呪文を唱え続ける。命はそんな梶崎の姿を目にしたが、ぐっと唇を噛み締め狭間に向かった。
(迷うな! 梶崎さんは何の為に命を張ったんだ! ここで俺がやらなきゃ..みんなの意志が無駄になる..!」
命は心の中でそう呟くと、体の除力を増幅させた。気づいたヒノカがすかさず魔力を放出する。
「うおおおお!!」
狭間の前に着いた命は、刀に除力と炎を纏わせ大きく振り下ろした。
「まだだ..! まだ除力が足りない..! もっと..もっとだ..!!」
しかし、除力を全開にして刀を振り下ろしても、狭間に大きな亀裂が入るのみで入り口が塞がらない。その時、焦る命に追い討ちをかけるように、呪文を唱えていた梶崎の体力が底を尽きた。動けるようになった百魔は高笑いをして。
「どうやら死んだようだなぁ!! やはり人間は脆い! 下らない遊戯はおしまいだ!」
もはや精神力のみで呪文を唱えていた梶崎はそのまま倒れる。そして百魔は棍棒を構え、命に襲いかかった。
「貴様ごときに塞げるほど甘くないぞ! くたばれぇ!」
百魔が振りかぶった棍棒と、命が防御した刃が激突する。激しい衝撃で一瞬時空が歪み、命は百魔の力に押される。
「くそっ..! 凄い力だ..! 真っ向に防御したら力が持たない..!」
除力を振り絞り、命も負けじと棍棒を押し返す。両者譲らない戦いに、命と百魔は同時に後ろに引き下がった。
(カグヅチの魔力が邪魔だな..先にあいつを葬るか..)
百魔は心の中で呟くと、ヒノカに向かって棍棒を振りかざした。自分の身で精一杯だった命は、ヒノカへの反応に遅れ、刀で防御出来ず自分の体で百魔の攻撃を受けた。
「げほっ..!!」
脇腹に渾身の打撃を受けた命は、吹き飛ばされて建造物にぶつかる。衝撃で建物が崩れ落ち、命は瓦礫の下敷きになってしまった。ヒノカが矢継ぎ早に命の元へ向かう。
「どこへ行くカグヅチ..貴様もここで死んでもらう..!」
命の元へ駆け寄るヒノカに、百魔が攻撃を始めようとする。
「待て..お前の相手は..俺だ..!」
その時、瓦礫の山から血だらけの命が這い出る。やっとの事で立ち上がった命が言うと、百魔は微笑を浮かべて命に言った。
「そんな体で何が出来る..? 大人しく眠っていろ..」
気迫だけで立ち上がる命に、百魔が雷撃を放つ。立つ事さえままならない命は回避する事が出来ず、百魔の電撃をまともに受ける。
「命..!!」
ヒノカの叫びが命に届く事はなく、完全に意識を失った命は焼き焦げた体でそのまま倒れた。先刻の喧騒が嘘のように、辺りに沈黙が流れる。
「こと..命..命..!!」
命を呼ぶ声が徐々に大きくなっていく。誰かに体を揺さぶられる感覚を覚えた命が目を覚ますと、そこには一面真っ白な空間にヒノカの姿を見た。
「ヒノカ..? 俺は..死んだのか..?」
命が聞くと、ヒノカは顔を顰めて呟く。
「多分ここは死と生の間..命の除力と私の魔力が共鳴して作り出された虚構の空間..」
命は悲しげに下を俯いて。
「そうか..みんなと約束したのになぁ..負けないって誓ったのに..ごめん..みんな..ごめん..ヒノカ..」
か細い声で呟く命に、ヒノカが言った。
「私の全魔力を使って..そうすれば、命はまだ戦える」
真っ直ぐな眼差しで見つめるヒノカに、命は戸惑いながらも。
「でも..そんな事をすればヒノカが..」
ヒノカは命を抱きしめると、笑みをこぼして。
「私はもう十分幸せだったよ? 命のおかげで愛を知った..人の想いを知った..龍が食いしん坊だって事も知ったし、琴が実は優しいって事も知った..だからもう十分..今度は、私がみんなの力になりたい..」
ヒノカの言葉に、命の目から涙が溢れ出す。
「ヒノカ..ありがとう..俺もヒノカのお陰で強くなれたよ? もう一度立ち上がる勇気だって..ヒノカと出会わなかったら無かった..ヒノカ..君の力を使うよ..全部..!」
命は溢れる涙を拭うと、ヒノカを見つめて言った。ヒノカはにっこりと笑って。
「うん..生まれ変わったら、人間になりたいな..負けないでね? 命..」
そして、命は再び生命を吹き返した。その姿は全身に禍々しい炎を纏い、命の瞳の色は深紅に変わる。百魔は唖然として呟く。
「馬鹿な..魔力を生命力に変えた..? だと..? ありえない..! 魔害と人間だぞ..?!」
命の一太刀で辺りが炎に包まれる。もはや今の命は、人間を凌駕した限りなく魔害に近い存在に変わっていたのだ。命は百魔を睨み言う。
「終わりにしよう百魔!! 俺はもう負けない..!」
「ふざけた事を抜かしやがって..! 人間風情が図になるなよ!!」
叫びあった命と百魔は同時に攻撃を仕掛ける。百魔が大きく棍棒を振りかざし、大嵐が巻き起こる。辺りが風で吹き飛ばされる中、命は風を切り裂くように嵐の中を駆け巡る。百魔は畳み掛けるように雷撃を放つと、巨大な積乱雲のようなものが嵐と共に命を襲う。
「うぉぉぉぉぉお!!」
命が叫びながら刀を大きく振ると、辺りを吹き飛ばす程の大嵐を一瞬で掻き消した。大地を駆け巡る電撃も、命は何なく交わす。命の力は、百魔を圧倒していた。
「お前もろとも..黄泉比良坂の狭間を斬る!!」
命の全身全霊の斬撃は、百魔の体ごと黄泉比良坂の狭間を一刀両断した。胴体が真っ二つになった百魔はその場で狂ったように這いずり回る。
「馬鹿な..! ありえない..! この私が負けるなど..絶対に..ありえない..!!」
百魔の叫びと同時に、黄泉比良坂の入り口に大きな亀裂が入る。そして、亀裂の間に吸い込まれるように、命の除力が流れ込んでいく。
「やった..のか..?」
命が呟くと、次第に黄泉比良坂の狭間が歪んでいく。現世に蔓延っていた魔害たちはそれに気づき、一斉に常世へ逃げていく。龍たちと境外で激闘を繰り広げていた伏雷も、小さく舌打ちをして退散する。状況を察した龍は呟く。
「命..やりやがった..! 遅えよばーか!!」
龍が笑みをこぼしながら言うと、鉛のように重かった空気が徐々に軽くなっていく。辺りに蔓延していた刺激臭も無くなり、気づけば日の光が戦場を照らしていた。魔除師たちもそれに気づくと、全員が口を揃えて歓声を上げる。
「勝ったぞぉ〜!!」
「導人の少年がやってくれたんだ!!」
魔除師たちはボロボロの体で、涙を流しながら喜びを分かち合う。一部始終を見ていた琴も、大きくため息をついて呟く。
「本当に何とかなったみたいね..やっぱり人間は捨てたものじゃないわね」
琴の呟きに荘司が。
「ともしびの、消えていずこに、ゆくやらん、朝日となりて、明日を照らさん..父がよく口にしていた言葉です。今なら何となく、その言葉の意味が分かる気がします」
魔除師たちが歓声を上げる中、龍、琴、荘司は倒れていた綾の元へ駆け寄った。龍が横たわる綾の頭を抱き上げる。
「ゔっ..レディーの体を気安く触るなんて..10年早いわよ..」
意識を取り戻す綾。それを見た3人はホッとして笑みをこぼす。そして琴が。
「行きましょう、命の所へ!」
決死の覚悟で黄泉比良坂を閉じた命は、黙ったままその場で立っていた。そして、心臓に手を当ててそっと目を閉じ、心の中で。
(どうやら..俺はもう人間じゃないらしい..自我が保てなくなるのも時間の問題かな..)
そして、持っていた刀の刃先を自分の心臓に向け言った。
「ごめんよヒノカ..だけど..俺も悔いは無いよ。菜由との約束だってきっと守れたはずだ..だからヒノカ..一緒にいこう..」
『命..なれたんだね、みんなの希望に..』
虚構の中、命は菜由の面影を見る。うっすらと見えたその表情は、満面の笑顔だった。そして、龍たちが駆けた頃には、そこに一本の刀が落ちていただけだった。事情を悟った龍は、下を俯いたままその場で立ちすくんだ。琴は龍の肩を優しく叩くと。
「その刀は、大事にとっておきなさい..」
そして、戦いから1ヶ月ほど経過し、神宮周辺には平和が訪れていた。倒壊した建物や道路の復旧が急がれ、今回の騒動を重んじた政府は正式に魔害の存在を認定し、魔除師たちを讃えた。神宮境内に集まっていた龍、琴、綾、荘司は、戦いを振り返るように戦場だった場所を眺めていた。そんな中、荘司が龍を見て。
「この戦いで、多くの尊い命を失った..傷はそう簡単に癒えない..けど..平和が訪れたのも事実だ、今は、笑顔で彼らを見送ろう」
下を俯いていた龍は、命の残した刀を強く握り言った。
「ああ..分かってる..多分命もヒノカも自分で決断した事だ、メソメソするのは止めにするよ」
すると、琴が龍の握っていた刀を見て。
「それはどうするの?」
「除千寺に置いときます..なんかよく分かんねえすけど、あいつの魂がこの中に生きてるような気がするんですよ」
龍が言うと、琴は小さく笑みをこぼす。そんな3人の会話を見ていた綾がため息をついて。
「あんた達なんなのさっきから..ガキンチョがママに怒られたみたいにメソメソして..もっとシャキッとしなさいよね! 命とヒノカに笑われるわよ?」
綾の言葉に、龍たちは笑みをこぼす。
「ていうか..私の寿命もそう長くないし、どうせ死ぬなら原宿行きたいんだけど!?」
「はぁ?! この状況でよくそんなこと言えんな! デリカシーってものがねえのか?」
「うるさいわねぇ! いつまでもいじけてたって仕方ないでしょ! それに私たちは勝ったのよ!? ちょっとくらい羽伸ばしたっていいでしょ?!」
綾と龍の言い合いを、琴と荘司は呆れながらにも笑って見守る。そんな時、琴が。
「人の想いは紡がれ、次の未来に受け継がれる..また同じように魔害が攻めてくる事があるかもしれないけれど..きっと想いを受け継いだ誰かが、いつかきっと戦いを終わらせてくれる..その時までは、私たちで意思を受け継いでいくのよ」
琴の言葉に荘司が笑って。
「そうですね..きっといつか戦いは終わる..きっと..」
本殿前に立つ4人を、優しい風が包み込む。琴は上を見上げ小さく呟いた。
「ありがとう..命..ヒノカ..」
読んでいただきありがとうございました。好評なら続編の執筆も考えています。最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。