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炎獄の魔除師  作者: 凛
3/8

炎獄の魔除師3

「命〜!! 無事か!?」


 己の無力さと少年を守れなかった責任で精神的に追い詰められていた命の元に龍が駆けつけた。龍は、目から血を流している少年に気付くと、二本の短刀を構えて魔害に立ち向かった。


「早くケリつけねぇと!!」


 龍の短刀は、少年の兄を掴んでいた右腕を切断した。切断された勢いで兄はその場から投げ出されると、すぐさま少年の元へ駆け寄って行った。


「たけし〜!!」

「兄ちゃん!!」


 泣きながら抱き合う兄弟に龍が。


「お前らはその辺に隠れてろ! 隠れたら絶対に動くなよ!!」


 龍が言うと、兄弟は物陰に隠れる。龍は命の前に立つと、再び魔害に短刀を構えて。


「おい命! 休んでる場合じゃねえぞ! この短刀(除具)の扱いに慣れてねぇ..俺だけの力じゃ除害出来ない! 手ェ貸せ!!」


 しかし、命は下を俯いて黙ったままその場に座り込んでいる。


「命!! 何してんだ!!」


 見兼ねた龍がもう一度問いかけると、命は小さな声で呟いた。


「勝てないんだ..俺の力じゃ除害出来ない..どれだけ修行を積んでも..俺には無理だったんだ..」


 それを聞いた龍は、剣幕な顔で命の胸ぐらを掴み。


「お前は何のためにその刀を握った!! 何の為に力を使う..! 何がしたい!! 単なる偽善か? ボランティア精神か? そんな甘っちょろい覚悟で魔除師になれる訳ねぇだろうが!! しっかりしやがれ!!」


 その時、無気力だった命は頭の中で菜由の記憶を思い出す。



『命には..誰かの希望になれる存在になって欲しい..命が私の希望だったように..』



 そして命は我を取り戻す。力が抜けて落としそうだった刀を深く握りしめて龍を見つめ。


「俺はもう目の前で誰かを失いたくない..当たり前にあった希望が突然無くなっていく..もう御免だ..だから..だから俺は..! この世界に蔓延る絶望の悪夢を断ち切りたい!!」


 命の燃え盛るような視線に答えるように龍も見つめ返す。そして、胸ぐらをギュッと掴んでいた力を緩め龍は言った。


「だったら刀を振え..誰かに認められなくたっていい..恥をかいたって構わない..ただ心臓が息の根を止めるその時まで! その刀を振るい続けろ!!」


 その時、腕が切断され怯んでいた魔害が再び態勢を戻す。そして間髪を容れる事なく命たちに襲いかかった。


「龍! 少しだけ時間を稼いでほしい..! 除害出来る方法が..一つだけあるんだ..!」


 命が言うと、龍は小さく笑みをこぼして。


「ったく、気合入れんの遅えよ。その前に除害してやんよ!」


 龍はそう言って魔害に立ち向かって行った。考え込む命の頭の中には一つの仮説があった。


(除千寺の時は、確かに魔害の体を真っ二つに出来た..でもこの刀に除力は込められていない..という事は、自分の体から除力を纏わせる事が出来るのかもしれない..だけどどうやって..あの時の感覚を研ぎ澄ませろ..!)


 命は全神経を研ぎ澄ませる。しだいに周りの音が遮断され、聞こえるのは自身の心臓の鼓動だけになる。そして、呼吸をする事さえ忘れるほど極限までの集中力を高めた命の体から、黄金色に輝くオーラのような物が放出されていく。


(除力が安定しない..! 集中しろ.. 除力を全身に纏わせるんだ..!)


 放出された除力は、まるで破裂した水道管のように命の体から溢れ出て消えていく。感覚を掴んできた命は、徐々に除力を体に安定させていった。


「こいつ..! 片腕が無ぇっつーのに、全然力が落ちてねえぞ!」


 命が除力を安定させている中、龍は苦戦を強いられていた。そして、極度の緊張から思わず足を滑らせた。体勢を崩してしまった龍が死を悟ったその瞬間。


「はぁぁぁぁ!!」


 叫び声と同時に、黄金に輝く刃が魔害の体を切断した。龍は唖然としそのまま尻餅をついた。


「はぁ..はぁ..良かった..間に合って..龍! 無事?!」


 その正体が命だと分かった龍は驚愕した顔で呟いた。


「命..お前、まさか..」


 魔害はそのまま黒い塊となってどろどろと溶けて消えていく。命は龍の肩を抱き、立ち上がらせた。


「龍平気?」

「ば..ばか! 足挫いただけだ..!!」


 緊張状態から解き放たれた命は笑みをこぼす。そして、隠れていた兄弟が命の元へ駆け寄る。


「お兄さん達!!」


 気付いた命は少年に言った。


「ごめんね..君の右目に傷を負わせてしまった..直ぐに病院に行こうか」

「擦っただけだから大丈夫..僕達を助けてくれてありがとう..」


 兄弟はそう言って深くお辞儀をした。そしてみんなで境内を出ると、ヒノカが命の所に走ってくるのが見える。


「命..! 龍..!良かった..」

「ヒノカ..心配かけてごめん..」


 ヒノカは命と肩を抱く龍に飛びかかるように抱きつく。後に続いて鴇がやって来ると、険しい表情で命と龍を見つめ。


「馬鹿野郎!! 実戦は早いとあれだけ言っただろ?! 除具の扱いもろくに出来ねえ奴が人助けだぁ? 笑わせんじゃねえぞ!! お前らみたいに未熟な奴が助けに行って、被害者諸共死んでいった奴が何人いると思ってんだ!」


 稽古の時の憤激とは違い、鴇の表情は険しかった。命たちは下を俯きながらゆっくりと頭を下げる。


「お姉ちゃん!!」


 説教後の沈黙の中、兄弟が泣きながらヒノカに抱きつく。鴇は、そんな2人に、先刻の険しい表情とは打って変わり、にこりと笑って。


「お前ら無事か? 応急処置もしないといけないし、俺が家まで送っていこう」


 そう言うと、命たちを睨んで。


「お前らはとっとと帰ってろ!」

「は..はい..」


 命と龍は口を揃えて返事をした。そして、ヒノカと3人で家路に帰っている途中、龍が地面の小石を蹴り飛ばして言った。


「結果的にみんな生きてたんだからあんなに怒る事ねえだろ..事実俺たちがいなきゃあの兄弟は死んでた訳だしさ..」

「仕方ないよ..俺たちはまだまだ未熟なんだから..でも龍、除具持ってたんだね?」

 

 命が問いかけると、龍は腰に据えていた短刀を取り出した。


「これは死んだ兄貴の形見なんだ。兄貴は優秀な魔除師だったけど、人を庇って死んだ..だから..俺が兄貴の意思を継ぐんだ..兄貴の魔除師としての生涯を無かった事にしたくねえんだ」


 龍はそう言って、短刀を強く握りしめた。命が暖かい眼差しで龍を見つめていると、ヒノカが2人に言った。


「鴇..本当は心配してた。私が話をした時、すごく焦ってた」


 命と龍は少し照れ臭そうに笑みをこぼした。そして、龍が短刀をしまって。


「俺たち、もっと強くなんねえとな!!」


 龍の言葉に命も続いて。


「そうだね! 鴇さんやヒノカを心配させないくらい強くなろう!」


 そう誓いあって小屋に帰った命たちは、鴇が帰って来てからもこっ酷く叱られた。そして疲労が限界だった2人は死んだように布団に横たわった。


 そして翌日、命と龍は鴇に呼び出され外に並んで立っていた。鴇が2人を見て。


「今日から本格的に除具の扱い方を覚えてもらう」


 聞いた龍がソワソワしながら。


「いいんすか! っしゃあ!!」

「調子に乗るな! 昨日の事許した訳じゃねえんだからな!」


 怒鳴られた龍はしゅんと肩を狭めた。そして突然何かを思い出したように龍が。


「あぁ! そうだ! 鴇さん知ってたんすか?! 命が導人(どうびと)だって!」

「知ってたさ。だから俺の弟子にしたんだ」

「何で黙ってたんすか!!」


 2人の会話に全くついていけない命は、困惑しながらも話を聞いていた。


「導人は人間の本能だ。本人が覚醒する前にそれを伝えてしまえば、力を使うことが出来なくなってしまうと言われている。お前なんかに言ったらペラペラ命に言っちまうだろうが!!」

「はい..仰る通りです..」


 言葉の意味が分からなかった命は龍に。


「導人..? って何の事?」

「ごくごく稀に除力を体から放出する奴がいるんだ。普通の人間は体内に除力は持ってねえのさ。でもまさかお前がな..」


 龍は目を細めながら命を見つめる。照れる命に鴇が。


「龍が言った通り、お前は導人だ。今日からは除力のコントロールを鍛えろ。除力を体に馴染ませるんだ」


 そして各々で修行が始まった。最初はおぼつかない2人だったが、1週間ほど経てばコツを覚え、見違えるように成長を遂げた。そして鴇は、何度か命たちを実戦に連れて行くだけで、細かい事は何も言わなくなった。そんな時、稽古中に鴇が2人を呼び出した。


「お前らちょっと来い」


 命と龍は鴇の前に集まる。


「俺から教えることはもう無い。あとは実戦を重ねていくだけだ。いいか? 魔除師ってのは桁外れの強さを持ってなきゃいけない。そうでなければ何も守れないからだ。守るっていうのは己の強さの象徴。これからも鍛錬は怠るなよ。新米魔除師ども」

「は..はい!!」


 2人は数秒見つめ合うと、笑みをこぼして返事をした。こうして、命と龍は魔除師として認められた。


「今後からは各自逢魔時に町中の寺や神社の見回りだ。お前たちの力で人を守るんだ。いいな?」


 それからというもの、命と龍は着々と任務をこなしていった。怪我を負って帰ってくる日もあったものの、2人は魔除師としての責務を果たしていく。


 そんなある日、命が稽古から戻ると、龍が鴇の部屋の前で怪しげに耳を傾けていた。龍は命に気がつくと、そっと手招きをした。


「龍..! 何やってんだよ..!」

「静かにしろ..! 今魔除師のお偉いさんが鴇さんと話してんだよ。何話してるのか気になるだろ?」


 命は龍を止める素振りはするものの、つられてこっそりと2人の話を聞いた。


「そいえば雅比古。弟子を取ったと聞いたが、どうなんだ?」

「ああ。たった数ヶ月であそこまでとは..龍にも驚かされるが、命の成長速度が恐ろしく早い。もしかしたら、あいつは稀に見る何百年に1人の逸材かもしれん」

「ほぉ..お前がそこまで言うってことは相当なものなんだろうな」


 鴇は、昔から魔除師として一緒に戦ってきた旧友と話をしていた。男は、軽い世間話を済ませると深妙な面持ちで話しを続けた。


「世間話もこれくらいにして本題に入らせてもらおう。実は、黄泉比良坂(よもつひらさか)が開きかけている。正確な原因は分かっていないが、おそらくこちらの世界に残る魔害の力と、向こうの世界にある魔害の力との衝突によって亀裂が入ったのではないかと思われる。完全に開くのも時間の問題かもしれん」

「しかし..相当強力な力を持った魔害が現世に残らない限りそんな事はありえないはず..一体この世界で何が起きているというんだ..」

「どちらにしても、覚悟はしておいた方がいい。名家の魔除師にも話はしてある。お前と、2人の弟子の力も借りる事になるだろう」


 そう聞いた鴇の顔は曇った。男は話を終えると、命たちにも挨拶をして帰っていった。鴇は2人を呼び出す。


「いきなりだが、音破(おとわ)家に応援をよこすように頼まれた。お前たちは明日から名古屋に行ってくれ」


 命が戸惑う中、龍が。


「はぁ?! あの笛女のとこ行くんすか! こき使われるだけっすよ!!」

「人手が足りないんだ。頼んだぞ」


 龍は大きくため息をついて頷く。そんな龍を見て命が。


「音破家? って魔除師の家系とか?」

「そうだ。音破家は古くから魔除師として最前線で戦って来た一族だ。実力はあるけど、そこの1人娘の女が超嫌な奴なんだわ。お前も気ぃつけろよ?」


 翌日、命と龍は名古屋に向け準備を整えていた。するとヒノカが命の元にやってくる。


「命..私も行く..」


 命は笑みをこぼして。


「心配しなくていいよ。向こうには強い魔除師が大勢いるって聞いてるから、ここに残ってて」


 そう言った命に、ヒノカは首を大きく振った。


「私も行きたい..お願い..鴇もいいって言った」


 命は、ヒノカのお願いに渋々了承した。そんなヒノカを見て龍が。


「おいヒノカ、邪魔すんなよ? 俺たちはもう立派な魔除師なんだからな!」


 龍はにんまりと笑いながら言った。ヒノカは冷めた目でじっと龍を見つめる。そんな時、命が突然。


「名古屋に行く前に兄弟の所へ行ってくるよ」

「また行くのか? 魔害はとうに除害してんだろ?」


 初めて魔害と戦いに行った時から、命はヒノカと一緒に魔害に襲われていた兄弟の所へ何度か訪れていた。ため息をつく龍に命が。


「魔害を除害したからと言って、被害を受けていた人を忘れるような魔除師にはなりたくないんだ。ヒノカ、行こうか」

「うん..」


 命の一言に龍はハッとした。そして持っていた荷物を下ろして。


「待てよ..! 俺も行く..」




 ここは三代都市の一つである愛知県名古屋市。命たちが名古屋に向け出発するという中、とある社に名家の魔除師たちが集められていた。名だたる魔除師が大広間の畳に腰を据える中、白い狩衣を纏った男が1番前に座り。


「突然呼び出してすまない。話は聞いていると思うが、近年、魔害による被害が増加している。原因はおそらく黄泉比良坂..完全に開ききるのも時間の問題かもしれん。そこで君たちの力を貸してほしい」


 狩衣を纏った男は座るや否や深妙な面持ちで話し始めた。集められた魔除師たちの険しい表情を見れば、事の重大さは十分に理解できるほどだ。


「しかし梶崎(かじざき)さん。黄泉比良坂が完全に開ききれば大量の魔害が現世に流れ込んでくる。今いる魔除師の全勢力を持っても、勝てる見込みは限りなく低いかと..」


 1人の魔除師が発言した。周りの魔除師たちも大きく頷く。すると、1人の女が立ち上がった。


「戦いを前にして負ける事を考える魔除師がいますか? 私たち(魔除師)には大勢の人の命が懸かっています。弱音を吐くのが幾ら何でも早すぎです」


 女が言うと、周りの魔除師たちがざわつく。


「音破家の七光りの癖に偉そうに..」

「音破家の末裔が1人娘じゃあ、父親もおちおちあの世で眠れねえな..」


 女は聞こえないふりをしながら下を俯く。その時、金髪短髪の若い女が大広間に遅れて入って来た。その女は申し訳なさそうにする素振りもなく、堂々と魔除師たちの前に大股を開いて立ち止まった。


「今回ばかりは音破家の1人娘の意見に賛成ね。男がぐちぐちとみっともない..いい? これはチャンスなの! ここで一気に魔害を根絶やしにすれば戦いは終わる! まあ、やる気がない奴はとっととママに泣きつけばいいわ!」


 女は声を張り上げて言うと、再び大広間から出ていった。すると1人の男が女を呼び止めた。


「こら! 綾! 待ちなさい! 皆さん..娘が申し訳ない。昔から気が強い子でして..悪気は無いと思うんですが..」


 それを聞いた狩衣の男が笑みをこぼして。


「気にしなくていい。神宮家はあれくらいの威勢が無いと逆に不自然だ。綾も言った通り、これは我々にとっても好機かもしれない。千年以上続いてきた魔害との戦いに..終止符を打とうではないか! 来たる時が来たら、人類の未来の為に死力を尽くしてほしい!!」


 狩衣の男の一言で、魔除師の士気が上がる。そして..命たちも名古屋に向け出発しようとしていた。



 


 


 


 


 






 

 

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