4 急転
「あっはっは! いやーごめんごめん。普通に挨拶してもつまらないかと思って、急遽サプライズドッキリにしてやろうと思ってね」
ゾンビに仮装を解いた整備クルーたちが血のりをモップで片付けるのを横目に、モスグリーンの作業服の上から白衣を着た整備班長が笑いながら大輝に謝罪する。
急遽決まったにしては特殊メイクのクオリティが高かった気がするが、それはさておき。
「改めて自己紹介だ。私が今後君のRBの整備指揮と神経接続調整を預かる班目梓一尉だ。探索時はオペレーターも務めるから気軽にあずにゃん班長とでも呼んでくれたまえ☆」
班目はどこか危険な香りを漂わせる美人だった。
年齢は二〇代前半くらいだろうか。身長は一八〇センチ近い。
ボブカットの黒髪は右の一房だけ赤く染まっており、首にはドッグタグのついた黒革のチョーカーを着けている。
白衣のポケットからはウルトラ怪獣のソフビ人形が顔を覗かせており、整備班長というより悪の組織のマッドサイエンティストと評した方がよほどしっくりくる風体だ。
整備科でありながらこの若さで一尉とは随分と優秀なのだろう。
「そうですか。よろしくお願いします」
すん。
そんなオノマトペでも付きそうな、素っ気ない挨拶だった。
初対面の大人から気合の入ったゾンビドッキリをかまされたらこうもなる。
「うーん塩対応☆ いやホントごめんね? 悪気はなかったんだよー」
「だから言ったじゃないですか。普通に挨拶しましょうって」
「わざわざ怪獣の肉片まで持ち出して特殊メイクに使うなんてどう考えてもやりすぎですよ」
「うるさいうるさい! お前らだってノリノリだったじゃないか!」
床のモップ掛けに勤しむ整備クルーたちからの呆れ交じりのツッコミに子供みたく反論する班目。
どうやらこれがこの班のいつものノリらしい。
「皆さん仲よさげですね」
「まあね。みんな探高の整備科コース出身だし」
「しかもここにいるの全員元ロボ研部員でロボットアニメ同好会だしな。生粋のロボオタしかいないから居心地はいいよ」
「ふふん! この班を編成するときに私が皆に声をかけたのさ」
などと得意げに鼻を鳴らすのは元ロボ研部長の班目だ。
探高には探索科コースと整備科コースの二種類があるが、カリキュラムの都合上校舎は別々になっている。
探高にも部活動はあり、探索科は武術系、整備科は技術系の活動のみ部として認められており、学校側も入部を強く推奨している。
それ以外の文科系活動は同好会という扱いだ。
部活動には学校側から部費が支給され、何らかの成果を出せば給与にも反映される。
反面、同好会活動は給与査定に含まれず部費も支給されないが、趣味を同じくする者同士で自由にやれるため、息抜きのために何らかの同好会に所属する者は多い。
「さあさあ、自己紹介はこの辺にして早速神経接続の調整に入ろうじゃあないか! あっちの部屋に君のパイロットスーツがあるんだ案内しよう!」
「アッハイ」
食い気味の班目の勢いに若干引きつつ、大輝は隣の部屋に押し込まれる。
左右の壁際に金属製のロッカーが並び、中央には青いベンチが置かれている。更衣室だ。
「私は奥で待ってるから、専用のインナーに着替えたら奥まで来てくれ」
と、ロッカーを指差して班目は更衣室のさらに奥にある扉の向こうへ去っていく。
大輝がロッカーを開けると上下一体型のラバースーツが一着と、スーツの説明書入っていた。
説明書通りに前開きのスーツに手足を通し、腰のスイッチを押す。
するとぶかぶかだったスーツから空気が抜け、ぴったりと身体に張り付いた。
素材自体に伸縮性があり、手足の曲げ伸ばしに不自由はない。
「これ……」
女子も同じやつ着るのかな。
だとしたらボディラインが浮き出て相当エッチなのでは?
ピチピチのスーツを着たクラスの女子たちのあられもない姿が大輝の脳裏にもんもんと浮かび上がり……
「……むんっ!!!!」
ばちんっ!!!!
頭に浮かんだ女子たちのあられもない姿を顔ごと挟んで圧縮し、深呼吸で心を落ち着ける。
どれだけ身体が大きかろうと彼もまた健全な男子高校生。ムッツリ陰キャマッチョとは言うなかれ。
昂る気を鎮めインナーに着替えた大輝は、明鏡止水の心持ちで奥の部屋に移動する。
無数のマシンアームが天井から生えた部屋の中央には円形の台があり、その奥にはマシンアームを操作するためのコンソールがあった。
「うっほ筋肉エッロ! ごちそうさまですぐへへ!」
「…………」
「いやごめんて。半分冗談だからそんな殺人マシンみたいな目で見ないでおくれよ。怖すぎて鳥肌立っちゃったよ。ほら、早くそこの台にのりたまえ」
「半分……?」
鼻息の荒い斑目に不審な目を向けつつ大輝が台の上に立つ。
斑目がコンソールを操作するとマシンアームが動き、大輝の全身に金属製の鎧が装着されていく。
最後に電動ドライバーで鎧の連結ボルトを『キュィィィン!』とロックすれば装着完了だ。
メタリックな光沢を帯びた機能美に溢れたデザインが男心をくすぐる。
「息苦しかったり動きづらい部分はないかな?」
「平気です。……金属製なのに全然重くない」
「それ自体が強化外骨格だからね。いざとなったら怪獣の体内に侵入して白兵戦もできるようになってる」
斑目がコンソールのスイッチを押すと、天井から鎖に吊るされたサンドバッグが大輝の前に下りてくる。
「試してみるかい?」
挑発的な視線を向けられ、大輝が脇を締めて拳を打つ。
ズドンッ!!!!
まるで杭打ち機でも打ち込んだかのような爆音。
あまりの衝撃に鎖が引き千切れ、壁までぶっ飛んで潰れたトマトのように破けたサンドバッグを見た斑目は、興奮したように立ち上がる。
「素 晴 ら し い! 素の身体能力が高いんだね。期待値の五倍の数値だよ!」
それから大輝はパイロットスーツを着た状態でランニングさせられたり、反復横跳びさせられたりと、斑目に言われるまま様々な数値を計測した。
大輝が驚異的な数字を叩き出す度に斑目が奇声を上げるのでイマイチ集中できなかったが、それはさておき。
「……よし。こんなもんかな。計測した数値を機体の方にフィードバックさせたから、今度は実際に乗って微調整だ」
「分かりました」
部屋の側面にある二重扉から格納庫へ出た大輝は、キャットウォークを通ってRBの脊椎側に回り込む。
いよいよである。
名前も知らない憧れの人へ近づく第一歩。
あの日見上げた背中を追いかけて、今大輝はようやくスタート地点に立とうとしている。
脊椎からせり出した操縦席に大輝が跨るように座ると、操縦席が首の根本に向かってスライドして大輝の身体が機体に取り込まれた。
「MN粒子注入開始」
「疑似シナプス回路接続」
「ニューラルネットワーク構築」
「ニューロンコネクト、アクティベート!」
目の奥に光が弾けた次の瞬間、大輝の意識は巨人の鉄躯に乗り移っていた。
軽く手を握ってみる。
自分の身体を動かすのと同じ感覚で指先まで細かく制御できた。
『シンクロ率八七パーセント! 初接続でこれは驚異的な数字だよ!』
大輝の視界正面にウィンドウが開き、班目の顔が表示される。
『……ん? なんだこの数値。魔力反応炉が共鳴してる? 何に? ……まさか!』
直後、格納庫に激震が走る。
基地全体に緊急警報が鳴り響き、危険を知らせるポップが大輝の視界を埋め尽くした、次の瞬間────!
バキンッ!!!! と、何かが割れるような音がした。
音の聞こえた足元に大輝が視線を向けると、厚さ二メートルの装甲床がぱっくりと割れているではないか。
亀裂は瞬く間に広がってゆき、裂けた床の隙間から玉虫色の光が溢れ出し、
「っ!?」
光に飲み込まれた大輝は機体ごと亀裂の中へ吸い込まれ、ものの一秒とかからず格納庫から姿を消してしまったのだった。
続きは明日!