真実の愛
リハビリに書きました。
誤字脱字報告ありがとうございます。
「マリアンナ、貴様との婚約を破棄する‼︎愛するナターシャへの虐め行為は私の婚約者として相応しくない‼︎そして、私は新たにナターシャを婚約者とすることを宣言する。私は真実の愛をとる‼︎」
あぁ、誇らしげに私の婚約者がアホ面を晒して叫んでます。顔はこの上なく整っているのに残念さが際立っている。
よりにもよって悪役令嬢に生まれ変わるなんて詰んだなと思ったのはゲーム開始の前日だった。
明日でゲームが始まる。
学園の入学式で私の婚約者のミカエル王子と、ヒロインの男爵令嬢ナターシャは恋に落ち、3年後には王子より婚約破棄を言い渡され、国外追放されるのだ。
婚約者といっても2人であったのはこの5年で2回、特に彼に対し何の感情も持っていない。
好きな人が出来てどうしてもその人と添い遂げたいと言うならそうしたらよい。ただし、筋は通し婚約を解消を先にするべきだ。
「やだぁ、ミカエルったら。うふふ」
「もう、本当にナターシャは可愛いなぁ。どこかの婚約者とは大違いだよ」
「もうっ、エッチなんだからっ。それはあ・と・で」
教室から丸見えの中庭で2人の世界を繰り広げている。婚約者でない女性を膝の上に乗せる男も、嬉しそうに婚約者ではない男性をイヤラしい手つきで触る女も信じられない。
ここは健全な学園の敷地内である。
ゲームの中の世界とは言えど、婚前交渉はもってのほかであり貞淑が重んじられる世界だ。
ゲームはR指定ではなかった。ゲームの中ではこんなイチャコラなど匂わせすらなかった。
あの女も転生者なんだろうか。
人前でキスをしたり、恋愛に夢中なお年頃だったのだろうか。
王子はナターシャの手練手管に翻弄され、1月も経たぬ内に骨抜きとなった。
私は王子とは最低限の接触に留め、婚約破棄イベントに向けて策を講じ根回しをする日々に邁進していた。
この3年間はとても長いようで短い時間だった。
やるだけのことをやったという達成感と、婚約解消ではなく婚約破棄を選んだ王子への落胆の気持ちで胸がいっぱいになる。
はぁ。頑張ったんだけど王子の元には届かなかったのね。
「えっ…真実の愛って…たしか問題となってた…」
「そうそう。貴族の政略結婚は貴族同士の繋がりを密にするもので、格差を広げるものだから廃止すべきと」
「えっ、貴族社会のトップである王族が貴族の義務である政略結婚を否定するってこと?」
「いやいや、公式に陛下がおっしゃられてましたよ。義務を怠るものが権利を行使する事はできないと」
「ということは、王子は王族としての義務を放棄したってことですよね」
「あぁ、真実の愛をとるとおっしゃられていた。王族の地位を捨て、平民になるということだ」
「やはりか、平民となってあの娼婦と一緒になるということか…変わった方だとは思っていたが…」
ひそひそとした嘲笑がいつの間にか大きくなり、王子とナターシャにも届いてきた。
「なっ、何を言ってる‼︎私は平民になるとは宣言などしていない‼︎ナターシャを王子妃とすることを宣言したのだ!」
「ミカエル殿下、真実の愛をとり婚約破棄をするということは、貴族としての義務を放棄するということなのですよ。授業でも、国会でも問題提起されてたのにご存知なかったのですか?」
「だ…だ…だって…マリアンナはナターシャを虐めていて」
「私はそこの男爵令嬢を虐めたことなどございません。常にお二人は一緒にいたのに私が虐める事がいつ出来るのでしょう。
そもそも相応しいか否かを判断するのは陛下と王妃であり、あなたにその権限はありません」
「‼︎」
「ミカエル!マリアンナが何か意味がわからないこと言ってるわ。ナターシャ怖い。やっつけて」
ミカエル王子の首に腕を絡ませて抱きついている。
あまりにも非常識な行動に、誰もが呆れ果てている。
記憶ではヒロインは王子以外にもその側近達を取り巻きにしてたけど、側近達は周りにはいない。
授業や情勢で真実の愛問題を知るにつれ、王子達の行為の危険性に気づき諫めたようだ。それでも声が届かず、側近を辞退する運びとなった。
「そこまでだ‼︎愚か者‼︎」
バンと扉が開き、第一王子のアーサーが入ってきた。
「マリアンナ、遅くなりすまなかった」
私の横に立つと、耳元で小声で囁いてきた。
思わず赤面してアーサー王子の顔をみつめると、アーサーは大きく頷いた。
「ミカエル、この愚か者が!大事な卒業パーティーの場で恥を晒すなんて!」
「だって、兄上。マリアンナが虐めを!」
「裏取りは済ませた。虐めの事実などない。
それはその方らこそが重々知っているだろう。
公共の場で常に一緒に獣のようにいかがわしい行為にふけっていたというではないか」
「‼︎あ、兄上…それは」
「喜べ!婚約破棄は認められた。父上の許可も得ている。但しお前の有責でな。このままだと、お前は廃嫡され去勢のうえ平民として暮らすことになる」
「平民に…」
「えっ⁉︎やだやだやだ!ミカエル平民になるの?じゃあいらない。王子じゃないミカエルなんていらない。あっ、アーサー様、実はぁ、ナターシャはミカエルに脅されててぇ。ほんとぉはぁミカエルと婚約なんかしたくないんです。むしろ、アーサー様のが運命感じちゃうっ……っ…痛っ、痛いじゃない…何すんのよ!」
アーサーの腕に抱きつこうとして護衛に取り押さえられている。
抑えられながらもギャアギャア騒いでいるので口に猿轡を噛ませられている。
「どうも、諸君失礼した。愚弟と愚かな女はこっちで引き継ぐので、パーティーを引き続き楽しんでくれ。愚弟が迷惑をかけたお詫びにオーケストラと特別料理等を手配した。ささやかながら堪能してくれたまえ」
一瞬静まったあとに、一気に歓声が湧き上がった。
「では、また後日。私は弟とは違うからね」
私の耳元で謎の言葉を囁くとアーサーは部屋を出て行った。
「マリアンナ、私と婚約してくれないか?」
後日、公爵邸へ訪ねてきたアーサーが突然の婚約の打診をしてきた。
「ふふっ。アーサー王子には隣国の婚約者様がいらっしゃるじゃないですか。面白いご冗談ですこと」
「あぁ、それは円満に解消となったからね。
友好条約を結んだので婚約のメリットもなくなったし、皇女自身も母国語ではない隣国にくることを躊躇していたので解消する運びとなったよ」
いたずらっ子のように目を細めてアーサーが言う。
「えっ⁉︎ご冗談ではありませんの?」
「そうだよ。私と君とは仲間じゃないか。婚約しても良い関係を築けるんじゃないかと思うんだよ」
「仲間ですか…」
「そうだよ…この3年間婚約破棄問題に一緒に取り組んできたじゃないか。君を知れば知るほど聡明さに感銘を受けたし、私のこともよくわかってもらえたのではないかと思う。美しさだけでなく賢さまで兼ね備えた君は素晴らしい」
「…っ…ありがとうございます。でも、私は婚約破棄された女ですので王子には相応しくありませんわ」
「マリアンナっ!そんな事を言わないでおくれ。君を手に入れるために手を尽くしたんだから!私の手を取ってくれ!お願いだ!愛しいマリアンナ」
「愛しいっ…!アーサー王子。何をおっしゃいますの?同情は不要ですわ」
「同情ではない。3年間、君が突然私の元へ突撃してきた時から君のことが…婚約破棄の問題提起と危険性を説く君、いつも冷静で無表情だった弟の婚約者のコロコロ変わる豊かな表情に魅せられた。
弟と婚約するのならこの気持ちは心に閉まっておくつもりだったが、君と接触するうちに君からも同じ気持ちを感じた」
「えっ?それで婚約解消を?」
たしかにアーサー王子の知性や温かみに触れ惹かれる気持ちはあった。
「いや、この気持ちを抱くことは皇女への裏切りになるのではないかと、君と距離をとることにした。
そして、皇女と友好関係の構築を図るため、半年前より隣国へ滞在していた。
皇女との会話の中で自国に残りたいという彼女の本音に気づいたというわけだ。
心のどこかで君を諦めきれず、皇女の気持ちを少し煽ったところはあるが…
双方の利害が一致したため、友好条約を締結し円満に婚約を解消することになった。
喜び勇んで帰国したところ、弟のパーティーでの愚行の計画を耳にしたというわけだ」
アーサーは婚約者である皇女と信頼関係を深めようとしていたのね。婚約者を裏切るような方ではなくてよかった。
「でも…私はあなたの弟を嵌めるため、あなたを利用した腹黒い人間です」
「嵌める?真実の愛の問題提起のことか。たしかに、君の中で、婚約破棄を言い渡されたときに、弟達を逆にやり込めてやろうという気持ちはあっただろう。
それでも、君は、そう言う事態にならぬように、婚約解消の方法を選ぶようにしていただろう。
授業を通じ真実の愛問題を提起し、弟の側近を通じて早めの婚約解消をするように説得をしていただろう。
君との関係構築もせず、かといって、自分有責での婚約解消という道も選ばなかった。慰謝料や父からの批判を恐れたのだろう。
リスクへの対処を全くせず、甘い汁だけ啜ろうとしたのは弱いアイツが自分で選んだことだ」
「でも…私は真実の愛問題を広めるためにあなたをダシにしたひどい人間なんです」
「知っていたよ。利己的な君も、冷徹な君も、君のことはずっと見てきた。そんなところもひっくるめて君のことが愛おしい。私に君の人生をくれないか」
いつもは冷静でクールなアーサーの必死な顔を初めてみた。
「っ……私の人生はあげません……一緒に人生を歩んでください」
「マリアンナ、愛してる」
「私も愛してます、アーサー王子」
半年後私はアーサー王子と婚約を結んだ。
ヒロインのナターシャはミカエル王子を見捨てて逃げようとしたが、事態を重く見た男爵により勘当され平民となった。
彼女がしでかしたことは貴族社会のみならず国中に知れ渡っている。貴族と婚約を結ぶことは難しいので、平民となることは彼女にとって良いことだろう。
平民の間でも誰にでも足を開く女と広まっているので、前途多難かもしれないが、それは自業自得であろう。ただ、強かでパワフルな彼女なら何らかの幸せを掴み取るだろう。
ミカエル王子はナターシャの手のひら返しをみて、自分のしでかしたことの大きさを理解したようだ。
憑き物でも落ちたかのように、自分の行動を省みる姿勢にやり直しのチャンスを与えることになった。
「マリアンナ嬢今日はこのような機会を設けていただき感謝する。すまなかった。私は貴女に完璧な兄の姿を重ねていたのかもしれない。
劣等感を刺激され、安易にちやほやしてくれるナターシャへと逃げてしまった。
このような謝罪で私の愚行が取り消されるとは思わないが、どうか許して欲しい。
そして、貴女と兄との幸せを心より願っている」
真摯な表情はアーサー王子によく似ている。再教育を受けた彼はもう二度と感情のままに動き過ちを犯すことはないだろう。