8:天国へ
(嘘、だよね……?)
目の前に転がっているスカルの頭蓋骨を、そっと抱き上げる。
でも、彼はぴくりとも動かない。
「嫌、嫌だよ、スカルさん。こんな風にお別れなんて……!」
ジーナの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
涙の雫はジーナの頬を伝い、スカルの頭蓋骨に落ち、その表面をつうっと滑っていく。
なのに、やっぱり彼は動かない。
ただの骨になってしまっている。
「スカルさん……!」
こらえきれずにわっと泣きだしたジーナを見下ろして、聖女は満足そうに口の端を引き上げた。
彼女は楽しそうに「すっきりしたわ」と言いながら、くるりと踵を返し、軽い足取りで祈りの間を出ていく。
聖女見習いの少女たちや下働きの人たちも、ひとりずつその後を追って部屋から去っていく。
そんな中、最後に残った聖女見習いのひとりが、ジーナに向かって小さな声で話しかけてきた。
「ジーナ。あんたは聖女になるのを諦めて、この神殿から出ていった方がいいわよ」
ジーナは涙に濡れた瞳で、その見習いを見上げた。
見習いは気まずそうに目を逸らしたまま、早口で続ける。
「あの聖女様、ただ誰かを虐げたいだけなのよ。そうして優越感を得たいだけなの。このままここにいたら、その骸骨みたいに、あんたも壊されるわよ」
「そんな、まさか……」
「少し前、聖女様に修行だって言われて、あんたはダンジョンへ行ったでしょ。あの時もね、聖女様は『ダンジョンで命を落としてくればいいのに』って笑ってたのよ。このままだと、あんたはあの聖女様に……」
見習いはそこで言葉を一旦止めた。それから、ゆっくりと口を開く。
「とにかく、早くここから出ていきなさい。これ以上、この神殿にいたらダメ」
声を潜めるようにしてそう言った後、見習いはパタパタと走って祈りの間から出ていった。
その場にはジーナひとりが残される。
外はまだ雨が降っているらしく、ざあざあという音が遠くから聞こえていた。
(私は、これからどうしたらいいの……?)
ジーナはスカルの頭蓋骨をぎゅっと抱きしめ、また涙をこぼす。
聖女になるのを諦めてこの神殿から去れと言われても、ジーナはどこへ行けばいいのか分からない。
神殿以外で生きていく方法を、何ひとつ知らない。
もう、頼りになるスカルはいない。
彼はきっと、天国へ行ってしまったから。
当初の願い通り、天に召されてしまったから――。
「スカルさん、私も一緒に連れて行って……!」
こんな形でお別れするくらいなら、ジーナも一緒に天に召されたかった。
「スカルさんのことが好きなの。……大好きなの。だから、ずっと一緒にいたい。離れたくない。お願い、スカルさん。私、ひとりぼっちは嫌だよ……!」
悲痛な声で、叫ぶ。
ぽたぽたと涙が馬鹿みたいにこぼれ落ちていく。
ジーナの思いに呼応するように、雨の降る音が一層激しさを増した。
と、その時。
ジーナの腕の中の頭蓋骨が、ふるりと震えた。
「俺がジーナを置いていくわけないだろう?」
「ひょえわあっ?」
突然、腕の中からイケメンボイスが聞こえてきて、驚いたジーナの口から奇声が飛び出した。
「ひょえ? へ? スカルさん? 生きてるの?」
「もちろん。あ、バラバラになった骨を組み立てるの、手伝ってくれるか?」
「え、あ、はい」
頭蓋骨を抱えたまま、ジーナは床に散らばった骨を集めた。
鎖骨、胸骨、ろっ骨、脊柱、腰骨、上腕骨、とう骨、尺骨。
上の方から順番に、丁寧にくっつけていく。
大腿骨、脛骨といった足の部分もくっつけると、すっかり元通りの姿になる。
スカルは脱げてしまっていた服を改めて着ると、ぐっと胸を張ってみせた。
「俺、完全復活!」
いや、よかったけど。
安心したけど。
ジーナはまたも涙目になってしまう。
「スカルさん、生きてるならもっと早く反応してくださいよ……」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、スカルに思いきり抱き着く。スカルはカラカラと笑って「ごめんごめん」と謝りつつ、ジーナをぎゅっと抱きしめ返してくれた。
ジーナはスカルの腕の中で、ふにゃりと微笑む。
「よかった、スカルさん。本当によかったです」
「心配かけて悪かった。いや、さすがにあそこまでバラバラにされるとは俺も思ってなくてな。実は、驚きすぎて固まってたんだ」
「ええっ」
「まあ、ちゃんと元に戻ったし、これで一安心だな。ジーナが痛い思いをせずにすんで、本当によかった。……ところで」
スカルが腕の力を緩め、ジーナの顔をじっと見つめてきた。
「さっき、俺のこと『好き』って言ったよな?」
「へ? ……あっ!」
ジーナの全身が、ぶわっと一気に熱くなった。
スカルの視線から逃げようと、さりげなく顔をそむける。
さらに腕の中からも脱出しようと、身動ぎをしてみる。
けれど、スカルはジーナを離そうとはしなかった。
それどころか、抱きしめる力を強くして、耳元で囁いてくる。
「ジーナ? 『好き』って言ってくれたよな……?」
その声があまりにもイケメンボイスすぎて、ジーナの腰が抜けた。
ああ、もう逃げられない。
「……はい。私は、スカルさんのことが、す、好き、です」
足に力が入らないので、スカルにしがみつくようにしながら小さな声で告白した。
心臓はばくばく暴れまわっているし、指先も情けないくらい震えているけれど、ジーナは自分の想いをまっすぐにスカルにぶつける。
「大好きだから、これからもずっと一緒にいたい、です……!」
「俺も」
ジーナの告白に、スカルが嬉しそうに声を弾ませた。
「俺もジーナが好きだ。これからも、ずっと一緒に生きていきたい」
スカルが片手でジーナの腰を抱き寄せ、もう片方の手でジーナの頬をなでた。
ジーナの目の端に残っていた涙の雫を、指先でそっと拭ってくれる。
「ああ、ジーナは泣いている顔も可愛いな。うん、ジーナは何をしても可愛い。可愛くて可愛くてたまらない」
かすれるような甘い声で、スカルが囁いた。
こちらを見つめる空洞の瞳の奥には、ジーナに対する愛情があふれている。
まだまだ寒い冬のはずなのに、なんだかとても温かい。
降り続いていた雨の音も、気付けばほとんど聞こえなくなっていた。
スカルがゆっくりと、ジーナに顔を近付けてくる。
その甘い吐息が唇に触れるのを感じつつ、ジーナはそっと目を閉じた。