7:骨休め
ジーナとスカルが出逢い、一緒に暮らすようになって三週間。
言葉を交わすたび、触れ合うたび、ジーナの恋心は膨らんでいく。
ある雨の日の早朝。
部屋の隅で丸くなって眠るスカルをじっと見つめながら、ジーナは小さく息を漏らした。
(スカルさんのこと、やっぱり大好き。離れたくないなあ……)
眠る骸骨さんを見てそんなことを思う聖女見習いは、たぶん世界中探してもジーナだけだろう。
自分でもちょっと変かなと思うけれど、好きなものは好きなんだからどうしようもない。
(天国に行ってほしくないなあ。ずっと、一緒にいたいなあ……)
ざあざあと降る雨の音を聞きながら、ジーナはそっと目を閉じた。
浄化する方法を何度試しても、スカルは天に召されない。
ならば、ずっとこのままでもいいのではないだろうか。
今まで通り、このまま二人でいれば。
他人と関わらないように気をつけていれば。
これからも、優しくて温かな日々が続いていく――。
ジーナは、そう信じていた。
だからもう、無理にスカルを浄化する方法を探すのは止めようと思った。
けれど。
ジーナの思いとは裏腹に、二人きりで過ごす温かな日々は、この日、壊されることになる。
昼になっても雨は止む気配を見せず、より激しさを増しているようだった。
濃い灰色の雨雲のせいで、空はどんよりと重く見える。
「今日の午後は部屋でゆっくりしよう。今までずっと頑張ってきたことだし、少しは骨休めしないとな!」
昼食をとるジーナの隣で、スカルがカラカラと明るく笑いながら言った。
ジーナはもぐもぐと口を動かしながら、素直にこくりと頷く。
とその時、小屋の扉がトントンと叩かれた。
珍しい。
ジーナの住むこの小屋には、誰も近付きたがらないというのに。
ジーナは部屋の中にいるスカルを見られないように、細く扉を開けてみる。
するとそこには、神殿の中でよく見かける下働きの女性が雨に濡れながら立っていた。
「聖女様がお呼びです。今すぐ祈りの間に来るように、と」
三十代くらいのその女性は嫌そうに顔を歪めながらそう言うと、そそくさと帰っていった。
聖女からの呼び出しなんて、これまた珍しい。
ジーナは不思議に思いながらも、慌てて祈りの間へ向かう準備を始めた。
祈りの間には聖女だけでなく、ジーナ以外の聖女見習いの姿もあった。下働きをしている人も何人か集まっている。その中には、先程ジーナを呼びに来た女性もいた。
十人ほどのその集団は、ジーナを睨むようにして立っている。
「来たわね、ジーナ」
聖女が金色の巻き髪を指でいじりながら、横目でこちらを見た。
「この子たちに聞いたけれど、あんた、まだあの骸骨を捨てていないんですって? 神殿内を骸骨がうろうろしていて気持ち悪いって、下働きの子たちみんな迷惑しているのよ?」
「え……」
スカルのことはなるべく隠すようにしていたのに。
ジーナはさあっと青ざめる。
顔色を変えたジーナを眺め、聖女はふんと鼻で笑った。
「ジーナ、あんたには罰が必要みたいね。聖なる神殿に骸骨を連れ込んで、みんなを恐がらせたんだから」
「スカルさんは恐くないです! 骸骨だけど、すごく優しくて……あの、ちゃんと話をすれば分かります!」
ジーナは震える声で反論した。
ここで負けたらダメだ。
ジーナはこの神殿以外に帰る場所がない。
だから、スカルもここにいるしかないのだ。
スカルと過ごす、未来のために。
ジーナはここで負けるわけにはいかなかった。
「スカルさんと話をしてみてください。絶対、考えが変わります。明るくて、優しくて、とっても温かな人だから。……えっと、見た目が恐いなら、できるだけ隠すようにしますから!」
こんな風に聖女に向かって、自分の意見をまっすぐにぶつけるのは初めてだ。
ジーナの膝は、がくがくと震える。
「だから、スカルさんを、ずっとこの神殿にいさせてあげてください!」
ジーナが、生まれて初めて、ふりしぼった勇気。
――けれども。
「馬鹿じゃないの?」
聖女の一言で、その勇気は簡単に踏みにじられた。
「あんたの意見なんて聞いてないの。言ったでしょ? あんたには罰が必要だって。今大事なのは、それだけ」
聖女の金色の瞳は冷めきった色をしている。
この聖女は、ジーナの言葉なんてはじめから聞く気がないのだ。
どんなに心を込めて言葉を紡いでも。
どんなに大きな声で叫んでも。
聞く気のない人間に、思いなんて届かない。
「さあ、みんな。ジーナに罰を与えましょう。もう二度と間違ったことをしないように、みんなでしつけをしてあげましょう」
聖女がすっとジーナを指さすと、聖女見習いの少女たちが一斉にこくりと頷き、木の棒を手にした。
見習いの少女たちはじりじりとジーナに近付き、棒をふりかぶる。
ジーナは両手で頭を守るようにしながらしゃがみ込み、ぎゅっと目をつむった。
――その時。
「させるか!」
聞き慣れたイケメンボイスが、祈りの間に響き渡った。
はっとして顔を上げると、ジーナをかばうようにして立っているスカルの姿が目に飛び込んできた。
突然現れた骸骨に、聖女見習いの少女たちが悲鳴をあげる。
「がっ、骸骨! 気持ち悪い!」
「いやあああ! あっちへ行って!」
聖女見習いの少女たちはスカルを追い払うように、棒を振り回した。
ぶんという重い音がして、棒が思いきりスカルの腕にぶつかる。
次の瞬間、スカルの腕の骨がはずれ、勢いよく壁まで飛んでいった。
あっさりと腕を失った骸骨。
あまりに弱いその姿に、一瞬、祈りの間が静まり返ってしまう。
一拍置いて、聖女の高笑いが響いた。
「あはは! ちょうどいいわ。この骸骨、今ここでやっつけてしまいましょう!」
そんなの、ダメ!
ジーナは真っ青になりながら立ち上がった。
けれど。
聖女と聖女見習いたちを止めることはできなかった。
棒が骨を叩く音が続き、次々とスカルの骨が床に散らばっていく。
骨が床を転がる音。
聖女たちの笑い声。
ジーナは叫ぶようにスカルの名を何度も呼んだ。
けれど、スカルは応えてくれない。
スカルの声が聞きたいのに。
大丈夫って、言ってほしいのに。
スカルの体が、どんどん形を失っていく。
そして最後には、何も言わないバラバラの骨の山になってしまった。