6:骨に沁みる
聖女の力は借りず、自分の力だけでスカルを天国へ導いてみせる。
そう決めた次の日から、ジーナは骸骨やアンデッドに関する資料をはりきって集めはじめた。
空いている時間があれば神殿内の図書室に行き、参考になりそうな本を借りる。
ジーナとスカルの住む部屋には、こうして借りてきた本がどんどん積まれていった。
スカルは本の山を見て、ぱかっと口を開けて驚いている。
それから、心配そうにジーナを見つめてきた。
「最近は寒さが骨に沁みるだろう? 無理をしていると体調を崩すぞ?」
「これくらい平気です。スカルさんは過保護すぎですよ!」
「しかたないだろう。ジーナが可愛すぎるんだから」
さらりと「可愛すぎる」と言われて、ジーナの頬が一気にぶわっと熱くなった。
こういうのは、嬉しいけど本当に困る。
ジーナは照れているのをごまかすために、スカルの腕をポカポカ叩いて抗議した。
「もう、そうやってすぐ『可愛い』って言うの、止めてください! 私、そういうの慣れてないんですから!」
そう言って、えいっと叩く手に力を入れた、その瞬間。
ぽろっとスカルの腕が取れた。
ころんと軽い音を立てて、床に腕の骨が転がる。
「うおおっ? 俺の腕、取れたっ?」
「きゃあああ! ごめんなさい、ごめんなさい!」
慌てて腕の骨を拾って、スカルの肩へと押しつける。
すると、あっさり腕は元通りにくっついた。
スカルはくっついた腕を何度か動かし、うんとひとつ頷く仕草をする。
「俺の腕、完全復活!」
「い、痛くなかったですか?」
「ああ、別に痛くもなんともなかった。まあ、とんでもなく驚いたが」
「ううう、本当にごめんなさい……」
ジーナがへにょりと眉を下げて謝ると、スカルは明るくカラカラと笑った。
「そういう顔も可愛いが、ジーナは笑っている方がもっと可愛いぞ? ほら、笑顔笑顔!」
(また「可愛い」って言った……! もう!)
しんしんと冷え込む冬の夜。
ジーナはジタバタと悶えつつ、両手で顔を覆った。
そんな風にじゃれ合いながら、資料を読み込む日々が続いた。
そうして分かったことをまとめてみると。
骸骨――アンデッド系モンスターが「天に召される」というのはつまり、「浄化をされる」というのと同義らしい。
アンデッドの浄化には、太陽の光や聖水がよく効くみたいだ。
だから、その性質を利用した浄化方法をいくつか試してみることにした。
ちなみに、一番確実なのは聖なる力を持つ聖女が祈るという方法らしいのだけど、残念ながら今は聖女に頼る気がないので、ひとまず保留しておく。
さて、自分たちだけでできる浄化方法を試したらどうなったかというと――まあ結論から言ってしまえば、全然ダメだった。
太陽の光はもともと平気なスカル。
冬の晴れた空の下、何時間日の光を浴びていても何の変化も見られない。
ただの日向ぼっこになってしまった。
聖水はとりあえず、たっぷりとスカルの全身に振りかけてみた。
けれど、骨がピカピカになっただけだった。
(おかしいな。どうしてスカルさんには何も効かないんだろう?)
神殿内に置いてある本に嘘がのっているとは思えない。それなのに、全く効果が見られないのはなぜなのだろう。
どこが間違っているのか、さっぱり分からなくて頭を抱える。
まだまだ勉強しないといけない。
そう考えたジーナは、今日も図書室へと向かうのだった。
昼だというのに、図書室の中は薄暗い。
大きな本棚がずらりと並ぶ中を、ジーナは足元に注意しながら歩く。すぐ後ろにはスカルがいて、ジーナが選んだ本を数冊ほど抱えて運んでくれていた。
この図書室に他の人の姿はない。ジーナとスカル、二人の足音だけが響いている。
時折、冬の冷たい風が吹き、窓をカタカタと小さく揺らした。
(あ、あの上の棚にある本、浄化について書いてあるみたい。手、届くかな……)
目当ての本を見つけて、うーんと背伸びをしながら手を伸ばす。すると、指がかろうじて目的の本の背に触れた。もう少し頑張れば引っぱり出せそうな感じがする。
ジーナはぷるぷる震えながら、爪先立ちになった。
ざらっとした背表紙の感触だけを頼りに、指先に力を込めて引き出そうとした――その時。
震える足が限界を迎え、ぐらりと体勢が崩れた。
「きゃあ!」
「ジーナ!」
スカルの焦る声が聞こえたかと思うと、さっとジーナの体が抱きとめられた。
続いて、スカルが持っていたはずの本が床に落ちる音が聞こえてくる。
どうやらスカルは本を放り出して、ジーナを助ける方を優先したらしい。
固い骨の体にしっかりと支えられたジーナは、ほっと息を吐いた。
「ありがとうございます、スカルさん。あ、手とか足とか取れてませんか?」
「ん? ああ、それは大丈夫だ。気合いを入れていたからな。……それよりジーナ、高い位置の本を取りたい時は俺に言ってくれ。ひとりで何でもやろうとするな」
スカルはジーナの頭をぽんとなでた後、取ろうとしていた本を難なく取ってくれた。
「ジーナはひとりで頑張りすぎだ。もっと俺を頼ってくれ。……頼られた方が、俺は嬉しい」
スカルの優しい言葉に、不意に胸がとくんと甘く鳴った。
今まで、ジーナにそんなことを言ってくれる人なんていなかった。
だから、ひとりで頑張るしかなかった。
(頼って、いいの……?)
嬉しい。胸の奥がほわりと温かくなる。
と同時に、なんだか泣きそうになってしまう。
ふと、スカルと目が合った。
また胸がとくんと甘く鳴って、それからじわじわと頬が熱くなってくる。
短く吐き出した息は、いつもより熱を含んでいるような気がした。
いつも、「可愛い」と褒めてくれて。
いつも、「無理するな」と心配してくれて。
いつも、優しくジーナを支えてくれる――唯一の人。
(どうしよう、私、スカルさんのこと……)
ドキドキが止まらない。
まさか、そんな。
相手は、骸骨さんなのに。
「ジーナ? 今日はまた一段と顔が赤いぞ? 瞳もいつも以上に潤んでいる気がするし……」
「きっ、気のせいです! 私は、いつも通りです!」
ジーナは心配するスカルから目を逸らし、胸に手を当てて呼吸を整える。
これ以上スカルを見つめていると、心臓が本気でおかしくなりそうだ。
でも。
ああ、これはもう、手遅れかもしれない。
(私、スカルさんのこと、好きになっちゃったみたい……!)