5:骨を埋める
聖女に水をかけられて、しょんぼりとうなだれながら小屋に帰った――その日の夜。
半分欠けた月が淡い光をこぼす頃。
小さな木造の小屋の中で、騎士の格好をした骸骨さんと聖女見習いの少女が何をしていたかというと。
「スカルさん! これじゃ私、動けません!」
「いいから。大人しくベッドに横になってくれ」
「でも、でも……」
「ジーナ。良い子だから、俺の言う通りに」
ベッドの上でへにょりと眉を下げるジーナに、スカルが苦笑した。
ジーナの頭をぽんぽんと優しくなでて、少しかすれたような声で囁く。
「俺のことが、信じられないか……?」
ジーナはふるふると首を振った。
窓から差し込む月の光が、ベッドの上にいる二人の影を床に描きだしている。
ギシリとベッドがきしむ音が響き、ジーナの桜色の唇からは白い息がこぼれ落ちた。
ふっとスカルが小さく笑う気配がする。
「良い子だ」
イケメンボイスで優しく囁かれた直後、ジーナはスカルに抱えられるようにしてベッドに転がされた。
恥ずかしくて身動ぎをしたくなるけれど、できない。
手も足も動かせない。
スカルの空洞の瞳が、ジーナをじっと見つめている。その真剣な眼差しに、ジーナの心臓が甘くとくんと跳ねた。
潤んだ瞳でスカルを見上げることしかできないジーナ。
そんなジーナに向かって、スカルは満足そうにうんうんと何度も頷いた。
そして、彼は――ひらりとベッドを下りた。
「よし、これで寒い夜も風邪をひかずに過ごすことができるな! ふう……俺、いい仕事した!」
汗を拭う仕草をしているスカルの目線の先には、布団でぐるぐる巻きにされたジーナの姿がある。
そう、スカルは水をかぶって帰ってきたジーナをこれでもかというほど心配し、どこからか布団を調達してきて、その布団でジーナをくるんでしまったのだ。
「……スカルさん。寒くないのはありがたいんですけど、やっぱり動けないのは困ります。それに、ちょっと苦しいです」
「少し強く巻きすぎたか。じゃあ、緩めよう」
スカルはジーナの体から布団を一度取って、今度はふわりと包み込んだ。
「これでどうだ」
「えっと、温かくてちょうどいいと思います」
「それはよかった。俺にちゃんとした肉体があれば、添い寝してジーナを温めてやることもできたんだが」
この骸骨さん、たまにとんでもないことを言う。
ジーナはドキドキしはじめた胸に手を当て、じわじわと頬を火照らせた。
「ん? 顔が赤いぞ、ジーナ。まさか、熱が……?」
スカルが慌てて、こつんと額と額をくっつけてきた。いきなり顔が近くなったせいでドキドキが加速して、ますます頬が熱くなる。
スカルの手がそっとジーナの頬に触れた。固い骨の感触に、びくりと体が小さく跳ねる。
「うーん、よく分からないな。骨だと温度を感知しにくいみたいだ。困ったな……」
「だ、大丈夫です! これは、ちょっと、恥ずかしかっただけなので」
「そうなのか?」
「そうなのです」
ようやく額が離れ、ジーナはほっと息を吐いた。でも、なんだか無性に恥ずかしくて、布団の中に半分顔を埋める。
スカルはそんなジーナの隣へ、ぴったりと寄り添うように座った。ギシリとベッドがきしむ音がする。
「それはそうと、やっぱりこれ以上ジーナが聖女に傷つけられるのは耐えられないな。もうあの聖女に頼むのは止めにしないか」
「でも、そうしたらスカルさんが」
「確かに、俺は天に召されたい。しかし、ジーナを犠牲にしてまでそうしたいとは思わない」
きっぱりと言い切るスカルに、迷いは見られない。
「このまま骸骨として過ごすのも悪くない。これからもジーナのそばで、ジーナを守りながら生きる。そして、ここに骨を埋めることになっても、俺は後悔しないよ」
「スカルさん……」
月の光に照らされたスカルの横顔は、間違いなく骨なんだけど、やけに綺麗に見えた。初めて会った時はその顔に恐怖を覚えたというのに、今はむしろ安堵感がある。
スカルが言うように、このまま一緒に生きていくのも悪くないかもしれない。
だけど。
他の人間が骸骨である彼を見たら、あの聖女のように「気持ち悪い」と言うだろう。
恐れられ、蔑まれ、最悪の場合は危害を加えられることもあるだろう。
スカルが「ジーナが傷つくのは耐えられない」と言ってくれたように。
ジーナも「スカルが傷つくのは耐えられない」と思っている。
スカルには、ずっと笑顔でいてもらいたい。
彼が辛い思いをしなくてすむように。幸せになれるように。
安心して、天国へ行ってもらいたい。
ジーナは甘えるように、隣に座るスカルにもたれかかった。
彼の服をきゅっと掴んで、声を絞り出す。
「スカルさん、天に召されることを簡単に諦めないでください。聖女様に頼むのは止めて、他の方法も考えてみますから」
「他の方法?」
「スカルさんを天国へ送る方法……聖女見習いの私でも、何かできるものがあるかもしれません。神殿の図書室に参考になる資料がないか、探してみます」
これ以上スカルに心配をかけたくないし、聖女も当てになりそうにないのだから、こうするしかない。
自信なんてないけれど、スカルのためならきっと頑張れる。
「任せてください。私が、必ずスカルさんを天国へ導いてみせます!」
スカルの目をじっと見つめたまま、ジーナは宣言した。
まあ、スカルの目は空洞だし、顔も骨だけだから、そこから彼の感情を読み取ることは難しいのだけれど。
それでも、かすかに彼が希望を持ったことが分かった。
「……ジーナは本当に優しい良い子だな。俺はジーナと会えて、こうして一緒にいられて、すごく幸せだよ。ありがとうジーナ。本当にありがとう」
ふわりとスカルに抱き寄せられたジーナは、そのまま大人しく彼の腕の中におさまった。
温かくて、心地よくて、ふにゃりと頬が緩んでしまう。
(私も、スカルさんと一緒にいられて、すごく幸せ)
そっと目を閉じると、とろりと睡魔に襲われた。
ジーナはスカルにぴったりとくっついたまま、ふわふわと夢の世界へと引きずられていく。
そんなジーナの頭をなでて、スカルが優しく囁いた。
「おやすみ、ジーナ。良い夢を」