2:天に召されたい
ジーナを助けてくれたイケメン骸骨さんは、帰るところがないらしい。
いや、記憶喪失になっているので、正確にはどこに帰ればいいのか分からない、というべきか。
「でも、骸骨が帰るところって、普通に考えたらあの世だよな。天国と地獄だったら、俺は天国に行きたい……」
骸骨さんは神妙な様子で考え込んでいる。
(まあ、そうだよね。こういう場合は、天に召されたいって思うよね……)
悩んでいる骸骨さんの隣にちょこんと座ると、ジーナも一緒に頭を抱える。
魔獣から守ってもらったし、彼には恩返しをしたいところだけど、一体何をしてあげたらいいのだろうか。
ひゅう、と冬の冷たい風が吹く。
太陽が少し雲に隠されて、徐々に寒さが増してきた。
「くしゅん!」
冷たい風に震えたジーナがくしゃみをすると、骸骨さんがはっと気付いたように顔を上げた。
「大丈夫か、お嬢さん! くっ、このままでは風邪をひいてしまうな……そうだ、とりあえず俺のマントを羽織るといい」
骸骨さんはマントをはずすと、それをジーナの肩にふわりとかけてくれた。
ほんのりとした温かさと春の森のような香りに包まれて、ジーナの心臓がとくんと甘い音を立てる。
「あ……ありがとうございます。すごく、温かいです」
「それはよかった。しかし、いつまでもここにいるわけにはいかないな。お嬢さんだけでも、家に帰った方がよさそうだ」
そう言われて、ジーナはぱちぱちと目を瞬かせた。
聖女見習いのジーナが帰るのは、家ではなく神殿だ。
見習いの少女はみんな、神殿に引き取られて、そこで育てられる決まりになっているから。
そして、その神殿には「聖女」がいる。
この王国に三人しかいない、貴重な聖女のひとりが。
聖女は聖なる力が使える。
怪我を治したり、呪いを解いたり、アンデッドを浄化したり――様々なことができる。
ならば、骸骨を天国へ送ることだってできるに違いない。
ジーナは遠慮がちに骸骨さんを見つめながら、口を開いた。
「あの、私は聖女見習いなので、神殿へ帰るんです。もしよかったら、その、貴方も一緒に来ませんか?」
「え?」
ジーナの提案に、骸骨さんが困惑した声を出す。
「いやいや、俺、骨だぞ? 聖なる神殿に入れるわけが……」
「大丈夫です! 私がなんとかします!」
このまま骸骨さんを置いていくなんてできないし、したくない。ジーナは骸骨さんの手をぎゅっと握り、「一緒に行きましょう?」とお願いした。
すると、骸骨さんは少し考えた後、ゆっくりと頷いてくれた。
「お嬢さんが、そう言うなら」
森に囲まれたダンジョンから神殿までは、歩いて一時間ほど。
その道中、ジーナは改めて自己紹介をした。
「私、ジーナって言います。よろしくお願いします」
「ジーナか。可憐な名前だな……君にぴったりだ」
「あの、貴方のことは何と呼んだらいいですか?」
「好きに呼んでくれてかまわないぞ? どうせ名前は忘れたし」
骸骨さんはそう言って、遠くの空を見つめた。その横顔がどことなく寂しそうに見えてしまい、ジーナの胸の奥がぎゅっとなる。
「じゃあ、スカルさんって呼んでもいいですか?」
スカルというのは頭蓋骨のことだ。
なんというか、そのままのネーミングだけど受け入れてもらえるだろうか。
「スカル……今の俺にぴったりの名だな! ジーナは天才だ!」
あっさり受け入れてもらえた。
しかも、すごく気に入ったみたいだ。
骸骨さん――いや、スカルは嬉しそうに何度も頷き、カタカタと骨を鳴らしている。
ジーナは喜ぶスカルの隣を歩きながら、よかった、と笑みをこぼした。
二人は森を抜け、ようやく神殿にたどり着いた。
神殿は灰色の大きな壁で囲まれており、簡単には中が見えないようになっている。屋根の部分のみ、ちらりと確認できる程度だ。
入口には銀色の装飾が施された白く大きな扉があり、そこを守るように数人の門番が控えている。
「門番さんに見つかると厄介なので、こっちへ」
ジーナはスカルの手を取り、裏口へと導く。
もうすぐ日も暮れるという時間。裏口に続く道は壁の影に入り、薄暗い闇に沈んでいた。
ジーナは慣れた足取りで、その影の道をずんずん進んでいく。
そうして裏口までたどり着くと、そこにある古ぼけた木製の扉をゆっくりと開けた。ギィと木のきしむ音が辺りに響く。
ジーナは中をうかがって誰もいないことを確かめると、スカルを招き入れた。
(これで一安心。あ、でも暗くなる前に一度、聖女様にごあいさつをした方がいいかも)
ジーナは夕焼け空を見上げながら、よしと気合いを入れる。
そして、スカルの手を引きつつ、まっすぐに聖女の部屋を目指した。
庭を抜け、神殿の建物内に足を踏み入れる。
白い柱が何本も規則正しく並んでいて、少しまぶしい。
広い廊下の壁には高価な絵画がいくつも飾られ、まるで貴族の屋敷のようだった。
廊下の奥、一番広くて豪華な部屋。そこが聖女の住まう場所。
けれど、目指すその場所に着く前に、ジーナは足を止めることになった。
なぜなら、幸か不幸か、聖女その人が目の前の廊下を歩いていたから。
聖女は正装である白のローブに身を包み、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
二十代後半、金色の巻き髪をした派手美人。その強気な金の瞳が、ふとジーナの方を向く。
と、その途端、聖女の顔が嫌そうに歪んだ。
「あら、役立たずのジーナ。相変わらず辛気臭い顔してるわね」
「せ、聖女様。あの、私……」
「……って、ちょっと! そこにいるの、骸骨? 嘘、信じられない! ジーナってば、頭おかしいんじゃないの?」
聖女の鋭い声に、ジーナはびくりと体を震わせる。
一方、聖女に指をさされたスカルはというと、ぱかっと口を開けて驚いていた。
聖女はどんどん眉間の皺を深くし、ジーナを憎々しげに睨みつけてくる。
かと思うと、そばに置いてあったつぼを手に取り、それを思いきり投げつけてきた。
「最悪! ダンジョンへ修行に行って、骸骨を拾ってくるとか聞いたことないわ! ああもう、気持ち悪い! 早くそれ、どこかに捨ててきなさいよ!」
誤字報告、ありがとうございます♪
助かりました!