10:骨抜き
スカル――いや、フィリベルトは、ジーナの手を大きな両手で包み込み、真剣な声音で言う。
「ジーナと離れたくないんだ。それに、これ以上この神殿にジーナをいさせたくない。前にも言ったと思うが、ジーナが辛い思いをするなんて俺は絶対に嫌なんだ」
フィリベルトの青い瞳が切なげに揺れる。
「一緒に行こう、ジーナ。これから先の人生、二人で一緒に生きていこう」
部屋の中に、一筋の光が差した。
キラキラとした太陽の光が、優しくジーナとフィリベルトを照らしだす。
フィリベルトがふわりと甘い微笑みを浮かべ、ジーナの手を握る両手に力を込める。
「俺と、結婚してくれ」
とろけるような声音で囁かれ、ジーナの心臓が飛び跳ねた。
じわじわと頬が熱くなり、視界がにじんでくる。
なんだか胸がいっぱいになってしまって、上手く言葉が出てこない。
口をぱくぱくさせるしかないジーナに、フィリベルトが少し慌てたように付け加えた。
「大丈夫、俺は独身で、恋人なんかもいなかった。問題なく結婚できる!」
「あ、えっと」
「ジーナのことが好きなんだ。愛しているんだ。だから、俺と結婚してくれ!」
まっすぐな瞳で求婚されて、ジーナの心臓がまたも大きく飛び跳ねた。
早く返事をしないと、フィリベルトにぐいぐい押されて大変なことになりそうだ。
ジーナはフィリベルトを潤んだ瞳で見上げて、それからこくりと頷いてみせた。
「わ、私でよければ、喜んで……」
「本当か! 本当に俺と結婚してくれるのか!」
「はい、よろしくお願いします」
「うおお! ジーナ、ありがとう!」
ぱあっと表情を明るくしたフィリベルトが、ジーナを強く抱きしめてきた。
春の森のような優しい香りがする。それは、彼がスカルだった時と全く同じ香りだった。
(姿は全然違うのに、この人はやっぱりスカルさん……私の、大好きな人)
ジーナはふにゃりと微笑むと、甘えるようにフィリベルトの肩へ頬を寄せた。
フィリベルトからの求婚を受け入れたジーナは、その場で荷物をまとめ、彼とともに神殿をあとにした。
目指すは王都――馬車を乗り継ぎ三日ほどかかるところにある、この国の中心部。
「そういえば、スカルさん……じゃなくて、フィリベルト様。そもそも、なんで呪いにかかってしまったのか、その原因は思い出したんですか?」
王都へ向かう途中、ジーナは尋ねてみた。すると、フィリベルトは少し恥ずかしそうに頭をかきながら、教えてくれた。
「ああ、思い出したよ。俺は騎士団の仕事で、あのダンジョンにいる魔獣を討伐しに行ったんだが……」
あのダンジョン、というのは、ジーナと出逢ったダンジョンのことだ。
フィリベルトはそこで、やけに綺麗な短剣が落ちているのに気付いたのだという。
「その短剣に触れた途端、体がなんか変な感じになって」
「なるほど、その短剣が呪いの原因だったんですね」
触れるだけで呪いが発動する道具。
そういう厄介なものがダンジョンに放置されているのは、珍しいことではない。
「また新たな被害者が出ても困るし、早めにあれは回収しないとな」
「そうですね。骸骨さんがいっぱい出てきたら大変そうです」
フィリベルトは眉間に皺を寄せつつ、何度もこくこくと頷いた。
――それから、一ヶ月後。
ジーナとフィリベルトは、王都で穏やかな日々を送っていた。
「フィリベルト様、見てください! ほら、もうこんなにお花が咲いてます!」
王国騎士団専用の訓練場の隅っこ。
春の柔らかな風に揺れる花を指さして、ジーナが明るい声をあげた。
すぐそばに立っているフィリベルトが、はしゃぐジーナを愛おしそうに見つめている。
「ジーナは本当に可愛いな。俺を骨抜きにするつもりか?」
「ほ、骨抜きっ?」
一瞬、骸骨だった時の彼の姿が脳裏に甦って、声がひっくり返ってしまった。
骸骨から骨を抜いたら、何も残らない。
大変だ。
「ジーナ。骨抜きというのは、実際に骨を抜くという意味もある……が、今言ったのはそういう意味ではないぞ? 人を性根や気骨などのない状態にする、つまり、相手をメロメロにするという意味の方だぞ?」
なんか、すごく真面目な顔で「メロメロ」と諭されてしまった。
どうでもいいけれど、フィリベルトは骨に関する言葉をよく使っている気がする。
さすが、元骸骨騎士。
フィリベルトはぽんぽんとジーナの頭をなでた後、「ああ、そういえば」と懐から一枚の封筒を出した。
「また、あの神殿から手紙が来てたぞ」
落ちこぼれと虐げられていたジーナが聖女になり、しかも王国騎士団のエリート騎士と婚約までした――というのが、どうやら神殿の人たちに知られてしまったらしい。
ジーナの婚約話を聞いた金髪聖女はものすごく驚いたようで、毎日のように「私もイケメンなエリート騎士と結婚したい!」「ジーナはずるい!」とわめいているのだという。
神殿に残っている見習いたちはうんざりして、ジーナに「早く戻ってきて」「あの聖女を追い出して、代わりに神殿の聖女になって」と手紙で訴えてくるのだけど。
残念ながら、ジーナはどんなに懇願されても戻る気はない。
この騎士団でフィリベルトと一緒に暮らす日々は、本当に幸せで満ち足りているから。
それに、神殿と違い、騎士団の人たちはみんな優しく接してくれる。
ずっとここにいていいと言ってくれる。
だから、ジーナはこの騎士団の聖女として生きていくと決めたのだ。
(それに、私はフィリベルト様と絶対に離れたくないから)
「その手紙は、いつもみたいに送り返します」
ジーナがそう言って微笑むと、フィリベルトもうんとひとつ頷いた。
ぽかぽかとした春の日差し。小鳥のさえずる声。
小さなピンク色の花が柔らかな風を受けて、笑うように揺れている。
そんな温かな春の景色を前に、フィリベルトがぽつりとつぶやいた。
「もう俺は、『天に召されたい』と言うことはないだろうな」
そのつぶやきにジーナがきょとんとしていると、彼はふっと柔らかな笑みをこぼした。
「ジーナの隣が、俺にとっての天国みたいなものだから。ジーナがそばにいてくれるだけで、俺は天に召されるほど幸せだから」
フィリベルトはイケメンボイスでそう囁いて、甘い瞳をジーナに向けた。
それから大きな手をジーナの頬に添えて、ゆっくりと顔を近付けてくる。
ジーナはドキドキしながら目を閉じた。
ちゅ、という可愛らしい音と、温かくて柔らかな感触。
唇に落とされた優しいキスに、ジーナの心が震えた。
(私も、天に召されるほど幸せだよ)
ジーナは願う。
これからもずっとずっと彼と一緒に生きていけますように、と。
そう――本当に天に召される、その日まで。
このお話は、これで完結です♪
最後まで読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました!
誤字報告もありがとうございました。助かりました♪
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応援してくださったみなさまにも、幸せがいっぱい訪れますように……♪