1:骨が折れる
「怪我はないか、お嬢さん」
薄暗いダンジョンに響く、温かくて優しい言葉。
細くゆらめくカンテラの明かりが、その声の持ち主の影をぼんやりと映しだしている。
「こんなに可愛らしいお嬢さんを守ることができて、光栄だ」
耳に心地よいイケメンボイス。
冷たい土の上に座り込んでただ震えるだけだったジーナは、そこでようやく顔を上げた。
そして、イケメンボイスの主を目にした途端――。
「きゃあああ! ほっ、ほねっ!」
絶叫してしまった。
というのも、ジーナの目の前に立っていたのは、騎士の格好をした骸骨さんだったから。
彼は胸のあたりを保護する軽装鎧を身につけ、その上に青いマントを羽織っている。腰には細身の剣をはいていた。
なぜ、骸骨さんがこんなに立派な騎士の格好をしているのか。
いや、それ以前に、なぜ骨なのに動けるのか。話せるのか。
(え、え、え、どこから突っ込んだらいいの?)
ジーナは軽く混乱しつつ、おろおろと視線をさまよわせた。
一方、骸骨さんはというと。
「お嬢さん? 『ほね』ってなんだ?」
こてりと首を傾げている。
どうやら彼は、自分が骸骨である自覚がないらしい。くるりと後ろを振り返り、何もないのを確認して、また首を傾げている。
「『ほね』なんて、どこにもないぞ? 安心するといい。……ああ、かわいそうに。こんなに震えて」
骸骨さんはそう言って、大きな手をこちらに差し出してきた。
けれど、その手も立派な骨だった。
いや、恐い。普通に恐い。
ジーナはわたわたしながらも、なんとか自分の力で立ち上がろうとした。
でも。
「……立てない」
骸骨さんとの出会いに驚きすぎて、腰が抜けたらしい。足に全然力が入らなくて、ジーナは思わず涙目になってしまう。
そんなジーナを見て、骸骨さんはふむ、とひとつ頷いた。
彼はすぐそばにしゃがみこんだかと思うと、次の瞬間にはひょいっとジーナをお姫様抱っこしてしまう。
「ダンジョンの出口まで、俺が運ぶ。大丈夫、君は羽のように軽いから」
(え、えええー? ちょっと待って、待って……!)
不覚にも、頬に熱が集まった。
この骸骨さん、骨のくせに言動がイケメンすぎやしないか。
(ど、どうしよう! ドキドキしてきちゃった……!)
ジーナ、十六歳。聖なる力で人を救う「聖女」になるため、日々修行に励む聖女見習いの女の子。
今はひとりぼっちでダンジョンの探索をする、という修行中。
ダンジョンの中はとても危険だ。人を襲う魔獣だって生息している。
ジーナはその魔獣に見つからないよう、細心の注意を払いながら探索をしていた。
けれど、運悪く巨大なイノシシみたいな魔獣に遭遇し、襲われかけた。
ジーナは弱い。戦う力もない。
だから、もうダメだと思った――その瞬間。
骸骨さんが颯爽と現れて、魔獣を倒してくれた。
そして、冒頭の「怪我はないか、お嬢さん」という優しい言葉をくれたのだ。
(骸骨さん、強かったなあ。ちょっとかっこよかったかも)
そんな風にいろいろと今までのことを思い返している間に、骸骨さんとジーナは無事にダンジョンの出口までたどり着いた。
薄暗いダンジョンの中とは違い、外には光があふれている。
骸骨さんは大切な宝物を扱っているかのように優しく、ジーナを柔らかな草の上に下ろしてくれた。
「ふう、こんなに愛らしいお嬢さんを運ぶのはさすがに緊張したな。骨が折れた……」
「えっ」
つい目を丸くして、骸骨さんの腕のあたりを凝視してしまう。すると、骸骨さんは少し照れたように頭をかいた。
「ああ、骨が折れたというのは『力を尽くした』って意味だぞ」
なんだ、どこかの骨が本当に折れてしまったのかと思った。
ちょっと、びっくりした。
ほっと胸をなで下ろすジーナの横で、骸骨さんは大きく伸びをした。
それからふと首を傾げて、ジーナを見下ろしてくる。
「ところで、君みたいな可愛らしいお嬢さんが、なぜこんなところに?」
「あ、えっと、私は修行のためにここに来てて……って、そんなことより貴方の方こそ、どうしてこのダンジョンに?」
「ん? 俺か? 俺は……」
骸骨さんはそこでピタリと言葉を止め、腕組みをした。
「そういえば、俺はどうしてこんなところにいるんだろうな? うーん、よく考えてみると、自分の名前も住んでいる場所もさっぱり覚えていない」
「記憶喪失ってことですか?」
「そうかもしれない。ああ、自分の顔すら思い出せないな。……お、あそこに湖がある。ちょうどいい、自分の顔を映して確認してみよう。何か思い出せるかもしれない」
それはちょっと待った方がいいのでは、とジーナは引き止めようとした。
けれども、骸骨さんの行動の方が断然早かった。
軽い足取りで湖へと向かい、湖面に映る自分の姿を確認し――。
「うおお! 俺、骨になってる!」
と、イケメンボイスで絶叫した。
(あああ……骸骨さん、落ち込んじゃった……)
なんだかものすごく悪いことをしてしまった気がして、ジーナは慌てて骸骨さんのそばに駆け寄った。
揺れる湖面に、骸骨さんとジーナ、二人の姿が映しだされる。
白くつるりとした綺麗なフォルムの頭蓋骨。その下の鎧や服で隠れている部分もなんだかスカスカで、恐らく骨しかない。
どこからどう見ても、これは立派な骸骨さんだ。
その隣に映るジーナの姿は、まあいつも通りだった。
聖女見習いの制服を身にまとった、紫色の髪を持つ普通の少女。
毛先がふんわりとした少し長めの髪は風に揺れ、その髪と同じ紫色の瞳は気弱そうな感じでこちらを見返している。
「……俺、これからどうしたらいいんだろうな」
ぽつりと骸骨さんがつぶやいた。
心細そうなその声にジーナもなんだか不安になって、しょぼんと彼の隣でうつむいた。