絶望のはじまりにこんにちわ
ショーとポウルは、小心な田舎者だった。
そんな彼らの人生の破滅は、目の前の麦酒に、小便を注がれる様なものではないだろうか。異常に気付かない他人からすれば、大した変化ではないが、飲む側としては大問題だった。
では、彼らはどうするべきだったのか?
少なくとも危ないことからは、身を引くべきだった。ションベン麦酒に口をつけるような真似はすべきではなかったのだ。
だがその禁忌を、彼らは犯してしまった。
ションベン麦酒を飲み切ってしまった。
後に残るのは、破滅である。
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城下の端にある安宿の一室。大部屋といえば上品だが、馬廓との仕切りもない。ケダモノの巣窟だった。
「いいか、お前らは見込みがある…」
娼婦の股ぐらからチェの声がする。こそばゆい娼婦が笑い声をあげると、黙らせるようにチェは腰を打ちつけた。
「わかるか、人生は自身の選択だ。天におわす主は、俺たち虫ケラなんてどうでもいいんだ」
娼婦の股ぐらに顔を近づけたポウルが、鼻を摘んだ。
「そっすね…うわクッセ」
「ポウルやめとけ、挿れずに腰ふってろ…」
チェは同じうわ言を繰り返していた。馴染みの娼婦達は、笑い声をあげながら適当にあしらっている。
「人生で選択できる機会は限られてんだ、それすら掴めない連中は、一生使い潰されて終わるんだよ!」
チェは体を震わせながら叫ぶと、また別の娼婦の股ぐらに顔を埋めた。
かれこれ4、5回はこれを繰り返していた。
半泣きのポウルが小声でいった。
「なぁショーやべえよ、俺もう田舎に帰りてえよ」
「お前がついてくって言ったんだぞ… あっやばい離れろポウル」
チェがポウルを押しのけると、相手をしていた娼婦に覆い被さった。
「お前らは他の馬鹿共とは違う、要領がいい馬鹿だ。なら俺はお前らに、選択する機会を与えてやる」
デカい金を掴ませてやると叫んで、チェは目を剥いて嘔吐した。下にいた娼婦がチェを押し退けると、悪態を吐きながら水場へ走っていった。
「おいポウル、服着ろ。すぐ出るぞ」
「チェはどうすんだよ?」
「明日になれば忘れてんだろ、さっさとしろ!」
チェは白目のまま、気絶している。
娼婦達はチェの財布を漁ると、もう用無しとばかりに安宿から出て行く。
一番若そうな娼婦だけが、逃げようとする2人に声をかけた。
「ねぇあんたら、悪いこと言わないからさ、チェの旦那とあんまり関わんないほうがいいよ…」
「そんなこたぁ分かってんだよ、見りゃ分かんだろ」
若い娼婦は更に声を潜めて、警告した。
「旦那は上客だけど、なんか変なんだよ。金遣いもそうだけど、魔女とも付き合いがあるって噂なんだよ…」
「そりゃなんかキメてんだろ、正気じゃねえもん」
まだ何か言いたげな娼婦を無視して、ポウルを引っ張って逃げた。
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吐瀉物を流し終えた娼婦が部屋に戻ると、痙攣するチェしかいなかった。
娼婦はチェにツバを吐きかけてから、次に金目のモノを物色した。どうせ明日になれば忘れているだろうと、タカを括っていた。
物色に夢中になっている後ろで、幽鬼の如く立ち上がったチェに、娼婦は最期まで気がつかなかった。
次の日の朝、溺死した娼婦が全裸で発見された。現場は道端で近くに川はなく、死顔は何故か恍惚とした表情だった。