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みどりの園でこんにちわ  作者: 有原子
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血と汗と虚無感にこんにちわ

作品に登場する人物・団体はすべてフィクションであり、作中の犯罪行為は一切推奨いたしません。

 ――我々は確かに、そこにいた。もうはっきりとはしないが。




「いいか新兵ども、国から支給された給金にはな。

 ――()()()使()()()()()も含まれてんだよ!」


 まじかよと呟いた新兵はしこたま殴られた後、練兵場内を延々と走らされた。


―――


 ゲェレ王国屈指の家柄、ラガン公爵の新兵はとにかく士気が低い。低くて当然だった。ほかの領主と違い、かつてこの土地を治めた初代ラガン公は大変な人格者で、戦のたびに亡くなる尊い若者の命と、村々に支払う()()()に心を痛まれた。そうして騎士団が雑兵に3年間訓練を施される制度をつくられた。


 だが若い衆を連れていかれても、納税の義務は発生する。訓練中に死なない限り、怪我をしたところで保障も手当もない。ただし後遺症の残る怪我をすれば除隊できたため、五体のいずれかが不具になる若者が一気に増えた。


 かつて事態を重く観た、正義感溢れる無謀な若者が、先代領主に直談判した。『どうか納税免除とはいかなくとも、減額くらいはして頂きたい』と。


 先代領主様は満面の笑みで、前向きに検討してみると答えると、近くにいた騎士に深く頷いた。

 翌日溺死した若者が、村近くの小川で見つかった。その川底は非常に浅い。


 直談判された事実を、重く受け止めた先代領主は、新兵の訓練期間中にも、給金を支払うという画期的な施策をした。

 そして物品の支給制を廃止して、訓練用品を()()()()させる悪魔的な行為を推奨させた。


 たとえば訓練の一環として、新兵同士に打ち合いをさせたとする。激しく打ち合えば怪我をするし、悪ければ死ぬ。かと言って手を抜けば、監督する教官にしばかれる。


 そこで新兵は、なけなしの給金を支払うことで、重傷にならない程度の防具や、怪我を治療するための薬を手に入れた。これらは決して強制ではなく、あくまで推奨なのだ。そのため各々が、統一感のない防具を身につけていた。


 唯一貸出される上っ張りのコートを着れば、かろうじてラガン公の軍勢であることがわかるが、普段の訓練ではまず着ることがないので、結局野盗のような集団だった。


 こうなれば嫌々でも物品を購入せざるを得ず、わずかに残った給金は、兵隊割のきく酒場や、娼館に消えていった。


 『痛みなくして教訓なし』ラガン公爵の家訓である。恐らくここ数十年、新たな教訓は得ていないだろう。代わりの金品は手にしただろうが。




 確かに城下は賑わっている。それは文字通りの意味で、故郷から引きずり出された若者たちの、()()()()()()()でできていた。


―――


 屯兵所から少し離れた場所にある、貧民街手前の居酒屋に、人生を見失った不良兵士が2人いた。


 くたびれた麦酒を一気にあおると、ツマミの干し肉を噛み続ける。顎が疲れてきて、噛むのをやめた。目の前で麦酒の杯をちびちび飲む、同期のショーに話をふる。


「おいショー、休暇後の演習の噂きいたか?」

「いやだポウル、なにも聞きたくない…」


 恨めしそうに皿を見てくる同期のショーに、干し肉を一枚渡してやって、話を続けた。


「俺らの隊の指揮、チェの野郎がとるってよ…」

「まじかよ、まじかってぼやいただけでしごいてくる糞かよ…」


 ショーは頭を抱えて、卓に突っ伏した。

 俺とショーは何度か、訓練を不誠実に行った結果、チェ訓練教官に目をつけられていた。線引きを見極めた怠慢は、兵隊にとって仕事をこなす要領に過ぎないが、騎士様にとってはそうではない。


「誰が得すんだよ演習なんて…」

「誰かだろ、俺らに関係ない誰か…」


 追加の麦酒を注文して、ショーが身をよじりながら頼んできた。


「なあポウル頼むよ、一杯おごってくれ」

「またかよ…」


 3年の兵役を無事終えれば、晴れて帰郷できるが、様々な理由で兵役を延長する若者もいた。ショーは別の小隊が開く賭場で、相当な額を溶かしていた。帰郷したところで返済のあてがない奴は、借金の肩代わりに兵役を延長することが認められている。


「常に金欠だろ、賭場のツケどうすんだ?」

「兵役延長…いっそ騎士見習いでも受けるか…」


 ショーとは同郷出身だった。確かに刺激の足りない田舎の村だが、刺激だけの都会暮らしは、もはや有害でしかなかった。


「おいやめとけよ、正騎士どもに使い潰されて死ぬぞ」

「そうだけどよ…返すアテもねーしなぁ…」


 しばらくして愚痴を言い続けて、麦酒を飲み終わった。そろそろ帰ろうとして、店に喧しく入ってきた連中に呼びかけられた。


「おうクズども、こんなとこで呑んでんのか!」


 糞ったれのチェだった。取り巻きにはあばずれた娼婦達がいた。


「…お疲れさまです、訓練教官殿!」


 上官への敬礼に対して、チェは赤ら顔で鬱陶しそうに手を振る。娼婦達は頭の足りない笑い声を上げた。


「よせや、こんなとこでよぉ。お前らどうせ暇だろ?ちょっと付き合えや」


「いえ教官殿、我々あすの早朝には帰郷するつもりでして…」


 新兵訓練中でも作物の苗付けの時期や、冠婚葬祭などは長期休暇をとることができた。

 なかには訓練に耐えられず、そのまま逃亡する兵士もいる。代償として兵士の逃げた村には重税をかけられ、悪ければその親族が処刑される。

 そのため同じ出身者同士が監視も兼ねて、ある程度まとまって帰郷できた。


 旅費を狙った輩も当然増える。それは娼婦や飲み屋に限った話ではなかった。


「だったら訓練もないし大丈夫だな!あとでこいつらと一緒に楽しんでから朝帰りゃいいだろ?」

「そうだよ兄さんたち、どうせ田舎にゃあたいたちみたいなイイ女いやしないんだからさぁ!」


 タダじゃダメだけどね、と喧しい娼婦の口元には性病のできものが吹いていた。


 心底うんざりするがそれとは別に、チェの羽振りの良さが気になった。


 チェは元々田舎出身どころか、遥か東の流民だったはずだ。正騎士となった今でも黒い噂しか聞かず、貴族出身の騎士達は煙たがっていた。

 噂のなかには、金遣いの荒さもあった。実際に見るのは初めてだが、新兵相手に巻き上げるだけではないだろう。当然騎士の清貧な給金をたしても足りない。

 なにかタチの悪い金のタネを持っているに違いないだろう。


 ひとしきり雑談しながら、娼婦の胸を揉んでいたチェが、急に話題を変えた。


「ところでショー、お前最近どうなんだ?」

「なんのことでしょうか?」

「しらばっくれんじゃねえよ、それとも馬鹿にしてんのか?」


 チェの表情は酔っ払いそのものだが、明らかに目は笑っていなかった。


「てめぇが出入りしてる賭場の胴元、ありゃ俺だぜ」


「えっ…教官殿それは…」

「俺がアイツら巻き上げて、今度はアイツらがお前ら新兵相手に巻き上げてんだ。利息分で2割は納めさせてんだよ」


 一気に酔いが引いてきた。まさかチェが胴元とは薄々気付いてはいたが、その事実を明かしてきたことがなにより面倒だった。いつのまにか取り巻きの娼婦達も離れている。


 ショーには悪いが、この話だけで終われば俺は巻き込まれなくて済む。この時はそう考えていた。




 国家、宗教、人種と、唸るほどの金と悪意に塗れ、地上の楽園をふたりで守ることになるとは、この時は考えていなかった。


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