71 新事業を始めましょう。
サイトバル兄様の運営している冒険者学校の実情を知った事に刺激され、ハリシエダ様も学校作りに邁進しているみたいです。領政にも慣れて来ているし、良い文官達も育って来ている為、安心して学校作りに力を入れているようです。
既に森を切り拓き、整地が済み、建物を作り始めています。当然ですが生木では建てられないので、ドライが使える大工さんが招かれて、伐採した木を木材に作り替えてもらいました。その為、通常よりは高いけどトレントを使うよりは安い費用で作られています。
今まではキュラスで終結していましたが、今回はヴェルム領の事業として人員を募集していますので、フェーブルとシェファーの景気にも活気が出ているそうです。
この学校にはカヴィヨンも通う為、ハリシエダ様も力が入ってしまう様で、恩師のグスタフソン先生やベルトラン様を始めとした先輩、友人達を集めて相談して作り上げています。私が口を挟むような場面は無く、格好良いハリシエダ様を堪能しています。
正直なところ、私には前世の記憶が蘇った事も有って、学校の勉強に興味は無かったので、アドバイス出来る場所などあまり無いのですよ。この世界の言葉が読み書き出来て、数字が書ければ問題無い。と学校よりも冒険者の活動に重きを置いてましたから。
下手に口を出しても皆の困惑を産むだけだと思うのですよね。そう言う理由で、私は自分の出来る事に目を向ける事にしましょう。
リーバスさんと報告書を読みながら、地図を眺めています。どちらに作るか悩んだのですが、相談の結果、改革に貢献していてやる気も有るフォーラスさんに任せよう。と決まり、シェファーにビーズ工房の支店を出す事にしました。
リーバスさんが呼び出したフォーラスさんが会議に加わり、職人を手配する事が決まりましたが、シェファーのガラス職人にビーズの作り方を教えるに当たり、
『マリレーヌの年が若いので、年上の職人は教えを受けたがらないだろう。』
との意見から、此方は技術面を考慮して、蜻蛉玉を主に作る工房となりました。シェファーのガラス工房は少なく、新事業に出せる職人の数が足りないので、フェーブルのガラス職人にも声を掛ける事になりそうです。
リーバスさんのしごきで少しは働けるようになった?オプショさんですが、フォーラスさんにも考えが甘いと呆れられているそうです。フェーブルの職人の選出に関しては此処を正念場と思って頑張ってもらいましょう。…でないと、リーバスさんがキレてしまいそうです。フォーラスさんも、
『私は絶対に手を貸しません。プレパトも何か有ると私を頼って来て甘えた事を言って来ますが、良い機会です。オプショも自分の能力を思い知れば良い。』
と冷たい眼をしています。何か……有るのでしょうね。
街に近い小川沿いの場所を整地して工房を建てるので、此方は最初からビーズ工房を名乗ります。ただ、工房長はガラス精製の経験者にお願いしたかったので、シェファーのガラス工房から出してもらう事になりました。
フォーラスさんが推薦してやって来た職人は、シェファーで一番大きなガラス工房の次男さんでした。工房が出来るまではキュラスの工房で修行してもらう契約です。予定では3ヶ月から半年程で蜻蛉玉を仕上げてもらいます。
『初めまして。ノックスと言います。ガラス職人として5年程働いて来ました。』
と名乗る好青年で、紹介されたマリレーヌの顔が少し赤いです。教えるのは蜻蛉玉ですから誰でも教えられるのですが、『綺麗に作るのなら。』と工房長が指名したらしいです。とは言え、彼女のビーズが工房の売りなので、付きっ切りでは無いのですがね。
数ヶ月経った頃。何時ものようにビーズや蜻蛉玉のチェックに行った時の事。ノックスはビーズを作る工程も練習していました。マリレーヌが蜻蛉玉を教えていたのはほんの数日だったそうで、直ぐに自分の仕事に戻ってしまったそうです。
『蜻蛉玉は誰でも教えられるし、一人に付いてしまって変な癖がついても困るでしょうから、私以外の人の作品や作り方も参考にして下さい。』
と言っていたそうで。ノックスはこっそりと工房長に相談した結果、急いで蜻蛉玉をマスターして、改めて、マリレーヌに師事したそうです。
正直、マリレーヌを他所の工房に取られるのは大きな痛手なので、ノックスの行動力に工房長も悩んでいるそうです。因みにマリレーヌは、
『格好良いお兄さんですよね。』
と一言だけであっさりと終わり、あの顔が赤くなったのは恋心では無かったらしく、ノックスの悪あがきも余り響いて無さそうな感じだとか。工房長曰く。
『マリレーヌにとって、ミスティーヌ様以上の魅力が無ければ心が動く事は無理。シェファーに行ってあちらの工房で働くとしたら、キュラスとは離れてしまい、ミスティーヌ様に会える機会が無くなる可能性があるので、マリレーヌは動きません。』
とニコニコしていますけど……それはなんか違う気がする……
結局、シェファーの工房が出来るまで頑張ってビーズの工程も習っていたのですが、工房長にもマリレーヌにもOK が出ないまま時間切れとなり、ノックスはシェファーに帰って行きました。
多少の遠距離では有りますが、ノックスにその気が有るなら、シェファー寄りのキュラスの外れに家を構えれば、ノックスはシェファーに通えなくも無いので、『頑張って。』と心の中で祈っておきましょうか。
ノックスはシェファーに帰る前にキュラスの冒険者ギルドに寄り、ガラスの材料の採取を依頼して行ったそうです。シェファー出身の冒険者の指定も出来るので、採取して配達迄を定期的に契約したそうです。
フォーラスさんからも提案されていたそうですが、ヴェルム領に成ってキュラスの情報が浸透して来て、冒険者ギルドの質の差が噂になっていたそうです。
『シェファーのギルドは依頼料が高く成功率が低い。更にフェーブルは依頼料に見合った結果は出ないと聞く。だから頼むならキュラスが一番だ。』
との噂で、薬草採取などはギルドを通さないで、直接売り込みを掛ける冒険者に頼んでいるらしいのです。キュラスの良い噂については、本当にサイトバル兄様の頑張りに感謝しか有りません。マジックバッグの種類を増やして応援しようかな。
因みに、フェーブルとシェファーには『王都の冒険者ギルド公認の冒険者ギルド』が有ると宣言されていますからね。今更、ヴェルムとしての冒険者ギルドを作るつもりも援助するつもりも有りません。
『ヴェルムの冒険者達の為にヴェルム冒険者学校を作ったのですから、冒険者の立ち場から言うなら領内格差の問題は有りません。
うちのギルドから冒険者を盗られた。なんて馬鹿げた苦情は来ましたが、冒険者は各ギルドの所有物では無い。何処に所属するかは冒険者達の自由です。
自分達で健全なギルド運営が出来ていない言い訳に来るな。と叱っておきました。』
などと晴れ晴れとした顔で教えてくれました。あの面倒見の良いサイトバル兄様が、
『万が一庇護に入りたい。と言って来たとしても、今更だね。王都のギルドの公認が有るのですから、其方を頼るべきでは。と伝えて下さい。』
と、珍しくハリシエダ様にも意見してました。何をしてここまで怒らせたのか。私は笑顔のサイトバル兄様が怖くて聞けませんでしたよ。
リーバスさんを通して、シェファーのビーズ工房の稼働が始まり、ノックスさんが職人達を指導して、販売出来る蜻蛉玉が揃って来たと報告があり、装飾材料として販売する一方で、商品としての販売方法を相談されました。
今の処、装飾品としてはループタイが主流ですが、キラキラとした輝きはアクセサリーに向いています。
蜻蛉玉の重さから、幾つも使うネックレスは難しくても、一つだけで作れるペンダントやチョーカータイプなら女性向けにも作れそうですし、一点物を売りに王都へ仕掛けるのも有りかと考えました。
『王都で販売するなら、男性向けのループタイと女性向けのペンダントのセットとか、多少価格が高くても人気が出そうです。
一点物として、それぞれ単体での販売しかしていませんでしたが、似たような色の組み合わせとかでセットにするのも有りかなぁ。と考えていたのですよ。』
と、クリミアナ義姉様から提案されました。幾ら一点物と言っても、沢山出来れば、なんとなく似ている。と言う蜻蛉玉が出て来ているそうです。まぁ当然ですよね。
『蜻蛉玉はビーズと違って異なる大きさでも良いですから、女性用には少し小さな蜻蛉玉を使う事で、より分かり易いかもしれませんね。』
と言うと、
『蜻蛉玉の大きさを変えるの?』
と不思議そうな顔をされたので、
『ビーズは大きさを揃える必要が有りますけど、蜻蛉玉は規定がありませんから自由なんですよ。判り易いように、うちの工房で見本を何通りか作ってもらうように話しておきますね。』
と伝えました。
因みに、リストランテでもタイアップして販売出来る様に、見本を参考に準備するそうです。クリミアナ義姉様のアイデアですから当然です。と言うより、リストランテが本家です。と伝えました。今から楽しみですね。
……蜻蛉玉の一点遣いなら簪も良いかも。トレントの端材で充分作れますから、これは帰ったらブリアさんに相談です。キュラスの目玉はこちらが良いかも。でもクリミアナ義姉様に内緒で始めるのは……
試作品を見せるのでは無く、話だけ伝える事にしましょう。キュラスの独自性です。簪と言っても作り方は一種類では無いでしょうし、そこは職人さん同士で競い合って作ってもらえば良いでしょう。
ちょっとだけ狡い事を考えながら、ブリアさんの工房に行こうと連絡したら、カヴィヨンがついて来ました。ハリシエダ様は学校作りに夢中ですから、木工工房へは建材の相談ばかりで、最近ではカヴィヨンを連れて行かないのだとか。
『母様、僕もカンザシを作ってみたいです。母様の説明を聞いた範囲では、シンプルな物なら僕でも作れそうに思います。』
とねだられて一緒に行く事になりました。クリスティとジャレットは、カトリーヌとセドリックの面倒を見るのだと張り切っているので、お兄様のカヴィヨンとしては手持ち無沙汰なのだとか(笑)
クリスティは少し悩んだようですが、ジャレットは弟妹に夢中で、クリスティはそちらに釣られているようです。
ブリアさんは何時もの部屋に行くのかと思ったようですが、今回は私の説明が必要なので、カヴィヨンは私から離れません。ブリアさんに頼んで手先が器用で若い職人を呼んでもらいました。
『実は、蜻蛉玉を使った髪飾りを考えています。このようにトレントを削り出し、この穴の間に蜻蛉玉を入れて留めたりして、落ちないように作りたいと思っています。
このトレントの串をいろいろと考えて作って欲しいのです。蜻蛉玉を通す処までは同じ加工で揃えてもらいたいのですが、その先の装飾を彫り出す事で差を出してもらいたいと考えています。』
予め、何点かデザインして来た絵を見せながら説明すると、
『領主夫人様。コレは蜻蛉玉がメインなのですよね?なら、このシンプルな串で良いのでは無いでしょうか。彫りが目立っては蜻蛉玉を使う意味が薄れませんか?』
と聞かれました。確かにそう言う見方も出来ますが、それでは面白く無いし、直ぐに真似が出来ます。
『キュラスでしか作れない。を売りにするなら、蜻蛉玉だけでは無く、串そのものにも価値が必要なのです。蜻蛉玉はガラスですから、扱いが悪いと割れてしまいます。ですが、トレントで作った串は丈夫ですから壊れにくい。蜻蛉玉を付け替えるだけで長く使えるでしょう。そうなれば、串自体に付加価値が必要になりませんか?』
と問うと、呼ばれた職人はブリアさんと相談を始めました。カヴィヨンに袖を引っ張られてそちらを向くと、
『母様の絵の一番簡単な物は、僕でも作れそうに思います。今から作ってみても良いですか?』
と話し掛けて来ました。眼をキラキラと輝かせて聞いてくるカヴィヨンのおねだりを拒むなんて出来ませんよね。
『ブリアさん、トレントの端材を頂けますか?それと、道具と場所も貸して下さい。カヴィヨン、怪我をしないように気を付けて作ってね。』
とブリアさんに声を掛けると、職人さんもハッとしてカヴィヨンをみました。
『幾ら慣れているとは言え、子供でも作れてしまうのでは、確かに問題ですね。分かりました。何時ものように、基本の品と、高級品という括りで分けて制作させて頂きます。ただ、蜻蛉玉が主役なのは変わらないので、先に蜻蛉玉を頂けますか?』
取り敢えず、カヴィヨンには私の作った蜻蛉玉を渡しました。工房用にはビーズ工房から届くように手配する事になりました。
クリミアナ義姉様に見せるのは、カヴィヨンが私に作ってくれる簪にしましょう。久々にカヴィヨン自慢が出来るので、コレはコレで嬉しい誤算です。
因みに、半年程過ぎた頃でしょうか。ビーズ工房を通して、蜻蛉玉の増産で職人を増やしたい。と嬉しい悲鳴が聞こえて来ました。ブリアさんの工房で小物作りをしていた他の職人からも、自分の作品に蜻蛉玉を使いたいとねだられて、試作した商品が好評で予約が後を立たないそうです。
クリミアナ義姉様から連絡を受けたリストランテの木工工房からも問い合わせが有って、カヴィヨンの作った基本形を教えたとか。でも、小物に使った応用例とかは、
『私達で気付いた位ですから、あちらでも誰かしら気付くでしょう。コレは独自性の問題ですし、特色に差が出るのは当然です。』
と澄ました笑顔で語っていました。教える気は無さそうですね(笑)




