70 閑話 カカオ騒動
【サリシン】
王宮に呼び出されたサリシンは、唖然としてしまいました。妹のロレーヌ王妃からの呼び出しに、何事!?と駆け付けたのに。
『王都のチョコは何時まで経っても美味しくならないし、私が予約しても中々持って来ないのよ。しかも、その言い訳が、ミスティーヌがカカオを独占して渡さないからだなんて言うのよ。自分達で仕入れる努力もしないでミスティーヌを言い訳に使うって、いったいどういう了見かしら。
もう面倒だから、リストランテの工房から定期的に納入出来ないかしら?と思って連絡したのよ。本音はミスティーヌの作ったチョコが食べたいのだけど。そこまで我が儘は言えないでしょう?』
と、憂い顔でのたまう。私はガックリと肩の力が抜けて、腰のマジックバックからカヴィヨンの作ったチョコクッキーと、ミスティーヌが作ったチョコケーキを取り出して差し出した。
『これはカヴィヨンが作ってくれて、私に贈ってくれた大切なチョコクッキーです。こちらはミスティーヌが作った、大人のチョコケーキになります。どちらも時間停止が掛かったマジックバックで管理しています。
今回だけ、特別に、差し上げますからコレで我慢しなさい。追加は無いですよ。』
と話して渡しました。満面の笑みで受け取るロレーヌ王妃は可愛いから良いとして、自分の不出来さの言い訳に、私の可愛い義娘のミスティーヌの名を使うなんて、王都の奴は許せる筈がない。と、内心怒りまくっていると、クッキーを食べて微笑みながら、
『カヴィヨンはまだ小さいのにこんなに美味しいクッキーを作れるなんて、流石はミスティーヌの息子ね。ミスティーヌのケーキも一緒に食べたら勿体無いから、此れは特製バックで保管して、後で楽しみましょう。
そう言えば、フォニウムでしたかしら? 元のタルピナス子爵が、カカオの輸入を纏めているのよね。兄様の伝手で王都にも少し多めに回してあげる事は出来るかしら?』
と聞いて来るので、
『ミスティーヌの名を言い訳に使うような奴に掛ける同情心は持っていないので、他所を当たって下さい。フォニウムも忙しい仕事から解放されて、楽しく仕事をしているようですから、余計な柵は遠慮すると思いますよ。
だいたい、自分達で仕入れに行けば済む話では無いですか。あなたも下手に甘やかすからつけ上がられるのです。』
とけんもほろろに返してしまい、ロレーヌ王妃にシマッタという顔をさせてしまったが、まぁ、仕方ないだろう。フォニウムもリストランテだけに卸している訳では無い。キチンと王都の工房にも定量を提供はしている。
だいたい、フォニウムは私の代理人として個人的に仕事をしているのだ。元々、ミスティーヌの負担を軽くする目的が根底にあって、偶々、フォニウムが弱音を吐いたので頼んだ事なのだ。そこに王都の商業ギルドが便乗したに過ぎないので、今でも良しとしていないのだ。
相手の対応が悪いから優先しないだけであって、最初の契約分の販売はキチンとしているし、王都の連中の技術力が低いのは、プルメリアのレシピに心酔して、ミスティーヌを下に見下しているせいだからな。
もっとも、そのレシピもミスティーヌに因って既に改良されて良くなっているのだが、フォニウム経由でアイツらの態度を知ったプルメリアサイドから、新レシピの情報が隠されているだけなのだ。価値を見出せなかったカカオに、この上ない価値を付加してくれたから、プルメリアサイドはミスティーヌを尊敬しているからな。
『もう。だいたい、ガウディが私達にあまり分けてくれないからいけないのよ。ミスティーヌったら、プリシラや孫達には簡単に贈ってくれるのに。なんで私達を忘れるのかしらね?兄様もそう思わない?』
クッキーを食べる手が止まらないようで、残念そうに最後の一枚を口に入れているが、独り占めしても良いのか? 一緒に食べた方が良いのではと私が教えた方が良いのか? と悩んでいると妙な圧力が背後からのしかかって来た。
『久し振りだなサリシン殿。息災にしておったか?処で、ロレーヌが食べているお菓子だが、私の分も別に有るのだよな?』
やっぱり、こうなったか。ロレーヌ王妃にしてやられたのかもしれないな。私は心の中で号泣して、残りのクッキーとチョコケーキをウォルトン王に差し出した。
明日はモリーノ様にお願いしてキュラスに飛び、ミスティーヌとカヴィヨンにお菓子を作ってもらおう。そうだとも。それに決めた。
【フォニウム】
プルメリアからチョコと原料のカカオを仕入れて、リストランテを経由してキュラスを回り、王都に帰って来ると、サリシン様からの呼び出し状が有りました。
ゆっくりで良い。と日時の指定がされていないし、急ぐ用でも無いと重ねて書いてあるので、一晩寝てから翌日訪ねる事にして、訪問のお伺いを届けてもらいました。
『ご無沙汰してますが、お元気そうで何よりです。』
と、キュラスで購入したチョコをお土産として渡すと、サリシン様は一つ口に入れて味わった後で、
『リストランテの職人も同じレシピで頑張っているが、この滑らかさが難しいと嘆いていたな。フォニウムは知っていると思うが、王都のチョコは更にジャリジャリしていて、口当たりが悪いのだよ。
先日、久し振りに王宮呼び出されて、王都の工房のチョコを食べさせられた上に、ミスティーヌの作ったお菓子を食べた王妃に嘆かれてしまった。
まぁ、王家の食べるチョコについては、ミスティーヌが専属の料理人を仕込んでくれる事になったので、王妃達の嘆きは解決したのだが。
今度は陛下が少し悪い事を思い付いてしまったのだ。』
と、言葉が重い。わざわざ呼びつけて私に話すのだから、私も何か巻き込まれているのだろうと、気が重くなってしまい、やはり口が開かない。
暫くチョコの良い香りだけが室内を満たしていたが、やっとサリシン様が、
『折角、余生を楽しんでいる処を悪いが、新しいカカオ工房を王都に作ってもらえないだろうか? チョコ工房と銘打つと五月蝿いバカがしゃしゃり出て来るだろうから、材料のカカオを看板に、傍らで輸入チョコの販売をして貰いたいのだ。』
つまり材料のカカオを、私が王都の工房に売りに行くのでは無く、向こうから買いに来させるらしい。
『今はギルド直営のチョコ工房にほぼ卸しているカカオを、一般にも売り出せ。という事ですか?ですが、カカオの扱いは難しいから…』
と困惑すると、
『カカオは隠れ蓑だよ。本命はチョコの方だ。店に出して販売するのはプルメリア産の高級チョコだが、裏でキュラスのチョコを仕入れて、王宮に売って欲しいのだ。
一応、ミスティーヌの援助で、王宮にもチョコ職人が入る事になったが、褒賞や他国への手土産として渡すなら、キュラスの方が質が良いからな。
フォニウムが王宮に出入りすると五月蝿い奴らがいるが、王宮の料理人が店に買いに行く分には問題ない。しかも、カカオを販売出来るのは今のところフォニウムしかいないのだから、堂々とカカオを買いに行って、内緒でキュラスのチョコを手に帰って来れる。という訳だ。
カカオの購入には特製の時間停止付きマジックバックを持って行かせるから、バックの中身はバレないだろう?』
一気に吐き出されたようで、スッキリとしたサリシン様の表情に、私の困惑が反比例している。更に追い討ちを掛けるが如く、
『カカオ卸し店として、王家御用達の看板と店も、陛下から既に預かっている。フォニウムにはオーナーの名前を貸し出して貰って、今使っている倉庫兼自宅から、カカオなどの商品を移動して貰うだけだ。』
既に、外堀は埋め尽くされているらしい。倉庫と言っても、ミスティーヌ様に頂いたマジックバックの事だから、それを移動するだけだ。
店に案内されると、王宮に近い商業エリアだが、裏通りに面している家だったので、少しホッとした。元は薬草店だったそうで、店主が高齢な上、後継者が上手く育たなかったので、ほぼ閉店状態だったとか。内装は少し弄ると思うが、このままでも営業出来そうな感じだ。
料理人や店員もサリシン様が用意しているそうで、私はほぼ今までと変わらない生活をおくれそうだ。しかも、カーチスも学校を卒業後、数年雇ってくれる事になった。
ナイジェル様は功績次第ではタルピナス子爵に戻れるかもしれない。そうなれば貴族に戻れる。その前にカーチス達は平民として市井の仕事を経験し、いろいろな見方を身に付けるべき。とサリシン様はおっしゃる。カーチスも可愛い孫の一人だから、ユーリウス様達と同じく、正しい貴族の行動を取れるように成長して欲しいそうだ。
そして、ナイジェル様の成長如何では、タルピナスにカカオ農園を作る計画も有るそうだ。と言うか、カカオ農園は作る事が決定していて、プルメリアの農家を引き抜き、既に試験的に始まっているので、最終的に誰に任せるかと言う話を聞かされた。取り敢えず、最終決定は数年先の計画だそうだ。
カーチスも環境が変わったせいで考え方が変わった様で、タルピナスに居た頃より真剣に学んでいるらしい。周囲にいる自分より高位の貴族を見る事で、自分の考えを反省出来たようで、ハリシエダ様やミスティーヌ様に対する態度も良い方に変わって来たとサリシン様から聞いている。
ヘルツェリもヴィクトリア様という良い見本がいるせいで淑女らしい態度がとれるようになって来たと聞いて驚いている。アネトール様が大好きで、傲慢な貴族っぽい態度を真似していたのが間違いと分かったらしい。身分で相手を見下す事が間違いと分かってくれたのは嬉しい。
私がいくら言ってもアネトール様に染まったロヴェニアが居たから、孫達の意識は変わらなかったのだ。娘のロヴェニアにも変わってもらいたいが、そこまでは高望みだろうか。何かきっかけが有れば。とも思うが、既に成人して久しい事を考えると、暗い見通ししか立たない。
【マリアナ】
時々、アランやサイトバルから贈られるチョコだけど。なんと、ミスティーヌが作っていたの。カトリーヌとセドリックのお誕生祝いの席で初めて知ったわ。
『私にだけ黙っていたなんて、みんな酷いわ!』
と拗ねていると、アランが、
『お前が知ったら暴走するだろう。カカオの生産はプルメリア国に頼っていて、増産出来ないし、輸入も限度がある。しかも、製法は難しく、職人はそれ程育っていない。
それを踏まえた上で、お前は考えて行動出来るのかい?』
と諭してくる。そうなのよね。ミスティーヌが何か作って、それが儲かりそうと思うと私は走り出してしまうの。今までも何回もしてきたから自分でも分かっているわ。私の我が儘でミスティーヌを振り回して来たのは認めるけど。
でもね、この美味しさには勝てないでしょう?私の表情を見て、
『忘れているかもしれないが、ミスティーヌは伯爵夫人。上級貴族なんだ。しかも私達の子供扱いをしているが、実子でも無い。
それを思い出してもらえるかな。流石に、今回は不味い。』
アランの真剣な顔を見て、私は黙ってしまった。
『チョコが食べたければ、キュラスのショコラで買って来れば良い。それぐらいの贅沢は咎めないし、サイトバルだってサミュエルだって贈ってくれるだろう。
この話を聞けば、ミスティーヌが最高級チョコをプレゼントしてくれると思うし。』
アランの慰めに、私も頷いた。だって、ミスティーヌのくれたチョコの値段を聞いたら、一粒で、私の周りの一般家庭の一週間の生活費にもなるの。庶民には手を出し難い高級品だと知ったから諦める事にしたの。
あれから半年程過ぎた頃に、サミュエルの働いている商業ギルド直営で、サルカンドにもショコラの支店が出される事が決まったわ。
キュラスとリストランテの職人が一人ずつ来てくれて、サルカンドの職人を指導してくれるそう。最初のハードルは、カヴィヨン様の作るチョコチップクッキーと聞いて笑ってしまったけど、今まで私が食べていたチョコチップクッキーが、カヴィヨン様製と聞いて驚いてしまったの。
支店の工房には、ミスティーヌに連れられたカヴィヨン様が時々顔を出して視察なさっているとか。その際に、一緒にクッキーを作っていて、私の処にもお裾分け?が来るのだけど。支店で買うクッキーよりも美味しいの。
カヴィヨン様、まだ6歳に成っていないと思ったけど、凄すぎるわ。
『貴族の英才教育凄い!』
ってアランに言うと、カヴィヨン様が特別なのだ。と言われた。
『ミスティーヌの後ろ姿を見て、興味を持ったら直ぐに教わる環境が有った。でも、本人にヤル気が無かったら続かない。ましてや、相手は幼児だ。教えるミスティーヌも凄いと思うが、それを身に付けたカヴィヨン様が素晴らしいのだ。』
と言うアランの顔が、俺の孫って凄い。ってニヤけているのは優しく流してあげるとして、支店がサルカンドに出来たのは素晴らしいと思うの。
サミュエルが頑張ってプルメリアに行き、カカオの輸入を取り付けて来たのだけど、フォニウム様がキュラスに届けるついでにサルカンドにも配送してくれる事が決まったそうです。フォニウム様って、前のタルピナス領主で、お貴族様の筈なんだけど、普通に商人されているので、驚いてしまったわ。
と言っても、私が知っている方は良い貴族の方ばかりだから、平民を侮って威張ったりしないのだけどね。どちらかと言うと、王都に本店を持つ商会の人の方が態度悪いのよね。特にお隣のグランダイン系の商人の質の悪さは有名なの。
キュラスを出禁にされているので、王都でも手に入れ難いチョコを買いに来るのだけど、イチャモンをつけては職人を引き抜こうとしているそうで、時々、サルカンド伯爵が駆け付けているらしい。
商業ギルド直営と言っても、アランと仲の良いサルカンド伯爵が後ろ盾になっているから、公営に近い扱いの商店なのに。そんな事も分からないなんて、商人として大丈夫なのかしら?
ミスティーヌ達をどっちの方向に成長させるか悩んで、中々続きが思い浮かばなかったのに、ふと視点を変えてみたら、こんな風景が浮かんで来ました。
迷走しながら書いているので、亀よりも遅いペースになっています。なんとか着地点を見つけますので、長い目でお付き合い頂けると嬉しいです。




