69 領を育てましょう!
領地がヴェルム伯爵領と成って拡大し、キュラスを領都に格上げしてから数年が経ちました。新規領地が増えて、色々と困惑も有ったハリシエダ様の領政にもゆとりが出来てきたようだ。と判断したサリシン義父様より、初等学校の設立を打診されました。
ヴェルム領にはまだ学校が無く、子供達は今まで通り他領に通っています。キュラスはリストランテよりもサルカンドに近い為、サルカンドの学校に。元グランダイ領のフェーブルとシャファーは、それまでのままグランダイに通っているそうです。
つまり、問題となっているのはフェーブルとシャファーの子供達です。
『文官達から報告が有ったが、子供達はグランダイの学校では肩身の狭い思いをしているらしい上に、学校ではグランダイ侯寄りの間違った教育もされているようだ。
有体に言えば、ハリシエダの事を平民の妻に言いなりの、出来の悪い領主と侮る教育をされているらしい。だから早く正したいのだよね。
上級学校はリストランテで受け入れるから、初等学校をシャファーとの境のキュラスに作る事を提案する。ヴェルム領の中心はシャファーだが、領都はキュラスだからな。そこは譲れ無い。
だいたい、ヴェルム領に成って5年も経つのに、未だにグランダイの影響が有るのは望ましく無い状態だぞ。ハリシエダは少しのんびりし過ぎだ。』
サリシン義父様に呼び出され、ハリシエダ様が叱られています。幸い、公的機関はリストランテから文官が出て公正な施策をしています。なので、税率はキュラスと同じに成っており、グランダイン領よりも低率な為か、キチンと納税はされてます。政務上では問題無しとみなされ、領民に不平が有る筈がないと思い、問題が有ると思ってもいませんでした。
私もハリシエダ様の横に座り、一緒に叱られているのですが、言われてやっと失敗に気付いた感じです。領政に口を出す気がなかったので詳しく聞いて無かったのですが。学校の事はカヴィヨンが入学する前にはキチンと整備しておかなくてはいけない事なのに、不注意でしたね。
私からすると、リストランテ領内のキュラスに嫁いだし、受領したヴェルム伯爵領とは言え、ハリシエダ様もサリシン義父様に教えを請いて領政を進めているので、リストランテ領の一部みたいな認識が抜けなかったのと、実家の在るサルカンドとの距離感が近いから、ヴェルムに学校が必要だと気付けなかったのです。
正直な話、カヴィヨンはリストランテの学校に通うのかなぁ?だとしたら、マジェンダ義兄様やクリミアナ義姉様に頼んで部屋をお借りして、転移で送迎すれば良いかなぁと思ってました。
領が発展する礎にも関わる話なのでハリシエダ様も反省していますが、私も人材不足には頭が痛くなりそうです。ただ、王宮の官僚時代の伝手や、王都の学校の伝手など、私が持っていない財産をハリシエダ様はたくさん持っているのですよね。
領主を補佐する意味から呼ばれて、一緒に叱られていましたけれど、これこそハリシエダ様の本領を発揮すべき分野だと思い、丸投げする事にしました。
サリシン義父様も、領主の為すべき事としてハリシエダ様に苦言を呈したのだと思うのですよね。私は今まで、私の持っている冒険者としての実績や資産を、領主夫人として活かして、領の経済を回して来ました。特に木工工房の素材や、新事業のアイデア等で私の力を発揮出来る側面は対応して来たのです。教育の分野には力を発揮出来るハリシエダ様の出番ですよね。
マジェンダ義兄様達にもこっそりとお伺いした処、少なくとも、人材の確保や場所の設定、予算の遣り繰り等は領主のハリシエダ様が主導で動くべき。と賛同を得られたので、私は一歩下がって、建物の建材などの支援に回る事にしましょうか。
ダンジョンに行けばトレントを確保出来ますし、ちょっと山に行けば普通の木も生えてますから、学校分の木材など直ぐに集められます。……でも、私がそれをしてしまうと経済が回らなくなるので、リーバスさんに叱られそうですね。
新領地については文官に任せて、上がって来る問題にだけ対処すれば良いか。と思っていた事が問題だったようだ。正直なところ、キュラスの政策だけでも大変で、父の助けで進めている現実が有る。
ナイジェル兄様のように、既に決まった路線があって、正解を持っている指導者についてもらって領地を繁栄させて行くのなら楽だったのに。と甘えたな自分が出て来てしまっても仕方ないくらいに忙しい。
私も、自分で工房を作り、まぁ、ミスティーヌに頼り過ぎではあるけど、経済的にも領の発展を促して来ていると自負していたのだが、父に言わせると、新たな経済活動を促すのは、領政の基本でしか無かったようだ。……何もしていなかったら、どんな叱責が飛んで来た事か。
早速、各所に手紙を書いて文官に届けてもらった。シャファーとの境には小高い山が有るのだが、その中腹を切り拓いて学校を建てる事にした。そうすれば、木材もその場で用意出来るだろう。生木はドライで乾燥させれば建材として使えると工房の知識で知った。トレントを使えば耐火性が上がるのは知っているが、値段がまるで違う。食堂の厨房のような常時火を使う部屋だけで良いだろう。
リーバスに依頼して、フェーブルとシャファーからも職人を雇う事にした。人数の事も有るが、キュラスだけで無く、ヴェルム領の学校と言う意識を各領地の民にも持ってもらいたいからだ。有る程度の規模の政策になるので、経済的にも動く物は大きい。これをキュラスで独り占めしたら、更に悪い評価が付く事は必然だ。
リーバスの意見では、時間に余裕が無いと、返ってミスが増えて、良い物が作れないらしい。焦らせても意味の無い物なので、1年を目安に竣工してもらう事にした。山道が有るとは言え、山を切り開くのだから、平地での作業以上に危険が伴う事は私にも想像は付く。怪我をしないように作業してもらう事は大切なのだ。
建物を建てるにあたり、キュラスの職人に学校を建てた経験者が居なかった為、父に相談すると、リストランテの学校を建てた職人を派遣してもらう事になり、担当文官と相談して建築する事が決まった。
場所と資材の確保、建設の方向が決まったので、後は担当文官に任せて、私は王都の学校を訪ねた。予め、師に連絡を取って、新設する学校の教員を探していると目的を伝えた上で、人材の紹介をお願いしに上がるのだ。
『ご無沙汰してますが、お変わりありませんでしたか?』
久し振りにお会いした先生は、時間の流れを感じさせない程溌剌としてパワフルだった。真新しい学校。自分がトップに立ち創り上げたいとおっしゃって頂けたが、王都の学校で先生を手放す予定は無く、初級学校の頭に頂くには勿体ない人材なので、有り難くご辞退させて頂き、代わりの人材を紹介して頂いた。
ルガリア公の縁戚で、マジェンダ兄様の知り合いでも有るベルトラン様が、ヴェルムの初代校長に成る事が決まり、後は、ベルトラン様を交えて会議し、学校の規模を見据えて、他の先生を誘致して行く事が決まった。
来年、初級学校を開設するので、行政を担当する文官に、開設したら、基本的に領民は他領の学校から転校するように知らせを出させた。サルカンドに通っている子供は兎も角、グランダインには通わせたく無いので、フェーブルとシャファーの為に作っている場所を決めたと周知徹底させたのだった。
サリシン義父様の話はまだ続きが有って、領主の工房などの設立をキュラスに纏めている事で、私達はキュラスにばかり目を配って、フェーブルとシャファーを蔑ろにしていると領民に受け取られているようだ。とも言われてしまいました。
現在のフェーブルとシャファーに関して、商業ギルドはキエランさんとリーバスさんに扱かれて、以前の面影は何処にも見つけられません。正しいヴェルムの顔と働きをしているので、キュラスに似た風を感じるまでに復活しています。
学校の問題をハリシエダ様に丸投げしたので、ギルド関係については私が協力しようと思ってます。リーバスさんに確認した処、商業ギルドの業績も伸びていて、キュラスで賄えない産業については、肩替わりが出来るぐらいの状況になっているそうです。キュラスに本店を構える商会の支店なども立ち始めていると報告されました。
あの馬鹿な商会が撤退したので、その穴埋めに王都の商会も幾つか顔を出したらしいのですが、定着せずに、様子見に行商部隊を派遣する程度に終わったそうで、リーバスさんの主導で、キュラスの商会が動いているそうなのです。
トレントを扱う木工工房は難しくとも、ビーズを使ったアクセサリーの工房や、服飾の工房などを新たに作る方向で、其々の街に刺激を与えるのも良いかもしれません。フェーブルは王都に近いですから、流行に敏感な工房が有っても可笑しくないですし、新たに工房を作らなくても、アイデアの提供だけで大丈夫かもしれないので、リーバスさんに相談してみましょう。
という訳で、残る問題は冒険者ギルドだけかと思っています。最初に、向こうから挨拶に来ないのだからと無視した結果、関係を頑なにしてしまったのですが、あの地もヴェルム領なのです。冒険者達は保護する対象として見守る義務があったのですよね。
まだ、充分に動き回れない私の代わりに、サイトバル兄様にお願いして、冒険者ギルドの改革に乗り出す事にしましょう。今更と反発が出たら、国一番影響力が有ると言われているアラン父様を頼るのも有りですね。キュラスの冒険者ギルドはサイトバル兄様がギルマスになった事で、サルカンドの冒険者ギルドと提携していますから、話が通り易いのです。
フェーブルとシャファーの冒険者ギルドは、ヴェルムに組み込まれた当初からキュラスの冒険者ギルドに反発していました。『あんな小さな街のギルドなんて。』と下に見られていたのです。領主が変わったのにも関わらず、他領の領主を後ろ盾とイキがるなんて、非常識の塊と思いませんか。
各ギルマス達はグランダイン侯の影響が強過ぎて正しい現実を見れないのと、怒りに任せて私が非公認扱いにしていた事もあって、情報が断絶されている状態です。
領内のギルドをまとめるべく、サイトバル兄様は領都のギルマスとして最初は交渉していたようですが、
『私達のギルドは王都の冒険者ギルドの公認を受けているから、キュラスのギルドに干渉される謂れは無い。』
と、拒否されてしまい、私が問題を持ち込むのもあって?忙しさに紛れてギルマス同士の関係改善がされずに至っているそうです。
今回改めて調べてもらうと、この5年程で冒険者として活動している者達には変化が有り、今のフェーブルとシャファーの冒険者ギルドは健全な営業が出来ていない状況になっていると分かりました。
『フェーブルとシャファーの冒険者ギルドに行っても金になる依頼が無く、受付ではまともな対応もされず、初心者は潰されるだけだ。』
という話が冒険者の中で出回っているので、フェーブルとシャファーの住人であっても、少しでも目利きの出来る者はキュラスに来て所属しているそうです。兄様の話から推測するに、グランダイン領の冒険者ギルドのままの体制では、冒険者ギルドにより利益が上がる設定なのでしょう。
初心者支援を受ける為に、遥々キュラスまで隊を組んで来る子供達も多く出て来ていると知り、稼ぎの少ない初心者達の宿の心配をサイトバル兄様に伝えると、
『既に、フェーブルとシャファーのギルドには内緒で、領内を冒険者達に巡回させて子供達を保護しているし、宿はギルドで借り上げて集団生活をさせているから大丈夫。
アラン父さんとも相談して、初心者支援を拡充させた結果、冒険者の学校みたいな組織に近い物になっているよ。年に2〜30人ぐらいの新人が集まって暮らしているな。』
と力強い回答をもらいました。ナンテコッタ!私達より早く活動がなされていたなんて。しかもマジックバッグを渡すだけで丸投げしていたから、支援体制がここまで充実していた事も知りませんでした。話を聞いて、学校の大切さに気付かなかった事を深く反省してしまいました。
冒険者の初心者達はほぼ大丈夫そうと安心しましたが、冒険者以外の支援体制をどうするかですね。仕事をする体制はどうなっているのでしょうか?サルカンドの学校を卒業する子供達については、今までの流れが有るので安心出来ますが。
リーバスさんにフェーブルとシャファーの職人さん達の状況を調べてもらう事にしました。子供達がそこに居ないとすれば、何処に流れて、どんな状況か迄も調べてもらった方が良いのでしょうか?




