57 ハリシエダ様の木工工房にて
ブリアさんから連絡が来たので、木工工房にトレントの納品をしに、カヴィヨンと共に向かいます。
『かーさま、もっこーこーぼーって、なにを作る所ですか?
もしかして、ぼくのおもちゃも作ってくれる所ですか?』
少し揺れる馬車が楽しいらしく、窓から外を眺めながらカヴィヨンが聞いて来ます。ハリシエダ様は領主の仕事が詰まっているので、私達が先行する事になりました。
最初は私が一人でささっと納品して来る予定でしたが、工房に行く事を知ったカヴィヨンが、
『とーさまのこーぼーですよね!ボクもかーさまと行きたい!』
と主張して来た事を知ったハリシエダ様が、
『カヴィヨンが父様の仕事に興味があるなんて嬉しいな。でも、私はまだ仕事が残っているから…
ミスティーヌが一緒なら問題ないでしょ?先に工房に向かって、カヴィヨンに私の工房を案内してもらえると嬉しいな。本当は私の工房だから私が案内したいのだけど、今日の仕事がまだ残っていて……
ねぇ、カヴィヨンも母様とお出掛けしたいよね。』
とウキウキと提案するものですから、カヴィヨンが大喜びした結果、先行する事になりました。手放しで喜ぶ二人に、つい、フェンリル夫妻の様子を伺ってしまいましたが、『仕方ないわね』と言った表情だったので安心した事は秘密です。まぁ、その分、ハリシエダ様の仕事が増えた訳ですが、気付いていないようですから、平和です。
『カヴィヨンの外出先は教会や孤児院が多いですから、行った事の無い工房は楽しいと思いますけど、お仕事の場です。皆さん、遊んでいる訳ではないので、邪魔をしないように気を付けなくては行けませんよ。
ブリアさんを始め、お仕事をしている職人さん達の言う事は良く聞きましょうね。』
はしゃぐカヴィヨンに釘を刺す意味でもお約束をしました。何かしてから叱るのは遅いですし、あらかじめお約束しないで叱るのは片手落ちですから。私もハリシエダ様が来るまでは一緒にいて注意出来ますけれど、職人さん達のお仕事の邪魔をしないと言う基本は大切でしょう。
『はい。こーぼーの中を走り回ったり、物をかってにさわったらいけないのですよね!フェンリルかーさまが言ってました。こーぼー見学はお利口さんだけが行けるのですよ?って。
ぼくはクリスティとジャレットのおにーさまだから、お利口さんなのです!』
フンスッと胸を張って言うカヴィヨンが愛いらしいですね。そして、隙のないフェンリル母の教えに頭が上がりません。……未だに私も教えを請うている状態ですから無理もありませんけど、カヴィヨンの教育状態にホッとしました。私の知識は偏りが大きく、上に立つ者の見方などは、正直なところ教えられる事が多く無いなぁと思っているので、とても助かっています。
木工工房は騒音対策もあって郊外に在ります。街の中心に在る領主邸からは馬車を使っても時間が掛かりました。(転移すれば直ぐなのですけどね) 馬車の窓から外の景色を楽しんでいたカヴィヨンも少し飽きて来た頃に工房に着きました。ブリアさんの出迎えを受けて工房に入り、早速、見学を始めました。
ブリアさんに依頼されたトレントを渡す為に、先ずは工房の裏側に案内されました。今回は20M位のトレントの納品です。保管小屋に入れる為には5M位の長さにカットしなくてはならないので、一旦、裏庭に出します。今回は依頼に従って、職人さんが必要な長さでカットするという事なので、10本程をインベントリから取り出して、積み重ねるだけで私の仕事は終わりです。
何も無い空間からトレントが出て来て積み重なって行くのを、カヴィヨンが不思議そうに見ていました。
『トレントは外に干されています。風魔法で乾燥させても良いのですが、領主夫人ぐらい魔法を使い熟せないと歪みが出る事も有るので、自然乾燥を好む方も多いですね。そして、乾燥が済んだ木材を室内で加工します。』
トレントをカットする処は危険が伴うので、私が前回出したトレントを見学しました。因みに、私はインベントリを経由する時点で乾燥が終わりますので、此処に積んであるトレントは既に使える状態です。…私のインベントリの効果であって、魔法では無いのですが、ブリアさんは私の魔法だと思っているようです。
『此方のトレントは最高で5Mの長さにカットしてあります。先程ご覧になったように、ミスティーヌ様に出して頂いた物はもっと長さがありますが、そのままでは収納し辛いですし、使い易さも考えると、この長さに成りました。幹の太さで分けてありますが、ここまで良質のトレントは中々手に入らないので、高額で取引されております。』
安全の為に、サイズ毎に鎖で縛ってあるので簡単に倒れたりはしません。初めてトレントの原木を見たカヴィヨンは、触ってみたいようで、ブリアさんに、
『ボクがさわってみても良いですか?』
と上目遣いで聞いてます。庭に生えている木とは太さとか、いろいろ違うので、気になったようです。興味が惹かれても、飛び出さずにキチンと許可を得るカヴィヨン。偉いですね。モリーノよりキチンとしているような気がします。
念の為にブリアさんが押さえているトレントに恐る恐る触って、何やら納得した表情のカヴィヨンが可愛いです。満足したのか、ブリアさんにお礼を言って私と手を繋いだので、今度は工房の室内に向かいます。
『トレントは高級木材なので、出来るだけ無駄なく使う為に、大きい物から作られます。ですから、トレントの中心は建材として建物に使われる事が多いです。それからテーブルや食器棚などの家具ですね。いろいろと切られたり、削られたりした木片を組み合わせて小さな家具が作られ、それでも残った端材などから算盤のような小さい物や、カヴィヨン様のお使いになる積み木などの玩具も作られます。』
ブリアさんが説明しながら作業所に入ると、トレントを切断する大きな音が響いてます。この部屋は丸いトレントを平らな板に加工したり、柱に加工したりする場所だそうです。材料にする一次加工のようです。
廊下に抜けて、話せるくらいの静かさになった所で、ブリアさんの説明が始まりました。
『先程の一次加工で基本となる木材にします。建物を建てる建材として使う物も、家具に使う物も、この時点では然程区別してありません。注文の仕様に添って材料を選びます。』
ここでやっとハリシエダ様が追い付かれました。カヴィヨンを抱き上げて次の作業部屋を覗くと、
『家具職人は集中して仕事をされる人が多い。ここは静かにしないといけない部屋ですよ。』
とカヴィヨンに静かにする事を約束させました。ブリアさんも
『家具に繊細な彫刻をする者もいますので、入り口からそっと覗くだけで、中に入らないようにお願いします。』
と、そっとドアを開けたままで中には入りません。先程の部屋に設計図があって、板の切断を済ませてからこの部屋で組み立てるそうです。手前では切られた板を組み合わせて家具を作っているようで、多少の騒音がします。でも、話している人が居ないので静謐な空気が漂っています。
家具に彫刻している様子は、明るい窓に面したテーブルで彫刻の作業している職人の後ろ姿しか見えません。手元が覗けないのでカヴィヨンは残念そうでしたが、私達は早々に次の部屋を目指しました。
『此方は彫刻が施されたりして出来上がった家具に、ニスを塗って艶出しをしています。お化粧みたいな作業になります。』
此方は先程よりは神経を使わないらしく、入室して、近寄って作業を見せてもらいました。カヴィヨンはハリシエダ様に抱かれているので、作業台の上がよく見える為、ニスの臭いに鼻を摘みながらも嬉しそうに職人の手元を見学していました。
ニスの臭いに鼻をやられながら、次の部屋に向かいます。此処は、家具作りで出た端材を利用して小物を作っています。簡単な書類箱や卓上に置く小さな本箱など、様々です。依頼が無い作品も多く、職人さんの腕試し?的な作業場らしいです。習作扱いで売る為に、トレントで作った割には安い値段設定にしているそうで、お買い得品として人気があるそうです。
そうかと思えば、端材の大きさで分けられた箱の中から必要な木材を取り出し、算盤の駒だけを延々と削っている職人さんもいます。算盤は商業ギルドを始め、お金を扱う処では必須の商品なので、専門なのだそうです。この工房でも三人の専門家を雇っていて、もう一人は延々と枠を作っています。そして、駒と枠のパーツを組み合わせて製品に仕上げている職人さんの横には、出来上がった算盤が積み重なっています。
此方では、若い職人さんが端材の大きさを揃えて切り直し、やすりでツルツルに角を取っています。出来上がった積み木を箱に詰めて、出来た空間を測っては違う端材を加工しています。カヴィヨンがもらった積み木は色が塗られていたり、絵が描かれていましたが、此処で作っているのはニスを塗るだけらしいです。
作業所の見学が終わったので、事務所に戻りました。ブリアさんが
『一応、発注書を元にそれぞれが作っていますが、定番の算盤や積み木などは発注が無くても作ります。うちの工房の隠れた人気商品ですね。技術が然程要らずに作れる積み木は多目に作っています。ただ、色付けが出来る職人がまだ見つかっていないので、木目を生かした?地味な見た目がネックです。
これ以外のうちのオリジナルですと、宝石箱の本体とか?基本的に出た端材の組み合わせで職人が試行錯誤して作っています。装飾の出来る者が居ないので、価格が上げられないのがネックですね。
まだ始まったばかりで依頼も商品も多くありませんが、利益が出ましたら、冒険者ギルドにトレントの依頼を出す予定ではあります。領主夫人に頼り過ぎるのも申し訳ないので。』
と業務報告をしてくれたので、私も、
『そうですね。後、半年くらいは私も活動出来ないでしょうから、私の持っているトレントがなくなる前には依頼を出した方が良さそうですね。でも、焦る必要はありませんよ?』
と答えました。だって、インベントリにはまだ150本近くのトレントが残っていますし、エルダートレントはまだ全然出していないのですよね。50M程の長さがあるので、逆に使い難い?…高額過ぎて簡単に受注が入って来ないらしいのです。
『トレントを確保出来る冒険者は多く無いかもな。ミスティーヌと違って狩ったとしても搬入が大変だろうし…マジックバッグの性能がなぁ〜サルカンドに依頼を出した方が良いかな?』
と、ハリシエダ様も呟いてますので、
『その前に、エルダートレントが手付かずなのを思い出して下さいね。』
と囁いておきました。それを聞いたブリアさんが、
『アァー!忘れてました!エルダートレントを1本。納品をお願いします。ルガリア公爵家から、エルダートレントの家具を依頼されました。キエラン様の伝手で話しが来たのです。
しかも、公爵家のお抱え職人が指導に来てくれる事になっていて、皆、興奮しているのですよ!』
なんでも、王都の商業ギルドでキエランさんが呟いて来たのだそうです。
『ヴェルムのキュラスに、トレント専門の工房が出来たらしい。領主夫人はエルダートレントまで持っているそうだ。数は聞いていないが、まぁ、早い者勝ちだろうけどな。』
頭脳派ですね。営業は掛けていないから、他領のギルドの話でも問題ないらしいです。正直なところ、リーバスさんは他のアイテムの売り込みで手一杯な状態で、トレントの木工工房までは手が回らないそうですし、キエランさんに助けを求めたのではないかなぁ〜と思っています。
私は早速工房の裏に回り、広場にエルダートレントを出します。職人さんに長さを決めてもらい風魔法でカットしました。その後、一旦インベントリにしまい、指定場所に出して、私の仕事は終了です。
…木材置き場に空きが有るので、ブリアさんに断って、エルダートレントをもう一本出すと、此方は5Mカットで切り揃えてインベントリ経由で置き直しました。材料に余裕があった方が、指導を受けながら自分達でも作って試せると思ったのですよ。私にしてみれば、トレントとエルダートレントの違いなんて、堅さの差ぐらいしか思いつかないので、慣れれば同じだと思うのです。
『エルダートレントの方が幹が圧倒的に太いので、中心を使うとかなり幅広い板が取れます。天井に使っても、扉に使っても、見映えが良いと思うので、ブリアさん、売り込みを頑張って下さいね。
ルガリア公爵家のお抱え職人さんが作った物と同じ様な物が作れれば、リーバスさんが売ってくれると思います。ただ、公爵家に納める物と同じ物は、売る前にキエランさんと相談して下さいね。もしかしたら、公爵家のお許しが必要かもしれないので。』
と言うと、ハリシエダ様が、
『商品が出来たら、私に連絡を入れて下さい。マジェンダ兄様経由で許可願いを出します。…たぶん、兄様が欲しがると思うので。』
と笑ってます。私の想像ですが、ルガリア公爵家はクリミアナ義姉様の親戚なので、たぶん、クリミアナ義姉様に贈りたいのだろうと思い付きました。そうなると、ご実家のトレミリー伯爵家用も考慮しておいた方が良いかなぁ?
『あ!もしかしたら、王家用も必要ですか?ルイジアナ様にも贈った方が喜ばれそう……』
と呟くと、心なしか、ブリアさんの表情が固まりました。




