32 閑話
【ハリシエダ視点】
もう3ヶ月になる。邸では1人で食事をして、1人で寝る生活。使用人は居るが、家族は居ない。両親もマジェンダ兄様も、あれ以来距離を置かれている気がする。仕事の相談に行けば教えてはくれるが、以前のように一緒にお茶を楽しんだり、食事に招かれなくなった。必要最低限の扱いかもしれない。ナイジェル兄様の方がより時間を取ってもらっているようだ。
卒業後、1年をミスティーヌに会う為に使ったけれど、その後の4年間は王宮でキチンと仕事をして来たつもりだった。だから王太子妃様にだって認めてもらえたし、子爵位だって…
と思っていたのに。この3ヶ月でいろいろと現実が見えて来た。マジェンダ兄様が付いていてくれたから、王宮での仕事も失敗せずにいたし、何より、王宮に勤められたのは父様の力が強かったからと分かった。一年の我が儘が通ったのは私が優秀だったからでは無く、父様が公爵だったからだったなんて。私もナイジェル兄様と同じ甘えたでしか無かった。
最初の2ヶ月位は、ミスティーヌに逢いたくて仕事に身が入らなかった。元々、代官が居るから、直ぐにどうこうするものでも無い。とタカを括っていたのだが、マジェンダ兄様に雷を落とされた。『父から何も言われないのは見放されているのだと何故気付かない。お前はそこまで馬鹿だったのか!』と言われて驚いた。『必要とされる書面に署名するだけが仕事では無い。領内に問題が無いか。活気を増やすにはどんな対策が必要か。新しい事業は起こせないか。真面目に向き合えば暇な時間など無いのが本当だ!』次々に降って来る叱咤に目の前が暗くなった。
気付けば兄様は帰った後で、執事がお茶を淹れてくれていた。『ミスティーヌは白い結婚を教会に提出する方向で考えております。それを回避したいのなら、ミスティーヌの嫌がる事を止めて、ミスティーヌに認めてもらえるような行動をなさるべきでは?』と提言して来ました。
ミスティーヌに紹介された、この執事と侍女長は夫婦で、ランティス様のご両親なのだそうだ。つまり、人化した聖獣のフェンリル様ご夫妻。『私達はミスティーヌに付いて来ただけ。』と笑って挨拶された時には驚きしか無かった。人では叶わぬ歳月を生きていらっしゃるので、知識が豊富にある。その為、私は助かっているのだが…
『ミスティーヌは私を許してくれるだろうか?と言うより、会う事は叶うのだろうか?』力無く呟きながら書類の山を片付けていると、『今は余計な事に考えを取られている場合では有りません。』と一言で嗜められる。噂ではサルカンドの家族の元には頻繁に顔を出しているらしい。エルーシャ義姉の処にも来ているのを知り、職人見習いに金を払って見張りをさせて乗り込んだのに、会えなかったばかりか却って怒らせる結果になり泣いたのは一月前の事だ。見習いは辞めさせられて、その後もキュラスに求人は出なかったし、工房自体があまり仕事を引き受け無くなったそうだ。でも、サルカンドとの仕事で栄えているようで、問題は無いらしい。魔石は冒険者ギルドからの物だけで足りない時は、ミスティーヌが調達しているらしい。辞めさせられた見習いからの情報だが。
これ以上ミスティーヌの周囲にまとわりついても悪化しか見えない。とみんなから指摘され、『誠意』を伝える為にも、独力で仕事を熟して認められなければいけない事は理解出来たつもりだ。これまでの褒賞が私自身の努力で無かった事を認めるのは辛いが、それを認めて乗り越えなければミスティーヌが会ってくれないのはなんとなく分かった。分かったけど、会えないのは辛い。愛するミスティーヌに会いたい。
【マジェンダ視点】
年の離れたハリシエダが可愛いから、厳しく指導する反面、頼まれると断らずに助けてしまっていた。ナイジェルのように無駄に逆らわないので、つい、裏から手を回して助けた事もあった。多分、それが悪かったのだろうと今なら思う。学生時代は優秀な成績を納めていたのだから…と期待し過ぎた結果、してはいけない失敗をした。王太子様ご夫妻に不快に思われてしまったのだから、上は目指せないだろう。領地が我が公爵家から分け与えた場所であった事が不幸中の幸いか?我が公爵家が不快の対象外なのを願うばかりだが。
王太子妃様がミスティーヌの転移スキルを、夫君や王様方にさえ秘匿にされていた事は、ランティス様が庇われたので不問となされたし、その後分かったご懐妊によって上書きされた。お子様が誕生されてお祝いのお披露目がされる頃には、ハリシエダとミスティーヌとの婚姻の結末も決まる事だろう。それ如何では、ハリシエダの爵位が変わる。外には出せない話しだが、本来なら子爵位の対象はミスティーヌだからな。本人が嫌がった為の措置だった。
元々、ハリシエダが男爵位の資格は持っていたから出来た話しだったし、白い結婚で婚姻自体が消えれば、男爵に爵位が落ちるだけだ。領地経営はしなきゃならないし、その際に領地の大きさを再決定するのは父の仕事だ。問題は次の婚姻相手になるが、数年は考え無くても良いだろう。婚姻しないなら領地を取り上げて法衣男爵をさせれば良い。私が公爵を継ぐ前に終わっていれば良い話しだ。
私が考えなければいけないのはやはりナイジェルの事だ。現子爵の義父を敬わないし、仕事の引き継ぎも真面目にしていないと、王宮の執務室に来た子爵から泣き言が入る。父に話して指導してもらう事にしよう。私ですら仕事の隙間を作ってハリシエダのフォローをして来たんだ。孫に執務を教える暇が有るのだから、息子の再教育ぐらい楽な仕事だろう。うむ。息子を取られた腹いせの嫌がらせなどでは無い。当然の指摘をするだけだ。そうだ。久し振りに家族を王都に呼び寄せて家族パーティーをするのも良いな。ゆっくり買い物をするのも何時振りだろうか。子供達の欲しがる物を考えただけでもテンションが上がって来た。
【ナイジェル視点】
ナンテコッタ!
父様に可愛がられているからって、平民の娘なんかに入れ込んで、許される訳ないだろう?我が家は公爵家なんだぞ。馬鹿な奴。そう思っていたら、Sランクを持っているからと認められてしまった。直ぐに結婚するかと思えば、爵位が無い平民だからから実績が欲しい。と、ハリシエダが婚約で据え置かれた。馬鹿じゃ無いか、平民の女なんて若さが一番の価値じゃないか。とせせら笑っていたら、王太子妃様の専属冒険者に成り上がっていた。
私の妻は子爵家令嬢だからかなうまい。と侮っていた。私ですら王太子妃様にお会いするツテを持っていないのに、あんな平民の娘が専属⁉︎その成り上がりがハリシエダの嫁になるなんて。しかも、ハリシエダまで私と同格以上の子爵当主になってしまった。
父様が領地を下げ渡す事になり、キュラスを中心とした地域がハリシエダに渡された。そこは王都に近いからと、私がずっと狙っていた場所だった。父様に意見すると、私に下げ渡す領地は義父が今治めている領地だから安心して義父に教えを請い、しっかり治めてくれ。と嬉しそうに言われてしまった。タルピナスは義父が公爵家に返還する領地ではないか!
私は政略結婚では無い。学生時代からの恋愛結婚だ。だが、あそこは広さは有るものの、王都から一番離れている、地の利が薄い場所だ。私は狭くても良いからキュラスに替えて欲しい。と頼んだのだが、『王宮に申請済みで、既に決定した事だから無理だ。第一、ハリシエダに最初からあんな広い領地を与える程親バカでは無いぞ。私はナイジェルも可愛い息子だから、贔屓はしないし、ナイジェルも変に気を回さなくて良いからな。』と、やたらと機嫌良く私を褒めて話しを終えてしまった。
私は義父のタルピナスの領地が嫌いなんだ。隣国との貿易になる様な物の無い、なんの特色も無い農村が広がり、平和かもしれないが、賑わっている場所では無い。せめて、隣りの伯爵領のようにダンジョンでも有れば。と思ったが、それも無い。そう言えば、義妹となるミスティーヌが踏破したら、ダンジョンの階層が増えていたらしい。ダンジョンって成長する物なのか?どうでも良いが、その新発見のせいでハリシエダが子爵位を授爵したのが不快だ。
何が一番不愉快かって、義父の領地を治めると言う事は、同じ子爵位しか持たないと言う事は、私がタルピナスに婿入りしたような物では無いか!公爵家から子爵家に婿入りだなんて。と、全く納得出来ないまま過ごしていたんだ。そしてあの日を迎えた。
私は妻の妊娠も有り、公爵家で留守を守っていたのだが、子爵家に帰宅した義父達からミスティーヌのスキルを聞いた。『転移』だなんて、今では聖獣様ぐらいしか持っていないものと言われていたのに、何処まで非常識なんだ?披露宴で王太子様から緘口令が出ていたが、私は特別と判断した義父の計らいで知る事が出来た。特殊過ぎるスキルを曝露したハリシエダも馬鹿だが、動揺して転移したミスティーヌも馬鹿だな。と言うのが私の感想だった。いくら王太子様が緘口令を出しても人の口は簡単に締まらないのだ。だから私だって知る事が出来た訳だが。これから、どうやって能力を使わせるかを企む奴らに追いかけ回される事だろう。
私の再教育が決まり、父様に会う事が多くなった。私の目から見てあれ程可愛がられていたハリシエダだったが、だいぶ冷たくされているようだ。父様が『このままミスティーヌが戻らなければキュラスを取り上げる事になるかもしれないな。』と漏らしていた。ならば、私がキュラスを治められるかもしれないという望みが生まれた。此処が私の頑張り処かもしれない。と私は思った。
【アラン視点】
やはり、貴族なんて処にミスティーヌを嫁がせるなんて無理だったのかもな。今のミスティーヌは自重なんて言葉を捨てたらしく、とても楽しそうだ。本人曰く、白い結婚が成立するまで。と言っているが、その前に何が何でも自重だけは拾って来させよう!俺達の平穏な精神の為に、それだけは約束させよう。でも、少しぐらいは羽を伸ばしてもバチは当たるまい。
一月程、国内を彷徨いて高位魔獣狩りをしていたらしいが、今はダンジョンに入っている。節目?事に戻って来てはレアアイテムを納品して行く。サミュエルに依頼して、王都のオークションにも掛けているが、当然、王都のギルドにはバレていて、ギルマスからミスティーヌの指名を申し込まれるが、王太子妃様の書面があるから相手にしない。ならば買い取りの依頼を。と言って来たが、それも無視だ。キュラスのサイトバルの処にも文句を言っているらしいが、彼方でのスタンスは子爵夫人だ。『貴族相手に依頼を掛けるのですか?私のギルドでは無理なので、出来る事ならば直接、王都のギルドで依頼なさって下さい。私達では呼び出すなんて不敬な事は致しかねます。あぁ、今、領主邸に訪ねていらしても会えないそうですが。』と、木で鼻を括ったような対応を取っていると笑い話しに聞いた。ミスティーヌ自身が王都の冒険者ギルドを嫌っているのだから、絶対無理なんだがな。
あの披露宴でミスティーヌの転移スキルを聞いた者のリストは王太子様が握っていて、個別に威圧されているそうだ。緘口令が出されたにも拘らず、家族だからとナイジェル様に話したタルピナスの子爵が、王太子妃様の逆鱗に触れたそうだ。言わば問題を引き起こした当事者の家族だから、連帯責任を取る意味でも知っていた方が…などと言い訳したのが一番悪かったらしい。マジェンダ様は王宮で忙しく働いていらっしゃるそうだが、身内に足を引っ張られる事ばかりで、全部放り出して領地に篭りたいぐらいだ。と嘆いている話しが、本人からの謝罪の手紙から伝わって来た。
俺も嘆きたい位だ。『人目を避ける意味でも、ダンジョンに入った。』と聞いたから少し安心?したのに、やはりミスティーヌだった。レアアイテムばかり出すのは嫌がらせか?利益は確かに大きいけれど。裏切られた腹いせを晴らしているのは分かるけど、ダンジョンはリポップするから狩り過ぎても大丈夫。って、そうじゃないだろう?
ミスティーヌが明らかにダンジョン下層のレアアイテムを出品するから、グローリーのSランク相当のパーティーや、Aランクの冒険者達がダンジョン入りして追いかけているらしい。Sランク相当っていうのは、全員がAランクのパーティーで碧い紅玉って言う意味不明な名前の5人組らしい。リポップしたばかりの方が弱いかなんて補償は無い。まぁ、頑張ってくれ。としか言えん。
そう言えば、グローリーから3人組の初心者パーティーが来たな。2ヶ月位前に、ダンジョンでミスティーヌらしいソロ冒険者に助けられて、地道に力を付けたいからサルカンドに移籍させて下さい。と窓口で訴えていたらしい。別に、ワザワザ宣言する必要は無いのよ?と受付で笑われていたな。騙されてレベル以上の魔獣と闘わされて死にかけた処にミスティーヌが現れて、助けた上にダンジョンの入り口まで連れ帰ってくれたと、心酔⁉︎しているようだった。
兎も角、コイツらの前に姿を現さないようミスティーヌに警告しておくか。転移が使えるミスティーヌと違い、通常、グローリー迄は馬車でも一週間は掛かるからな。ダンジョンの下層のレアアイテムを出された日には、どれだけ速く移動したのかと、大騒ぎになるに違いない。




