26 えっ? そうだったの⁉︎
タルナの町の冒険者ギルドでひっそりと情報を収集しました。山脈は寒く凍てついているので、あまり探索されていないそうです。隣国とも良好な関係なので、警戒する必要が無いのが大きい様です。中腹位迄は細い獣道程度はあるものの、わざわざ山に入り込んで魔獣のホームで討伐するよりも、麓に出て来た魔獣を狩るだけの方が楽だと皆満足しているそうです。流石、足るを知る農耕民族。
冒険者ギルドの受付嬢からも『シルバーフォックス、シルバーウルフの毛皮は幾らでも買い取りますから、お待ちしてます。』と良い笑顔で送り出されました。
町で最低限の⁉︎買い物をして、店主さん達から聞き取りをした処、一角兎を狙ったワイバーン以外にも見かけない魔獣の噂はあるそうです。宿に併設された食堂で軽いランチを頼み、地元料理の雰囲気を味わいつつ、周囲の人の話しに耳を傾けました。不自然に魔獣が現れる話しはあるものの、麓に現れて害を成さない限りほって置くって…もの凄く平和です。スタンピードの心配をせずに大丈夫なのでしょうか?
インベントリに装備も食糧も溢れてますから、午後から山へ入る事にしました。見せ掛けのマジックバッグを背負い、薬草採取ぐらいの出立ちで門番をやり過ごして麓の獣道を分け入ります。当然、鑑定付きのマップで素材確認をして、珍しい物から順次インベントリに入れていきます。モリーノにダンジョンの場所を聞くと、頂上付近の凍った洞窟らしいので、暖かな服を重ね着しました。
『ねえ、思ったより魔獣が多いし、ホントにタルナの町の防衛って大丈夫なの?魔素溜まりもありそうだし、スタンピードがあってもおかしくない様に思えるんだけど⁉︎』モリーノに声を掛けると、『あのね、ランティスの両親がキュラスに行ってるからかもしれないんだけど、魔獣の構成が昔と変わったみたい。』『え?此処にフェンリル様の聖域が在るの?』『在った。が正しいのかなぁ?でもミスティーヌがキュラスに戻らなければ、また此処に戻るかもしれないし、戻ったならやっぱり聖域で間違い無いし、まだフェンリル様の気配が残っているから魔獣が抑えられている処もあるし…』
モリーノがぶつぶつ言いながら考えていると、噂に上がったフェンリル様の気配が急に濃くなりました。執事姿で転移して来たフェンリル様は『我が家を目指している様だから案内に来たんだけど、どうかしたのかな?』と優しく声を掛けて来ました。『気晴らしに野良ダンジョンに潜ろうと、モリーノに探してもらったのですが、此方はフェンリル様の洞窟でしたか。前回は変異種のスライムの洞窟でしたし。ねぇ、モリーノ、今度も違うって!』やっぱり、未発見のダンジョンは無いのかな?
ガッカリしていると、フェンリル様が笑って『ミスティーヌが転生した時に、女神様が魔素を大量に消費されたから、最近は見当たらなくなったなぁ。人が入り込んでいるダンジョンなら兎も角、小さいモノはあの時に消滅したし、もうこの国に未発見のダンジョンは無いと思うぞ。』と教えてくれました。あぁ、無制限のインベントリだったり、異界渡りで荷物を持ち込ませてもらったし、魔力も贔屓してもらって、うん。贅沢させて頂いた実感はありますね。
『そうでしたか。フェンリル様はよくご存知でしたね?と言うか、モリーノは同じ聖獣なのに知らないで私を振り回していたの⁉︎』私がモリーノを睨んだ振りをすると『フェンリル様は長く生きていらっしゃるから女神様と仲良しだけど、僕はまだ小さいから、女神様から伝言なんて来ないもの!』とムッとしてます。『そう言えば、女神様と野良ダンジョンのお話しをした時に、そんな事はおっしゃって無かったわ。もしかして、女神様って天然?それとも忘れっぽい?』と呟くと、フェンリル様に笑顔で頭を撫でられました。
『処で、何時になったらキュラスに帰って来るのかな?』
空気が変わり、フェンリル様の目が笑っていません。でも、私も引く訳にいかないと思い、『キュラスに帰る予定はありません。』とだけ答えました。少しは感情も落ち着いては来ましたが、ハリシエダ様への怒りは消えていません。『私、一方的に利用される事が一番許せないのです。まして、あれだけ私に愛してると言い募っておきながら、私に対する気遣いの無い方だと見抜けなかったのが悔しくて。王太子妃様に大切にされるのに慣れてしまって、私が傲慢になってしまったのでしょうか?それとも私の信頼はそんなに安っぽいモノだったのでしょうか?』悔しい気持ちが溢れ出しました。
フェンリル様はモリーノと違い、私と契約している訳では無いので、怒らせてしまえば、私は瞬殺されてもおかしくない存在です。でも、言葉が止まりませんでした。ハリシエダ様との婚姻は、貴族に価値を見出せない私にとって、利の有る婚姻だとは未だに思えていません。だからこそ私に一言の相談も無くスキルを暴かれたのは譲れない。と意固地になっているのです。だいたい冒険者にしてみれば、一般的なスキルだって隠すのが基本です。其れを転移なんてレアスキルの上位をなんの誓約も掛けずにばらすなんて、死ねと言われている様なものです。
フェンリル様は私を抱きしめると、『勘違いさせてしまったかな?私達はミスティーヌの作る料理が食べたいだけだよ。あの小僧より、ミスティーヌの味方に決まっているじゃないか。私達はミスティーヌの為にだけ、あの小僧の手伝いをしているに過ぎない。ミスティーヌが戻らないなら、私達は此処に帰って来るだけだよ。』と伝えてくれました。
???…ご飯ですか。やはり、聖獣様は美味しいご飯が正義なんですね。すっごく肩の力が抜けましたよ。フェンリル様に抱きしめられていなければ、そのまま蹲る処でした。日も陰って来たので早速夕飯の支度を始めると、転移で消えたフェンリル様が奥様を連れて戻っていらっしゃいました。プチパーティー状態に料理を幾つも広げ、賑やかに夕飯を頂きましたとも!楽しかった。
『今のままなら、後11ヶ月程で白い結婚が成立して離縁出来るから、それを待っているのです。』と話した処、『小僧も皆に説教されて反省しているみたいだぞ?』と聞かされました。周囲に言われて。という状況なら表面だけの反省で、失った信頼は回復出来そうにありませんね。と思いました。『何か伝える事があるなら伝言しようか。』と聞かれましたが、なんの期待も出来なさそうなハリシエダ様には『特にありません。』としか言えませんでした。
夕飯に満足されたご夫妻を見送り、これから以前踏破したダンジョンを目指すべきか、否か。テントを設置して考える事にしましょう。モリーノも『正しい情報を集められなくてごめんね。』とスリスリして来ました。うーんなんかもう良いかな?気分が削がれたので、一旦、サルカンドの実家に転移する事にしました。と言ってももう遅いので、今夜は此処に泊まって明日の移動になりますが。テントの周りに広く二重に結界を張って、おやすみなさい。
朝日に目を覚ますと、ワイバーンが内側の結界に阻まれて倒れています。Gが居ないだけでも清々しいです。フェンリル様の気配が残っていたせいか、小物の気配は感じられません。ワイバーンをインベントリにしまって朝食の用意をし、モリーノと美味しく食べたら、テントもインベントリにしまってサルカンドに飛びました。
久し振りに商業ギルドのサミュエル兄様の部屋に顔を出すと、エルーシャ姉様から伝言が来てました。キュラスで雇った職人がハリシエダ様に情報を流して金銭を得ていた事が判り、辞めさせたとの事でした。『ミスティーヌが婚約していた時と状況が変わっているので、従業員をキュラスから探す必要性も無いし、事業を拡大する予定が白紙に戻ったので、代わりの人員を増やす必要無しと考えています。』と手紙にはありました。教会からの代金はカードに振り込まれていて、サミュエル兄様に振込確認を促されました。
此方の工房が気になり、ダニエルさんの噂を聞こうと話しを振ると、『付与魔石が余っていたら売って欲しい。』と依頼の話しになってしまいました。工房との契約は何とか熟しているものの、私とエルーシャ姉様が抜けた事で余剰が生まれず、ギルドに品が入らなくなってしまったそうです。
キュラスに行ったエルーシャ姉様に願いの付与魔石は回してもらってはいるので、ゼロでは無いのですが、結界や回復の魔石は足りずに困っているそうです。あの三人も頑張っているのですが、学校を通して来た後輩達も、思わぬ激務に逃げ出す子ばかりで長続きしないとか。私に力の有る後輩を呼べないかと紹介を頼まれました。…学園での付き合いは薄かったので、私には無理です。
取り敢えず、必要な付与魔石の内容と量を書き出してもらって、手持ちの魔石に付与しまくり納品しました。Gや一角兎の魔石を全部使い切る勢いでしたが、午前中いっぱい掛かって終わらせると、代金とは別にランチを奢ってもらいました。
午後は冒険者ギルドのアラン父様の部屋で、ワイバーンなどの大型魔獣などを入れたマジックバッグを渡して解体をお願いしたり、採取系の依頼をチェックして、手持ちのある物は納品をしました。そして、タルナの山中でフェンリル様から野良ダンジョンが無いと聞いたので、この後は以前踏破したグローリーのダンジョンに向かう事をアラン父様に話しました。
キュラスには近寄りたくないのでサルカンドで装備を見直し、今度は南の山地向かう為、レッドサーペントの防具を着ることにしました。グローリーのダンジョンは海に迫った山中に在ります。男爵領を挟んだ隣りの子爵領がナイジェル義兄様の領地なのですが、ハリシエダ様と仲が悪いらしいので見つかる心配はしなくても良さそうですね。
グローリーの街はダンジョンがあるので何時も賑わってます。美味しそうな匂いにフラつきながら地元の食料を買い足し、マジックバッグに詰め込みます。気配を消したまま買い物をしているので、店主からすれば、いつの間にか商品が消えて、手にはお金を握り締めている状態らしく、通り過ぎた商店街からは『俺、幽霊と商売したのかもしれない…』と言う声が聞こえて、笑ってしまいました。




