2 両親の出会い〜うちの子って 両親の視点
私がグリードを最初に見かけたのは市に買い物に行った時でしたわ。我が家は男爵位に付いているとは言え、領地と呼ぶのも恥ずかしい位の狭い土地しか持てず、貴族としてのお付き合いが重く感じる程で、国に税金を納めると、大きな商会の方が裕福な位でした。その上、私は兄が1人いる、6人姉妹の末っ子で、服は4人の姉のお下がりばかりなのです。あの時も市民の方が綺麗な服を着ているかも?な格好で市に行き、露店で買い物をしていたのですが、いきなり誰かにぶつかられてしまい、店先の商品を壊してしまったのです!
ぶつかって来た人はそのまま走り去り、店主から請求された金額は私の持っていたお金では全く足りなくて青褪めてしまっていると、グリードが近寄って来て『私が全部見ていたよ。』と、助けてくれました。既に警ら隊を呼んでいて、『ぶつかって来た男と店主がグルになって、彼女を脅して金を巻き上げようとしていた。』と説明してくれたのです。なんと、男は店の裏口から店内に入って隠れていたのを、既に、グリードが呼んだ警ら隊が捕まえていたのです。警ら隊が来たので、私が貴族と分かってしまい、店主と男達は罪が重くなりましたが、それは自業自得という物で仕方がない事です。グリードは私が市井の娘だと思って話しかけていたそうで、乱暴な言葉遣いを謝って来ましたが、『私の方こそ、お礼を言っても謝罪は受けられませんわ。』と言うと安心した様でした。
数年後、『借金を肩替わりしてくれる商会が見つかった。』とお父様から聞かされ、家族みんなで喜びましたが『代わりにラメールがその商会に嫁ぐ事になった。』と告げられました。はっきり言って良い噂を聞かない商会長でしたので、何故私が…と泣きたくなりましたが、顔合わせの席に居た相手はグリードでした!
後にお義母さんから、『グリードに頼まれて、こっそり裏から手を回して婚姻を結ばせてもらったのに、こんな目に合わせてしまって申し訳ない。』と聞かされた時には、『私の方こそ、名ばかりの貴族で、グリードに辛い思いをさせてごめんなさい。』と心の内を明かし、お互いに手を取り合ったのでした。
お義父さんは私を虐げる事で貴族を見下した気分に浸れる様で、新居として与えられたのは狭い使用人部屋でした。主屋にあるグリードの部屋の方が広いのに、ワザと一番狭い部屋に押し込んで、『持ち込んだ品物に合わせて部屋を見繕ったのだが苦労したよ。』と嘲笑うのです。お父様には『身の回りの物は全てこちらで用意するから、身一つで嫁いで来て下されば良いのですよ。』と言っておいて! すっかり騙されているお父様に本当の事は言えず、ミストが産まれる迄は色々と辛かったです。
やっと産まれたミストの事も、『女か』と言って鼻で笑った上に、乳離れするのを待ってたかの様に取り上げられてしまい、私達には馬車を与えて店を追い出し、近隣へ行商に行く様にと言い捨てました。私は勿論、グリードも行商の経験は有りません。更にどんなに近くの村でも、一回の行商で一週間近くを移動に取られるので、中々ミストに会えないのですよ。その間、ミストの事をお義母さんが見ていてくれるのだけが救いでしたわ。
お義母さんの教育が良かったのか、ミストは適切に周囲に対応する子に育ちました。お義父さんへも不必要に近付かなかった為か、3歳のお誕生日に私達と一緒に追い出されてしまいました。でも、誕生日祝いにマジックバッグを贈られていたのです。中に入っていたお義母さんからお手紙からは、お金に汚いお義父さんや義兄達を再確認したもの、みんなには内緒と言われた大金に、もしかしたら、愛情表現が下手過ぎるだけだったのかも⁉︎ と気付いてしまいました。お義母さんはお義父さんに気付かれずお金を入れてくれたつもりですが、本当にこんな大金が消えて、お義父さんが気付かずにいたとは信じられなかったのです。と言うより、お義母さんに気付かれるように大金を貯めて隠して置いてくれていた。と考えた方がしっくり来ます。
結果的に3年間の行商で独り立ちする資金が貯められた訳ですし、行商の遣り方も覚えました。得意先も商会とは違う工房とのお付き合いです。私達が仕事でミストの面倒を見られない時間は、お義母さんがメインで助けてくれてました。不慣れな馬の扱いにも慣れましたし、何よりも、あのままお義兄達の下で働いていたら、いい様にこき使われて苦労するだけの一生に成りかねなかったのです。
そう思ってお義父さんの行動を思い出すと、意地悪な言動の全てが逆に見えて来ました。男爵とは言え貴族の娘として扱われていたら、使用人達はあんなに優しく接して、仕事の遣り方を教えてくれたでしょうか? 義兄達はどんな仕打ちをグリードにしたでしょうか? ミストはあんなにお義母さんに可愛いがられたでしょうか? 貴族家より嫁いで来たのに関わらず、使用人達より下の扱いをされ、貴族の娘と結婚したのに格下の部屋に押し込められ、更に店を追い出されたからこそ、馬車やマジックバッグを貰ってたのに、誰からも文句を言われずに済んだのだ。と気付きました。私達はみんな、お義父さんの分かり難い愛情に包まれているのかも。心が暖かくなりました。
そして、ミストの魔力量は私の何倍有る事でしょうか?お父さんから貰ったマジックバッグは最小だと思ってましたが、ミストが使うとそれ以上入るように思えます。高価なマジックバッグは持ち主の魔力量に引きずられる事が有る。と聞いた事が有るのですが、もしかしてお義父さんは…ミストは私が生活魔法を使っているのを見ただけで覚えました。グリードは私の血のせいだ。と簡単に喜んでいますが、魔法は発動する迄が大変なのです。魔力の存在を感じ、自力で動かせる様に訓練してやっと使えるのですが、ミストはそれを取っ払って使ってしまいました。常々賢い子と思って見てましたが、見てるだけで貴族が訓練して覚える事と同じ事を考えて行動してしまうなんて。他の魔法や、私の知っている、貴族が行く学校での勉強を教えてあげたい。と思いました。
初めてラメールを見た時は、なんて可愛い子が居るのかと、目が離せなかった。でも、そのお陰で助ける事が出来たのだから良かったと思う。ただ、警ら隊との遣り取りで男爵令嬢と知って、失恋したな。と切なかった。思わず母さんに、今日こんな事があってさ。と、如何に可愛いくて優しかったかを話してしまった。でも、市民に合わせた服にしてはなぁ。もう少しまともな服で良くないかなぁ。貴族から見た市民って、あんな風に見えてるのかなぁ。と、余計な事まで話してしまった。服なんて親の授ける物だから、ラメールのせいでは無いのに。
数年後、両親が見つけて来た結婚の相手はラメールだった! 嬉しくて大喜びだったのは結婚式迄で、其れからの数年はきつかった。私の部屋で暮らすと思っていたのに、使用人部屋に押し込まれ、ミストが産まれてやっと自分の部屋に戻ったら、今度は店を追い出されて行商をさせられた。そして3年後。独立しろ。と家を出されたのだ。兄達ばかり楽して、なんで俺ばかり。と流石に不貞腐れていると、マジックバッグに入っていた母さんの手紙を読んだラメールが意外な事を言い出した。
お陰で独立してからの私達は不貞腐れる事も無く、正直に地道に商売をした結果、商会とは関係の無い顧客も付いたし、『ミストの為にも何処かで店を立ち上げて落ち着こうか。』と話しをしながら行った先の街でミストの5歳の洗礼式をしてもらうと、何かの加護も貰えたらしい。きっと王都の大司教様なら判ったのかもしれないが、そこの神父様では判らないらしい。『祝福を受けているのだから、大丈夫だろう。』と言われ、悪い加護ではあるまい。と思っていたが、馬車に戻って次の街を目指して移動している時に、『ミストの加護は言語理解というレアスキルかもしれない。』とラメールが教えてくれた。本屋さんで文字が読める事にミストが気付いたのだそうだが、私が騒ぐと思ってその場では黙っていたと言われた。『下手に貴族の耳に入るとミストが取り上げられるかもしれない。バレても良い事は無いわ。実家の爵位がもっと上なら頼れたけれど、男爵では…姉達の嫁ぎ先も同じようなものだから。』と諭され、ミストの加護は家族の秘密になった。
ラメールの教えが良いのと、血筋のせいか、ミストは魔法が得意だ。魔力もラメールより有るらしい。新しい魔法を使い熟して、高い処の実等も集めて来る様になった。そして、一角兎迄獲って来たのだ! 私ですら自分から向かって行かない魔獣なのに、『生活魔法で倒せたよ。』とケロっとして答えている。『イヤイヤ、魔獣が死ぬまで水を保つコントロールを5歳児が持てる方が奇跡だから!今回はたまたま成功したかもしれないが、奇跡はそう何回も続かないからな! 今回はビギナーズラックというものだ。次はちゃんと逃げるんだぞ!』と居合わせた冒険者達から諭されていた。
意気揚々と一角兎を負ぶって戻ってきた勢いは消えて、ショボンとラメールに抱きついていたが、抱きつく前にクリーンを掛けているミストは、やっぱり偉いと思う。でも、叱るのをラメールにばかりさせていては不味いので、私も気持ちを込めて、『採取している間も索敵を掛けて周囲に注意していたのは偉い。それで一角兎に気付いたのも偉い。でも、いくら魔法が使えると言っても、独りで闘うのは危ないからしない方が良い。』と、心配した事を含めて諭していると、『今度はお父さんとお母さんがいる時に倒すね。』と言い出したので、ラメールに私の叱り方が変と笑われてしまった。一角兎を解体して肉は夕飯に食べ、皮はなめして次に工房を訪ねた時に売る事にした。
馬車の中では図鑑を見て薬草を覚えたり、初級魔法を覚えたりと、うちのミストは勉強熱心で頭が良い。きっと、ラメールのお陰だな。学校に行ったらみんな驚くだろう。先生より物知りになっていそうだな。私は初級学校にしか行かなかったが、ミストにはもっと上の学校にも行かせてやりたい。ラメールの実家を頼って、貴族の行く学校に通わせてあげられないか相談すべきだろうか? でも、取り上げられて困るから、やっぱりダメだな。ラメールから教われば同じだよな。しかし、魔法が使えるって凄いな。私も今からでもラメールに教わって、生活魔法を使える様にならないかな?