蟹と新人類
連載は不定期です。
XMICH -M04 カルキノスはジークウェル第六帝国の試作魔素駆動人型完全自律式戦闘機である。
試作機たちの中でも防衛特化型仕様である彼女は姉妹たちの中でも特に速度性能が低い、と言うより最も遅いと言って良い。
それでも施設の出撃孔から800メイラーーデータベースによると惑星が一度自転するのにかかる時間を86400等分した時間を10000000等分した時間で光が真空中を進む距離、と定義されている。ーーを駆け抜けるのには三十秒もあれば充分である。
その距離を爆進している途中の彼女の頭部光学探査機ーー人類の眼球に似せてあるーーに新たな動体が映る。
それは人類に似ていた。
(ーーーーっ!!……否!)
だが彼女に搭載されている各種センサー類は即座にそれが彼女に定義された人類ではないと判断した。
(人類と判断するには体内の保有魔素量が少なすぎるか…)
通常の人工知能ならそこで終わる思考をさらにそこから一歩進める。
それを新たな人類と定義するか、否か。
彼女の存在意義を左右する、重大事項。
しかし、その検討をするためには、
(やはり討伐目標の討伐を優先…人類再定義についてはその後で良い。今は仮分類をしておくか…)
そんな結論を出しながら、戦闘プログラムと兵装を起動する。
(兵装展開…『プレセペ』)
取り出したのは巨大な大盾。
対物理と対攻勢魔導に特化した、近接戦闘を目的とする大型兵装。
彼女の全高の1.5倍の高さと全幅の3倍を誇るそれを構えたまま800メテルを30秒で駆け抜けた勢いのまま突っ込んでいく。
直後、彼女の接近に気がついた魔獣がこちらを向きかけた所へ10tダンプと衝突したような衝撃で全身の骨を折りつつ肉片と血飛沫を撒き散らしながら吹き飛ぶ。ついでに盾の縁が至近を通過した人類(仮)の意識も吹き飛ぶ。
そのまま魔獣の体をクッションとしながら盾を支点に半回転し足で地面を削り勢いを殺しつつ着地。
念のために魔獣の死亡を確認する。
(魔素の循環、及び生命維持系統気管の停止を確認…任務達成)
自らの任務の一つの終了を確認した彼女は今度は人類(仮)に近寄る。
意識が吹き飛んでいるのは想定外だがむしろ好都合だ。
(外形は雌型、10〜15歳前後、筋肉量は多め、臓器配置は正常、栄養状態は不良、遺伝子情報によるが魔素量以外は、貧栄養の雌型若年人類、と結論づけて良い…。遺伝情報の解析結果は…?)
人工知能に示される遺伝子配列表。
(……多少の誤差はあるが、人類だ。)
導き出された結論に驚愕に似たノイズが走る。
(この人類、否、新人類に分類すべきか…。生存していたとは…、だが…)
正直、文明度はあまり高くなさそうだった。
植物質で製作された服装。
花草を編んだ腕輪、装飾の概念はあるらしい。
青銅で作られた刃物。
明らかに中世と古代の間と言ってよかった。
しかし、人類。彼女が全てを捧げて奉仕し、守るべき存在。
地下施設に情報を共有しながら、この新人類の少女が目覚めるのを待つことにする。
1762年127日22時間3分40秒ぶりの多大な変化に戸惑いに似たノイズを走らせながら。