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〈13〉

 川城家の食卓は今日もにぎわっていた。


「エリちゃん、日本の学校はどう?」


 以前と同じように投げかけられた咲子の問いに、エリアルは笑顔で返す。


「はい、楽しいです! 見るもの聞くこと全部が新鮮で。日本独特の部活動もありましたし」


「へえ、どんな?」


「帰宅部です! 今日知ったんですけど、私も入ってたらしいんですよ」


「あら、そうなの。有名な部活よねー。帰宅部の活動は楽しい?」


「はい、とても!」


 ツッコみどころの多い会話が目の前で繰り広げられていて、拓海は呆れるしかない。しかも恐ろしいのが、この二人は狙ってボケているのではなく、真面目に会話をした結果こうなっていることだ。

 そんな地に足の付いていない会話でも、ツッコむところは一応ツッコんでおかねばならない。


「活動って、放課後に残って誰かと話したり、寄り道しているだけだろう」


 拓海はすぐ帰ってしまうので細かい行動までは把握していないが、エリアルが毎日のように『今日の放課後ハイライト』を聞かせてくるので、大体の動向は知っている。それが上記のことに集約されているのだ。自分の好きなことをしていれば楽しいのは当たり前だが、本当に日本文化を学びに来たのかと疑いたくなる。


 呆れる拓海に、しかし佑介はあっけらかんと話に入ってくる。


「分かってない。分かってないなぁ拓海は。仕方ないから帰宅部最速の男と呼ばれたこの俺が、帰宅部の何たるかを教えてやろう」


「いや、断じて必要ない。黙っていてくれ」


「まあまあ、遠慮すんなって。今後のお前のためにもなるから聞いておきな」


「ためになる未来が欠片も浮かばん! 大体、帰宅部最速ってただ早く帰っていただけだろう!」


「なに言ってるんだ。俺は中学から高校までずっとサッカー部だったんだから、早く帰れるわけないだろ!」


「帰宅部最速のエースはどこ行った!? 息子をおちょくって楽しいか!」


「それはもう、かなり。なんせ俺の趣味だしネ!」


「何てはた迷惑な趣味だ……」


 いっそ清々しいまでにオンリーワンな道を行く佑介。この父親と付き合って十七年目だが、拓海は完全に振り回されていた。


「まあなんにせよ、この俺が帰宅部の奥深さを教えようじゃないか。エリちゃんも聞くかい?」


「はい、是非!」


「言わなくていいし聞かなくていい! 帰宅部なんて帰るだけだろう!」


「そう、そうなんだ。確かに帰宅部はただ帰るだけだ。本来はそこに何の面白みも個性もない。帰宅部は、そんな固定観念を打ち破り、ただ帰るという行為の中に個性を、楽しみを見出す部活なんだ! だから真に帰宅部が重視するのは、帰ることじゃなく、帰り道の方なんだよ!」


 意図せずして話のとっかかりを作ってしまい歯噛みする拓海に、ビシッと、人差し指の代わりに箸を突き付ける佑介。その手を横からバシッとはたかれた。


「お父さん、行儀が悪い」


「あ、はい、ごめんなさい」


 ほんの数瞬前までフィーバーしていた佑介が、それだけでテンションを引っ込めた。母の力は偉大である。

 佑介は気を取り直して咳ばらいを一つすると、再び話し出す。


「というわけで過程だけど、早く帰るもよし、寄り道して帰るもよしってことだな。早さを極めれば家に長くいられて、心が安らぐ。寄り道すれば、新たな楽しみを見つけられるかもしれない。そういう自分ならではの楽しみを見つけてからが真骨頂だ!」


「おおっ!」


 瞳を輝かせるエリアル。しかし佑介は大したことを言っていない。


「もっと言うと、帰宅部の精神は帰り道を歩く時間を消して無駄にしないことなんだ」


「なるほどです! 感激です! これからは私も頑張りますね!」


 時間を無駄にしない、という点においては異論はないが、では佑介が帰宅部についての精神論を述べていたこの時間は……。


「時間の無駄だな」


「いえ、タクミさん。時間が無駄になることなんてないんです!」


「うん、分かってくれてオジサン嬉しいよ。それに比べてあの堅物は……」


 大げさに泣くふりをしながら、佑介はチラッと拓海の方を見た。


「拓海ー、もっと物事を楽しく見る努力しないと、人生なんかつまらないもんだぞ?」


「時間を無駄にしない精神を語っていたんじゃないのか!?」


 時間が無駄になることがないのであれば、そもそも無駄にしない精神など必要ない。佑介は適当なことを言っていたので仕方なかろうが、その意見に感銘を受けたはずのエリアルは、何も分かっていなかったことになる。


 佑介はそんな息子の反応に肩をすくめ、


「細かいこと気にすんなよ。そんなカリカリしてたら身が持たないぞ? 母さんもそう思うよな?」


「エリちゃんが楽しく過ごしてるみたいで安心したわー」


「あれ、俺のこと無視!?」


 普段通りに夫のことはスルーして、咲子は自分の話を続ける。


「けど、拓海の考え方が堅いのは考えものねー。真面目さんなのは助かるんだけど」


「ほらー、やっぱり母さんもそう思うんだぁ。 やっぱり夫婦だなぁ」


「寒気がするから口を針で縫って」


「発想が拷問だよ!」


 結構ヘビーな要求を突きつけられて、さすがに佑介も閉口した。しばらく悩んだ後、折衷案として口にチャックをして静かになる。かと思えば、閉めたチャックを自分で開けた。


「母さん、緊急事態! チャックしてたら夕飯食べられない!」


「鼻から」


「それじゃ味とか分かんないよ!」


 味が分かるなら鼻から食べるのか。そんなツッコみが口から出かかる拓海だが、佑介が調子に乗るだけだと思い直してやめておく。

 結局、静かに食べていなさいということで話は落ち着いた。


「それで何の話だったかしら……。ああ、拓海が堅いって話だったわねー。そう、拓海は堅いのよー」


 そのまま堅い堅いとしか言わない咲子に、エリアルが同調した。


「それ分かります! ボケたのにツッコんでくれないこともありますし。ボケてないのにツッコんでくることもあるんですよ」


「それは単にお前がボケたのに気がついていないだけだ」


 ついさっきの地に足付かない会話を客観的に見せてやりたいほどだった。


「それにアレです。勉強しすぎです」


「それは分かるわー。成績がいいのは喜ばしいんだけどね、もっと遊びなさいって思うもの」


 頷き合う咲子とエリアル。何か通じ合っているらしい。


「なぜ勉強しているのに心配されなくてはならないんだ」


「タクミさん、ダイヤモンドってものすごく堅いですけど、叩くと割れるんですよ。堅すぎるから」


「それくらい知っている」


「小母さまが言ってるのはそういうことだと思います」


「むっ……」


 思いの他まともなことを言われ拓海は閉口した。本当にその言葉がエリアルの口から出たのかと、一瞬疑ってしまったほどだ。


「タクミさん、タクミさんはどうして勉強してるんですか?」


「それが学生の義務だからだ」


「堅いです」


「むっ」


 さも当然といった風に述べた意見をエリアルに一蹴される。拓海はうめくような声を出し、どういうことだと視線だけで問いかける。


「だって普通は勉強って結構嫌々じゃありません? それでもやらないとどうにもならないからっていう感じで」


「それと僕の言ったことがどう違う?」


「テレビを観たいからリモコンを取るのと、リモコンを取ってと言われたからリモコンを取るみたいな違いです」


 端的に切り返すエリアル。なるほど、それは納得できるが、


「それがなぜ堅いことになる」


「なんて言うんですかねー。やっぱり固定観念でガッチガチだからじゃないですか? もっとこう、そういうのを取り払っていきましょうよ。帰宅部みたいに!」


「帰宅部なんて部活はない」


 拓海が断じると、エリアルは唇を尖らせて不満げな顔つき。


「そういうのが堅いんですよ」


「お前こそ、帰宅部だから部活に所属しているという発想はおかしいだろう。自由すぎる」


 帰宅部は、つまりは無所属だ。無所属というのは言うまでもなく部活に入っていないことなのだから、帰宅部は部活に所属していることにはならない。

 だがエリアルはそう当たり前に言う拓海を真正面から見据えた。


「タクミさんは堅すぎます」


「お前が自由すぎるんだ」


 にらみ合いというほど切迫してもいなく、喧嘩というほど怒ってもいない。そんな奇妙な沈黙が降り立った。

 箸を止め、どちらも動かない。咀嚼音だけが空しく響く食卓。賑やかだった空気が、気まずいものに変わるその瞬間、空気を読まずに、あるいは読んで、佑介は一石を投じる。


「まああれだな。帰宅部みたいに人それぞれってことだろ!」


 ドヤ顔で口を開く中年のおっさんは、見ていていささか以上に気持ち悪いものがある。拓海もエリアルも一言も発さず、いきなり声を発した佑介を見ている。


 ともすれば、先ほど流れかかったものよりもさらに気まずい空気。大やけどを負った佑介は、しかしそんなことは気にしない。


「母さん、どうだろ。俺上手いこと言ったかな? 言っちゃったかな?」


「言ってないわ」


 ドヤ顔で詰め寄る佑介を、咲子はバッサリと切り捨てる。あまりの容赦のなさに佑介ですらダメージを受けるが、気まずく固まっていた空気を弛緩させるには十分だった。

 咲子とエリアルは再び会話を始め、拓海も箸を動かし始める。


 ただ、「堅すぎる」という言葉が、拓海の胸の内に残ったままだった。


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