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〈12〉

 イラスト部を後にした後も、美術部、生物部、茶道部と回ったが、エリアルの琴線に触れるものはなかった。


「けど、収穫がなかったわけじゃないですけどねー」


 そろそろ最終下校時刻になる廊下を歩きながら、エリアルは手に持った紙を広げる。


 そこには、イラスト部部長渾身の力作があった。なるほどエリアルが唐突に似顔絵を描いてくれと言い出すのも頷ける作品である。エリアルもご満悦で、このイラストを観ながらにやにやと頬を緩めていた。


「俺も、描いてもらっとけばよかったかな」


「これ以上あの部長に迷惑をかける気なのか」


 エリアルの似顔絵を描き終わった後の、疲労困憊な様子を忘れたわけでもないだろうに言い出す大樹に、拓海は鬼を見る思いでそう返した。


「いや、もちろんこれからってわけじゃないよ。機会があればまた改めてってこと」


「当たり前だ」


 もしこれから直行するようなら、さすがに拓海が止めていた。

 そうして会話をしながら歩いていると、前を歩くエリアルが唐突に声を上げた。


「忘れてました!」


「なにをだ」


「見てない部活があったんです!」


「もうそろそろ校舎を出ないといけない時間だぞ。明日一人で見て来い」


「いえいえ、そんなに時間はかからないと思います! 帰宅部ですから!」


「は?」


「ん?」


 理解できないことを言われ、拓海と大樹は頭にハテナを浮かべる。その二人の反応が予想外だったのか、エリアルは慌てて振り返と、


「帰宅部ですよ帰宅部! 噂に聞く帰宅部をまだ見てなかったんです! どこで活動してるんですか?」


 ふざけている風には見えない。エリアルはごくごく真面目に、帰宅部を見ていなかったことを悔やんでいるようだった。

 拓海と大樹は互いに顔を見合わせ、


「エリちゃん、言いにくいんだけど……」


「帰宅部なんてないぞ」


 さらりと事実を告げてやると、エリアルは一瞬硬直。それから首をかしげる。


「え、でも何かのアニメでは帰宅部っていう部活ありましたよ? 部室もちゃんとありました」


「それはアニメだからだね。うちの学校っていうか、全国的に帰宅部なんてないよ。ないって言うと語弊があるけど」


「まあ、正確にはどの学校にもあるからな」


 大樹と拓海の言うことを聞いてもいまいち理解できず、エリアルは傾げた首をさらに横に倒す。ほとんど九十度になっていた。


「確認ですけど、帰宅部って帰宅するまでを有意義に過ごす部活ですよね?」


「いや違う。帰宅部は端的に言って無所属のことだ」


「ムショゾク……?」


「どこの部活にも入っていない状態のことだ。つまり、僕も大樹も、あとはお前も、言ってしまえば帰宅部ということになる」


 拓海は言うに及ばず、大樹も「俺はみんなのものだから」とどこか特定の部活には参加していない。

 エリアルはようやく理解したらしい。大仰に何度か首を上下に動かし、瞳を輝かせる。


「つまり、私はすでに部活に入っていたということですね!」


「は? いや違う。無所属って聞いてたか?」


「でも無所属=帰宅部ってことなんでしょう? つまり参加済みってことじゃないですか!」


「それは……ある意味そうだが……」


 部活に入っていなくても、部活に所属していることになるというパラドックスが、拓海を混乱させる。そもそも帰宅部は、無所属の者を総称して呼んでいるだけで、別に部活動ではない。だがエリアルはそんなことを気にしていないらしい。


「日本独特の部に入っているなら、私が留学してきた理由も果たせています。では、帰宅部らしく帰りましょう!」


「いいのかそれで……」


 言っていることは屁理屈の類であるものの、自信満々に言われてしまえば返す言葉もない。拓海も大樹も閉口して押し黙った。


 満足したエリアルは、そのまま歩き出すが、またも足を止め振り返った。そして手に持った紙を指差す。


「あ、それと、この絵飾りたいんですけどいいですか?」


「それは父さんか母さんに聞け。駄目とは言わないだろうが……」


「えっ!? なら部屋をアニメポスターで埋め尽くしても……」


「それはやりすぎだろう」


「そんなぁ」


 これにて、『エリアルの、ドキドキ☆放課後部活見学ツアー』は終了した。



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