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〈11〉

「次はどこに行くんだ?」


「イラスト部です! これなら練習に運動はしないでしょうし」


 イラストを描くのに体力も肺活量も、さして必要ない時点でそれは分かり切っている。とはいえ、選ぶ基準が不順な気がしてならない。


「大体、なぜイラスト部なんだ? 美術部もあるだろうに」


「私、アニメを観るにもリアルな感じの絵はあまり好みじゃないんですよ」


「それは知らんが……。そもそも描けるのか?」


「はい! 美術の成績は優秀でした!」


「そうか。なら描けるな」


「いやおかしいよ? なおさら美術部にするべきじゃない?」


 拓海が殺したボケを、大樹が何とか拾った。それに美術は、単に画力を測る教科ではない。成績が良かったからと言って、エリアルがイラストを描けるとは限らないのだ。


「けどイラスト部か。知り合いいないなあ。美術部にならいたんだけど」


「どういう経緯の知り合いなんですか?」


「ああ、前に何回かモデルになったことがある。やっぱり俺って格好いいからさ」


「へえ、モデルですか。どんなポーズしたんですか? やっぱりこう、剣をもってこんなっ!」


 ナルシストな発言には一切耳を貸さずに、エリアルはポーズをとる。大上段に構えた剣を、勢いよく振り下ろす動き。勢いをつけすぎてスカートがふわりとめくれたが、中身は見えなかった。


「いや、そんな格好いいポーズじゃなったよ。普通に立ってただけ。まあそれでも俺は格好良かったんだけど」


「そうですか、普通に立ってただけですか……。残念です」


 やはりエリアルはナルシストな発言に触れない。それが何となく気の毒に思えて、拓海は話題を変えた。


「で、イラスト部ってどこで活動してるんだ?」


 すると拓海の前方を歩いていたイケメンと天使は、互いに顔を見合わせた。


「タイキさん、どこで活動してるんですか?」


「え、俺はエリちゃんが知ってると思ってついて来てたんだけど」


「私はタイキさんが知ってると思って堂々と先頭を歩いていました」


「……」


「……」


 沈黙する二人は同時に拓海を見、ほとんど同時に、


「拓海、イラスト部ってどこで活動してるの?」


「タクミさん、イラスト部はどこで活動してるんですか?」


「それが分からないから僕が一番最初に聞いたんだろう!」


 衝撃の事実。誰一人として、イラスト部の活動場所を認知していなかった。吹奏楽部は音楽室、美術部は美術室、茶道部は和室と、その部活がどこで活動しているかという漠然としたイメージが部活にはあるが、悲しいかなイラスト部にはそれがなかった。


「し、仕方ないですよね! イラスト部ってすごく影薄いですもん!」


「ひどい言い草だな!」


「でもそんな側面もあるから否定できない……。どっちにしろ、その部活を見学しに行こうとしてる人の発言

じゃないよね……」


 放課後の廊下で堂々とイラスト部をDisるエリアル。その声は壁に当たって反響する。すると三人がいるすぐ前の教室――工芸室と書かれている――が、がらりと開いて、一人の女生徒が顔を出した。


「イラスト部は、ここです」


 あからさまな不機嫌を隠そうともせずその女生徒が言い、拓海たちの思考は一瞬停止した。



 招き入れられた教室は音楽室とほぼ同じくらいの広さがあった。縦長の机が列になって置かれ、イラスト部はそのうちのほんの一部だけを使っているようだ。早い話、部員は十人に満たなかった。


「本っ当にすみません! 気づいてなかったとはいえ……」


「いえ、それはいいです。私も、一年のころにイラスト部の活動場所が分からなくて先生に聞いたら『うちにイラスト部なんかあったっけ?』って言われましたから」


 ヘビーな過去を淡々と告げるこの女生徒は、イラスト部の部長らしい。他の部員は、興味がありそうにエリアルをちらちらと見てくるが、直接干渉してくることはなかった。


「それで、見学ですよね。特に面白いものはないですけど、見ていってください」


「はい、おかまいなく。ところで、このイラストは部長さんが描いたんですか?」


 エリアルが指差すのは、おそらく三人が来るまで手が付けられていたであろう描きかけのイラストだ。拓海は知らないが、なにかの漫画のキャラクターだろうか。

 部長は首肯すると、置いてあったペンを手に取る。


「オリジナルのキャラクターです」


「そうなんですか。とても上手です!」


「あ、ありがとうございます」


 ストレートかつ邪気のない称賛に、部長は顔を赤くしながら小さな声で答える。確かにそのイラストは、拓海の目から見ても完成度が高いようだった。


「うん、俺も上手いと思う。この男キャラクターも、俺ほどじゃないけど格好いいし」


「二次元と張り合って何がしたいんだ」


 立て続けにもらったイケメンからの褒め言葉は、ナルシストを含んでいても嬉しかったらしい。部長はさらに赤くなった。


 エリアルは、何の遠慮もなく、しばらくそのイラストに見入って「はー」や「ほー」などと声を漏らしていたが、唐突に顔を上げると部長の手を取った。


「私決めました!」


「どうした、入部か?」


「いえ、そうじゃなくて。私、あなたに似顔絵を描いてもらいたいです!」


 静まり返った工芸室で発するには大きい声を至近距離で発せられ、部長は目を丸くした。きょとんと、助けを求めるように、エリアルの後ろにいる川城二人に視線を投げかける。


「エリちゃん、やめときな。部長さんも困ってるでしょ」


「そうだな。セラフィム、ぶしつけな頼みだぞ」


「エリです。ぶしつけでもいいじゃないですか。ここであったのも何かの縁ですし。それに――」


 後ろを振り向いて抗議していたエリアルは、また顔を部長の方に向けると、


「私、あなたのイラスト好きです!」


 まっすぐに瞳を見つめて言うエリアル。部長はまたも顔を赤らめ、少しの間沈黙すると「はい」と頷いた。



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