プロローグ
「おいセラフィム! もうとっくに朝だ! いい加減起きたらどうだ!」
ノックもせずに扉を開け、少年は声を張り上げる。勝手知ったる風にずかずかと入り込み、ベッドまで直行。再度声をかける。
しかし未だ夢の国から帰らぬ、セラフィムと呼ばれた少女には、わずかに身じろぎさせる程度の効果しかない。
少年の方もそれは重々承知の上らしく、この程度ではへこたれない。少女の耳元に口を近づけると、先ほどよりもさらに大きく声を上げた。
「起きろセラフィム! 遅刻するぞ!」
もはや怒号と言ってもいいほどのそれは、今度こそ少女に届いた。
少女はもぞもぞと動きながら、未だ眠気覚めやらぬ風に弱々しく声を漏らす。
「タクミさん……。ですから、私のことは気軽にエリと……」
「そんなことより、さっさと起きて支度をしたらどうだ。早くしないと遅刻するぞ。……まあ、お前を待たなければ、僕は十分間に合うが」
「そんなっ。酷いです! あんまりです! 待ってくれたっていいじゃないですか!」
わーわー喚く少女は、ものの数秒で眠気を振り飛ばした。寝覚めが良いのは結構なスキルだが、あいにくと目覚まし時計も意味をなさないほど眠りが深いとあっては、どうにも無駄な感じは拭えない。そもそも寝覚めなければ意味がないのだ。
少年は、いい加減この少女の相手にも慣れてるのか、喚くのを耳を塞いでなんとかやり過ごす。
「大体、待ってたら僕が遅れるだろう! 遅刻など、特別な理由もなく容認できん!」
少年の論は隙もなく正論。普通は言い返せないが、悲しいかな、少女は普通ではなかった。
「私の瞬間移動があれば、何も心配いりません。絶対に間に合います!」
「それで怒られたのを忘れたか! つべこべ言わずに早く支度をしろ、天使!」
住宅街にある、ごくごく一般的な一軒家。
そこは、今日も賑やかに朝を迎えていた。




