異世界恋愛にスパイスを
「ついに魔王を倒したのね」
姫が呟く。
「ああ」
城の屋上から群衆を見下ろし、僕が答える。
彼女は緊張した様子で僕を見据える。
「勇者、愛しています。私と結婚してください」
「…すまない。それについては、もう少しだけ時間をくれないか」
僕は振り返らない。彼女が涙を拭う様子を見たくないから。
「どうして…」
7つの目から涙を流し、12本の触腕で拭き取る様子を。
トラックに轢かれ、意識だけで光の中を漂っていたとき、「女神」と名乗る精神体が現れた。
僕はそいつに向かって「人間なんてクソ喰らえだ」と吐き捨てた。
その後、目覚めた僕が最初に見たのは、一面に立ち並ぶ極彩色の蟻塚。そして、そこを粘液を垂らして這う化け物の群れ。
彼らは日本語を話し、親身になって僕を気遣った。そのとき理解したのだ。ちょうど、夢の続きを起きてから思い出すように。
自分が転生したこと、「現地種族と意思疎通が取れる」力を付与されたことを。
人間としての姿と意識を残したまま。
僕に最初に歩み寄ろうとしてくれた個体は雌に該当し、支配者の子らしい。なので「姫」と呼ぶことにした。
化け物達は秩序を破壊する「魔王」に苛まれ、「勇者」を召喚した。来たのが僕だ。僕は彼らに支えられ、鍛えられ、魔王を討った。
「私が好きになったのはあなたの優秀さじゃない。何もわからない状況に放り込まれて、ひたむきに努力を重ねてきた、その姿なんです」
違う。何かに没頭しないと、気が変になりそうだっただけだ。
彼女を含めここで出会った全員が、見た目に捉われず僕を愛し、受け入れてくれる。
その寛容さが、善意が、怖い。心の底から理解できない。
「あなたが私たちと異なる姿だから?それも私たちの技術でどうにでもなります。…個人的には、もったいないと思いますけど」
そもそも彼らが友好的だという前提を、どこまで信用していいのかもわからない。今聞こえている声は明らかに、女神の力による自動翻訳なのだ。人間の価値観のフィルターを通しているから、それらしく聞こえるだけではないのか。
それとも全て、人間を愚弄した僕に対する女神の罰なのか。
「ありがとう。君がそう言ってくれるのはすごく…救いになるよ。でもごめん、これは僕の個人的な問題なんだ」
どこまで表情を読み取られているかもわからないが、作り笑顔で応じ、背を向ける。
とにかく今は、一人になりたい。