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第百四話 Xジェンダー

作者: 水田 功

 男か女か、そのカテゴリーがいつも、山中幸盛の孫の桃太郎を苦しめた。体は男性だが、心は男性とも女性ともいえない。好きになる相手は男の子の方が多いが、女の子にも人間として惹かれる。

 自分は何者なのか。こんな自分が生きていていいのか。親にも人にも言えない、誰も知らないその苦しみを、中学生になった桃太郎は家の仏壇の御本尊に向かって訴えた。

『願いが叶うなら、どうか私を殺して下さい』


 小・中学校と、いじめを受け続けた。同級生たちは女性的なしぐさや話し方が気に入らないらしく、「男のくせに」「気持ち悪い」「バイ菌がうつる」「早く死ね」と耳元でささやいてくる。ベランダから宙づりにされたこともあった。

 先生に助けを求めたが、「あなたの行動を直さないといけない」「はっきり言って、あなた病気だよ」と突き放され、心の中で何かが壊れる音がした。

 家に帰り、十二歳の誕生日に祖父がプレゼントしてくれた『希望対話』の普及版を手に取った。【もし、君が自分で自分を「だめだ」と思っても、私は、そうは思わない】祖父が「人生の師匠」と仰ぐ、著者の言葉が嬉しかった。

 だが、現実はあまりにも苦しい。そこで、御本尊に向かい誓った。『二十歳まで、頑張って生きてみます』


 「自分で決めた人生」が残り少なくなった高校二年の冬、勇気を奮い起こし、学生服に青のストールを巻き、メークをして校門をくぐった。誰もが驚き、教師から声を掛けられた。

「制服はどっちにしたいの?」

 その問いに答える形で作文を書いた。それを読んだ教師たちに頼まれ、全校集会で発表することになった。

「私は、心の中に性別が二つあります。女性が強い日と男性が強い日。私の恋愛対象は男性です。ただ、男性か女性かというよりも、その人個人を好きになるという人もいます」

 数百人の前でのカミングアウトは、思いのほかインパクトが大きかった。強く生きようとする姿勢が共感を集め、後輩や先輩からも悩みを相談されるようになった。

 「人の前に火を灯せば、自分の前も明るくなるのよ」「心こそ大切。自分の心に正直に生きればいいの」と、幼い頃から会合などで耳にしてきた言葉で励ますと、尊敬の的になって、相談を求める人は絶えなかった。

 だが、母にだけは、自身の性を打ち明けられずにいた。やがて、周囲の保護者から話が伝わる。母は祖父に向かって涙ぐみながら訴えた。

「息子がおかまになってかわいそう、って人から憐れまれる気持ち、お義父さんに分かりますか?」


 大学に進み、セクシャリティーの相互理解に取り組むサークルに入った。そして二十歳を迎え、この先をどう生きようかと思い悩む。

 周りの学生たちが輝いて見えた。就職、結婚、子育て。みんなが思い描くような『幸せな未来』は、自分にはないのではないか。大学に行けなくなり、自主退学する。

 男性から女性へ性転換した人たちの店で働いてみると、「あんた、女になる気ないでしょ」と言われ、男性同性愛者のゲイバーに行くと、女性扱い。結局、どこでも疎外感がつきまとった。

 そんな中、祖父や母から勧められ、信仰組織の男子部の会合には参加していたが、男たちの勇ましい勢いには到底付いていけない。それでも、男子部の先輩は温かかった。

「会館の受付・警備のメンバーになってほしい」

「いやです」

 と、ニコニコ微笑みながら断った。だが、先輩はあきらめずに、二度、三度と声を掛けてきた。

「使命だよ。男性とか女性とかじゃなく、青年としてやってほしいんだ」

「私でいいんでしょうか?」

「いいよ」

 と、三回繰り返して確認した。

「後悔しないですか?」「絶対にしない」と先輩はきっぱり言い切った。その夜母に報告すると、嬉しそうに微笑んだ。

 御本尊に祈り抜く中で、人生がガラッと変わっていく。自分と同じXジェンダー(男性でも女性でもない性)の双子と出会い、三人で「おねぇカラーズ」を結成。すぐに話題を呼び、O市のコミュニティーFMに起用されると リスナーから「桃ちゃん」と親しまれ、お姉キャラで人気に火がつき、現在は県内の四つのFM局でレギュラー番組を持つ。

 かつて、「殺して下さい」とまで御本尊に願った桃ちゃんは言う。「御本尊様は、私のあきらめの心、卑屈になってしまう心を殺してくださったんです」と。

 今でも桃ちゃんは何かあるたびに『希望対話』を読み返す。【だれよりも苦しんだ君は、だれよりも人の心がわかる君なんです。だれよりもつらい思いをしたあなたは、だれよりも人の優しさに敏感なあなたのはずです。そういう人こそが、二十一世紀に必要なんです!】

(沖縄市在住・城間勝さんの体験をアレンジしたものです)



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