ポートフィリオ・見本の短編
これは「宵闇プロジェクトってだいたいこんなかんじよ」という見本品です。
ここには出てきませんが、サイボーグやロボットもぜひお使いください。
うらぶれた通りで一人の男が歩いて行く。
黒づくめのコートにハット。ハードボイルド気取りの出で立ちだ。
立体ディスプレイの光が怪しく輝く。
「おにいさん、ケバブたべるね!?」
屋台で良く焼かれた肉を削るのは今や珍しくない妖怪だ。
毛むくじゃらで白い。イエティの一種だろう。
「んー、400円か。安いね、買った。二つくれ」
「一つでじゅうぶんだよおにいさん!」
「食い切れなかったら紙袋を一つくれ。家で食うんだよ」
「わかったよおにいさん!800円!」
「税込みか、気に入ったね。コーラも頼む。
あー、面倒だ。釣りはいらねえ」
黒づくめの男は財布から千円札を出して店主のイエティに渡す。
「ありがとうおにいさん!できるまでイスで待つね!」
「コーラ先くれ」
「はいよおにいさん!」
粗末なパイプイスに座り、夜空を見上げる。
電線と星々の間には魔女や天狗、天使が思い思いに飛んでいた。
中にはドローンを大型化させた飛行バイクで飛ぶ猛者もいる。
「世の中、こんだけ変ってもコーラの味は変らねえな。
……まあ、俺もささやかながら世界内戦ではがんばっちゃったし?
俺達が守った平和、良い響きじゃあねえか」
「おにいさん焼けたよケバブ!」
ほかほかと焼けるケバブは紙袋に包まれ、まるで祝福のように男に手渡された。
「おう、どれどれ。うまいじゃん。特にこのソースがいいね」
「わかるかおにいさん!レン高原からいいスパイス手に入った!」
男がぴたりと食うのを止めてそっと店主を見た。
「……これ人間が食っても大丈夫なやつ?」
「だいじょうぶだいじょうぶ!世界内戦で戦った人なら退魔師でしょ?死なない死なない!」
「そうだけどさあ……まあいいや、うまいから」
退魔師とは魔法を使い、世界を脅かす怪物を倒す者。
しかし魔法や妖怪が当たり前にいる今では、ただの自警団でしかない。
「おにいさんこの辺はじめてか!」
「ああそうだよ、仕事帰りに寄ったんだ。この街はいいね、騒がしくない」
そう言いながら男は片手でスマホをいじる。
片手に文明の利器、片手に異国の料理。文明を感じる。
「ならヤンキーに気をつけると良いよ!あいつらヤクやってるからね」
「親切にどーも。うまかったよ。マップに登録したからこの街に寄ることがあればまた食うよ」
「ありがとねおにいさん!」
そうして、男は歩き出す。
サイボーグや妖怪、はたまたもっと得体の知れない何かが当たり前にうろつく夜へと。
■
90年代に魔法と異種族の存在が公表され早30年。
科学と魔術のコラボレーションは人類に不可逆の混沌と混乱と、発展をもたらした。
いまや魔法はカルチャースクールで習うモノで、妖怪は外国人並みによく見かける存在となり。
街にはパワードスーツやサイボーグ、ロボットも見られるようになった。
この混沌とした世界において、退魔師や妖怪達は自警団を組織した
これはその退魔師達の戦いと日常の物語
■
「お、おじさん助けて!」
「待てオラァ!」
男が寂れた路地を歩いていると、前からシャツに血をにじませて黒ギャルが走ってきた。
後ろからは黒いたてがみをなびかせ、ブレザーをはち切れそうにした狼男だ。
男は黒ギャルを庇うように前に立つと場慣れした様子でよどみなく喋る。
「あー、どんな解決がお好みだあんたら。カネか、殴り合いか、話し合いか。
とりあえず口があるんだから文明的に話し合おうぜ。
これどういう状況?この黒ギャルちゃんがあんたに何かしたのか?ん?」
手はアメリカンなノリで軽く上げられ敵意のないことを示している。
対して若い狼男は今にもつかみかかりそうな勢いだ。
「うるせえ!どけよおっさん!」
狼男は実際に手を出してしまった。空気を切り裂く音を出しながら迫る爪に男はすばやい足捌きで避ける。
「ああそうかいじゃあ殴り合いの時間だ!遊ぼうぜ!」
黒づくめのコートに手が入り、中から出てきたのはネイルハンマー。金槌だ。
男はそれをためらいなく狼男の鼻面に叩きつける!
「いってぇ!いてえ!なんだこりゃあ!」
狼男は鼻血をボタボタと噴き出し傷口はジュウジュウと煙を上げている。
「真言刻んだ銀メッキ金槌だ。どうした?まだやるか?なあもうこのへんにしとこうぜ。まだ引き返せる」
「うるせえ!やってやらぁ!舐めんなよおっさん!」
そういうと狼男はポケットから何かの丸薬を囓る。
「おっ、変身タイムか?何に変んのか見ててやるよ」
「グオオオ!」
狼男の筋肉が膨れあがった。
「なんだよバンプアップするだけかよつまんねえな!その年でヤク中とか救えねえ学生だな!ご近所の評判最悪だぞ!
オーケー解った。お望み通りつきあってやろうじゃねえか泣いてもしらねえぞ?」
そして変身し終える前に男は呪文を唱える。
「閻魔不動に誓願いたす!獣妖の障り、御身が火世三昧の炎にて滅尽に滅尽せよ!成就あれ!」
しぼっ、と音がして金槌の頭に炎が灯り、迫り来る狼男の牙を避けて今度は腹に金槌をたたき込む。
じゅう、と肉の焼ける匂いがする。
たまらずのけぞった狼男にさらなる鉄槌が下る。防御しようとした腕に、逃げようとした足に。
焼き印が押されてたちまち狼男はじたばたと熱さにもだえるサンドバッグになった。
「失せろ」
「クソッ!クソォ!」
狼男は足を引きずりながら逃げ失せた。
そして男は金槌の炎を消すと黒ギャルに向き直った。
「おじさん人間なのに強いじゃん!やるねー。さすがは狩人ってカンジ」
「まあね、この業界長いしね。で、話聞いた方が良い?」
「助けてくれんの!?」
狩人。それは最も初期からいる退魔師の一派「同盟」の者を意味する。
狩人はただ怪異や犯罪者を叩きのめすだけではない。
殺しやそれに類する重罪を犯した者を私刑にしてきた血濡れの自警団だ。
「一晩で片付きそうならね。ほら最近いい汗かいてないし?ちょっと一狩り行きたい気分なんだよ。
で、何があったの?3行で頼む」
黒ギャルは少し考えて言葉を選んだ。
「武装生徒会ってのがあってー。いま西と東に別れてメッチャ抗争してんの。もー誰が敵か味方かわかんない…
あれも同じ西側のチームのやつのはずなんだけど、ひどいんだよ!女の子の身柄さらい始めたの!あーしもそれで……」
男はため息をついて肩をすくめる。
「オーケー、事情は解った。で、どうしたい?
このまま送ってけば良いのか?それともさらわれた子は他にもいるとか?そっち助けようか?
とりあえず何したら成功か考えてくれ」
黒ギャルは希望が見えたような顔をして控えめに頼んだ。
「他のさらわれた子を助けて欲しいけど……でもそーなるとカチコミだよ?
あいつらのチーム20人はいるけど。いいの?」
「クソガキ相手にはちょうど良いわ。俺ら「同盟」にはPTAも学校っていう聖域も関係ないからね。
手加減あんまできないから救急車5台はいると思う。あとこの場所が安全らしいから隠れといて」
男はどこかの場所の書かれた名刺を渡す。
「お、お礼は……?」
黒ギャルが豊満な胸を掻き抱く。
彼女の持てる財産の中ではそれくらいしか支払えるものは無かった。
「いやそういうのはいいから、ほんといいから。あと5年もしてたら酌の一つもしてもらったけどさ。
今流行りのスイーツでも奢ってくれ。若い子が何食ってんのか知りたいんだよおじさんは」
「わかった……超おいしい所に連れてくね!」
「おうよ」
その後男は黒ギャルから敵のアジトを聞き出すと夜道へゆるりと消えていく。
黒ギャルはその姿をしばらく見守っていた。
■
繁華街のビル。階段を下るといかにもなメタルの装いをしたクラブがあった。
鉄扉の前にはオークか鬼か解らないが厳つい角の男が革ジャンを着て立っている。
「おっさん、狩人はお呼びじゃねえんだよ。帰りな」
「何、狩人に見られちゃ困るもんでもあんの?俺今オフだよ?そんなにヤバいの?」
男はずけずけと横を素通りしてドアに手をかける。
「舐めんなよおっさん!」
つかみかかってきたその手をつかんで男は角男を投げ飛ばす。
そして背中に背負ったバッグから今度は腕ほどもある巨大な金槌を取り出した。
「せーの」
すさまじい爆発音がして鉄の扉が歪み開いた。
その恐ろしい威力に角男は腰を抜かしたままだ。
「これ食らいたい?おすすめしないけど」
「ひ、ひいっ……」
角男は慌てて逃げ出していく。男は横目で見て中に入った。
そして、その匂いで何が起ったか察した。
目に飛び込んできたのは裸の女だったもの。血肉、薬をキメて床で笑っているモノ。
「オーケー、良く解った。ろくでもねえクソガキ共だな。一線を軽々しく越えすぎだろ。
大人舐めてんじゃねえぞ死ねよクズが!」
瞬間湯沸かし器のようにキレた男は入り口近くにいたラリった不良の頭に一撃。
ぱぁん!と不良の頭蓋はトマトのように砕け散った。
「てめえ!」
妖狐らしき不良が炎を放ってくる。
「おう炎比べたあ上等だ、てめえらには地獄の炎がお似合いだぜ!
ノウマク サンマンダ バザラダン カン!」
温度の高さで白く輝く炎が男の鉄槌から放たれ、狐火を叩き潰す。
そのまま近くにいた数人を炎で焼き潰した。
「チクショウこのおっさん殺す気で撃ってきやがった!」
「ああそうだよ女マワして食うようなクソガキは殺す。これが本物の大人の無法だクソガキ共!」
「撃て!人間だろ!?撃てば死ぬ!」
「ああそう、そういうの使っちゃうんだ。じゃあ俺も撃つよ?」
銃声が響き渡った。
しかし立っていたのは男の方だ。
男の左手には巨大な拳銃。サンダー50BMG。対物ライフル弾を撃つ変態銃があった。
50口径対神爆裂魔法弾はソニックブームを引き起こしボウリングのピンのように不良達を吹っ飛ばす。
「こういうのを銃って言うんだぜ。早撃ちじゃあ俺の方に分があったな」
「いやそれは普通の銃じゃねえよ!」
「た、助けてくださいボス!」
不良の一人がいつのまにかスマホでどこかに電話をしていた。
するとその不良の頭を吹き飛ばして何かが出てくる。
「んー、これほどの狩人が来るなんてねえ。面倒だなあ、ああ、面倒だ」
白っぽく、ぬるぬるして細長い人型。おそらく邪神か何かだろう。
「へへへ……ボスは百鬼の幹部なんだぜ!これでお前も」
「んー、うるさいよ役立たずのガキが」
ボスと呼ばれた白い怪異は不良の心臓をえぐり取っておやつのようにくしゃくしゃと食べた。
「ああ、そういう事か。百鬼が薬ばらまいてたわけね。
こういう狡い商売すんのは深淵騎士だけかと思ってたけど所詮テロリストか。
同じ穴のムジナだな」
「んー、間違ってはいないかな。そういうわけで始めようか」
「オーケー、ノッてきたブッ殺すぞガキを盾にしてカネ稼いでるクズが!分際ってもんを解らせてやる!」
にゅるり、とボスの腕が鋭く伸びて男に遅いかかる。
触手のようなそれを男は金槌でなぎ払い、銃で牽制しつつ猛然と近寄っていく。
コンパクトなモーションで振りかぶり金槌を叩きつけるが、金槌はボスの手前で止まった。
「んふふふふ、障壁さ。そんな安物の金槌に宿る神秘ごときで」
「やかましいわむしろありがとうよ!てめーは詰みだ死ねオラァーッ!」
どがんどがん、まるでドアを激しくノックするかのように障壁に金槌が叩きつけられる。
剥き出しの暴力が神秘の障壁に叩きつけられる。
「ぶ、物理攻撃はきかないよ」
「ああそうだなだから上乗せだ!」
ハンマーに炎が宿り、ついに鉄槌が障壁を破りボスの顔面にぶち当たる。
「ぐええっ!ま、まだだ!僕の再生能力を見くびるなよ!」
「おおそりゃよかった存分にたたきつぶせるな。ノシイカになれこの白塗り野郎!」
ボスは触手の鞭やトゲを生やしたりして対抗したが、時既に遅し。
男の怒濤の追い込みでとうとう倒れた。
「待て!わかった取引だ!全部話す!実は……」
「知るかオラァ-!」
しかし命乞いもむなしくボスはノシイカとなった。
「いやあ、いい汗かいたな……おーい誰か生きてるか?……女の子は生きてるな」
男はやり遂げた顔で110番に電話をしてその場を後にした。
■
河童のオブジェが飾ってある居酒屋や昔懐かしのおでん屋。
そんな飲み屋街の中の一つ。BAR『レディ・シャドウ』。
暖かいピアノの音がする店内に男が入ってくる。
狩人姿にもかかわらず妖怪やサイボーグらしい者達は気にしない。
「マスター、悪いなついさっき仕事で来たばかりなのによ。黒ギャルの子、来なかった?」
「ええ、こういう店には少し早そうな子が。お知り合いですか?」
パリッとしたバーテン服に片眼鏡のマスターがグラスを磨きながら落ち着いた様子で尋ねる。
「今ちょっともめ事に巻き込まれてる子でさ。
ここに逃げろって言っちまったんだよね。あ、スティンガー・ロイヤルとチーズ盛り合わせ頼むわ」
男はバーのカウンターにひじをついて手慣れた様子で注文を行う。
「それは、それは……バーのマスターとしてはここは音楽とお酒を楽しむ場所なのですが、と言わざるを得ません」
「一妖怪としては?」
「今の時代、誰でも訳ありです。私も人情で助けられた身。
この店の「結界」が一人の女性を助けるのであれば、喜んで」
かたん、と淡い輝くカクテルが男の前に置かれる。
軽く乾杯してから男はちびりちびりと口をつけ、スモークチーズをぽいぽいと口に放り込む。
「やっぱ、あんたは一流のバーテンさんだよ。良い店だ。とくに「結界」で刃傷沙汰禁止とくりゃな。
支店とか出す予定ないの?地元にあったら毎日通うよ俺」
マスターはフッと笑って首を振った。
「お褒めにあずかり恐縮です。ですが、私はこじんまりとやっていくのが好きなんですよ」
「そうかい。で、その黒ギャルちゃんは?」
「あちらに」
「ありがとよ。これ取っといて。迷惑料と酒代」
「……お預かりしておきましょう」
男はくいっとグラスを傾けると、万札を何枚かマスターに渡して席を立った。
店内の奥まった静かな一角、柔らかいソファに黒ギャルは疲れた様子で座っている。
「よう、とりあえず片付いたよ。そのなんだ、捕まった子は無事とはいえないけど」
「……死んじゃったの?」
「殺されてないよ。生きてる。で、不良共は全員ぶっ飛ばして、女の子は救急車で運んでもらった。これが病院名ね」
男は手帳を一枚ちぎって黒ギャルに渡した。
「じゃ、そういうことで」
そそくさと男が店を出ていこうとすると、黒ギャルは呼び止めた。
「待って!あーしは……山垣胡桃。ヤマンバの胡桃。おじさんは?」
「入間誠。鉄槌のイルマって呼ばれてるただの人間だよ」
「……ありがとう、イルマのおじさん」
薄暗い店内に静かにジャズが流れる。
客達は人も妖怪もサイボーグも、ロボットですら穏やかに吞み、音楽を楽しんでいた。
男はその中で唯一苦い顔をしていた。
「何もできてねえよ。間に合ってねえ。仇を取っただけだ」
「そうかもね。でも、あーしたちのために何かをしてくれた大人はおじさんだけだったよ」
「……狩人ってそういうもんよ」
惨劇の爪痕を彼女はずっと引きずっていくだろう。
傷は癒えても、心は癒えても、どこかでずっと。
それでも街は回っていく。
「そっか……またね、狩人のおじさん」
「おう、またなヤマンバちゃん」
こうして、接点のない二人が一夜交差し、またそれぞれの道へ戻っていく。
宵闇の時代の、なんてことない、ただの一夜だ。