第7話 主人公とヒロイン
「それが翼ちゃんの本性なの?」
目の当たりにした天上の裏の顔。
それはクラス中に衝撃が走る。
あまりの凶変ぶりに僕は寒気が止まらなかった。
天上の友達と言う早瀬楓が体を震わせながらもう一度聞き返す。
ただ返ってきたのは信じたくないものだった。
「そうよ、楓……これが本当の私」
「今まで騙したって言うの?」
「騙してた? あんたが今まで騙されてただけじゃない?」
「……っ! そんな言い方!」
「落ち着け、二人共」
言い争う二人を止める神里。
悲痛の叫びで天上に訴え続ける早瀬。
それを冷たくあしらう天上。
こんな表情の天上を誰も見たことがないだろう。
黒く、長い黒髪によって目元は隠れている。
だからこそ余計に怖さが増してくる。
そして、神里は深呼吸をして暴走する天上に問いかける。
「天上さん、いや天上……お前が早乙女さんにしたことは本当にそれだけなのか?」
「だから今から話すわよ? その前に私にこんなことをさせた動機も話させてもらうわ」
「動機だって?」
動機か。序列を上げるためだけに。柴崎を早乙女から奪うために。
あれ? この二つじゃないのか。いやこれも含めてってことか。
僕たちは天上の言葉を待っていた。
静かに口を開いて天上は早乙女との過去の出来事を僕たちに話してくる。
「あれは早乙女と私が初めて話した時だった」
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序列も高くなく、大した特技もない私。
趣味や好きなことと言えば、小説を書くことぐらい。
小説はいいもの。自分の頭の中の妄想を文字で具現化出来る。
どんなことでも思い通り。だから私は小説を書き続けた。
でも、どんなにノートに書き込んでもそれが現実に起こることはない。
「天上さん? 聞こえてるかな?」
「あ……」
爽やかな容姿と爽やかな笑顔。私は我ながらどうかしていたと思う。
一目惚れなんて地味な私らしくないのに。
彼は教室の床に落としたシャーペンを優しく拾ってくれた。
これが私の恋の始まりだった。
序列二位でクラスの人気者。当時、序列最下位を争っている私にとって高嶺の花。
手に入るはずもないのに。私は錯乱して彼に好意を持ってしまった。
軽く照れながらお辞儀をしてお礼を言った。
しかし、ここで会話は終わると思っていた。
だけど、彼。柴崎は私の何かに気が付いてくる。
「天上さんって小説書いてるの? いいね、今度読ませてよ」
「そんなに大したものは書いてないですよ、それに人に見せるようなものでは……」
「あははは、恥ずかしいと思うけどさ、俺さ小説とか絵を描ける人ってすごいと思うんだよね」
「……そんなに褒めないで下さいよ」
褒めてくれた。絶対に馬鹿にされると思ったのに。
意外な反応にまた私はきゅんとしてしまう。
気が付けば彼の笑顔に私の心は奪われていた。
やっぱり二位の人は凄いな。素直にこんなこと言えるなんて。
私は勇気を出して自分のノートを柴崎に差し出そうとした時だった。
「悠馬! こんなところにいたんだ! 星奈たちと一緒にご飯食べよ」
「美音か、ああ、いいぜ! そうだ、天上さんも一緒にどう?」
その一歩手前。私のちっぽけな勇気が粉々に壊れる。
彼の前に現れたのは序列一位の早乙女美音。
この二人がいるだけでクラスの雰囲気は一変する。
お似合いの二人。実際にこの二人は互いに惹かれあって付き合っている。
喧嘩もなく、美男美女で完璧な二人。私なんかが付け入る隙なんて無い。
「あ、いいね!それ! 私も天上さんと色々と話したいと思ってさ、よかったら一緒にどう?」
彼女も何も悪気もなく。私なんかを序列上位層のグループに誘ってくれた。
嬉しかった。だけど、私は自分の立場を考える。
冷静になってみたら私があのグループに馴染めるとは思えない。
身の程をわきまえろと言ったところか。
「ごめんなさい、私はお二人とは、序列も立場も違うので……一緒には」
断るしかない。だって違うのだから。
言わばこの二人は私の小説に出てくる主人公とヒロインのようなもの。
それに比べて私はすぐに退場していくようなキャラ。
これ以上私に恥をかかせないで欲しい。笑われるのはごめんだ。
私はそう言ってこの場から離れようとした時だった。
「どうして?」
「え?」
「立場とか序列とかそんなの関係ないと思うけど」
それをあんたが言うのか。私は背を向けながら持っているノートを握りしめる。
一位の人なんかに私たち最下層の気持ちなんて分からないか。
生まれながらに容姿に恵まれ。豊かな才能に恵まれたあんたに私の何が分かる。
努力しても越えられない壁はある。
しかし、早乙女は言葉を続ける。
「って、序列一位の私がそう言ったら嫌味のように聞こえるか」
「……失礼します」
「だけど、天上さんの読んでいる小説私も好きだよ、今度、私にも小説の書き方教えてよ! それで一緒に……遊ぼ!」
「ち!」
相手に聞こえないぐらいの舌打ちをして私はそそくさと離れる。
なんであの人は私なんかに。悔しい。全てにおいて負けているから。
嫉妬や自分に対しての怒りで飲み込まれてしまいそうだ。
『立場とか序列とか関係ないと思うけど』
それをあんたが言うな! あんたがどれだけ努力して今の地位に着いたか知らないけど。
私に入り込んで来るな! 一人廊下で私は持っているノートのページをビリビリに破り捨てる。
そして、空白のページをシャーペンで黒く塗りつぶす。
息切れを起こしながら、私はそれを見ながら誓う。
……壊してやる。あんたの全てを無茶苦茶にしてやる。
あたしが序列を上にあげて自分のことを優秀だと認めさせてやる。
そして、柴崎もあんたの大切にしているものを全て奪う。
正攻法じゃ私は敵わない。だから、私はあんたの嫌がることをして苦しめる。
最終的には残りかすも残らないように追い詰める!
その日から私の黒い日々は始まる。
物を隠すのはもちろん。時には早乙女の友達にも嫌がらせをした。
早乙女みたいなタイプは自分が傷つくより、他人が傷つく方が嫌なタイプ。
ネチネチと私は上位層に対しての嫌がらせを続けた。
気が付けばそれが自分にとっての生きがいになっていた。
クラスの隅っこで、みんなの怒りや悲しみや犯人探しを他人事のように見ている。
自分だけは全てを知っているのに。
この優越感がたまらなくよかった。
しかし、私はこういう才能があったのだろうか。段々と大胆になりつつも誰かにバレることはなかった。
そして、早乙女が学校に来なくなったと聞いて。
私はみんなが悲しむ中。また、一人心の中で笑っていた。
ざまーみろ。結局、あんたはこの私なんかにやられたのよ。
今頃どんな顔してる? 私のこと恨んでる?
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――
「これが全てかな? どう? 驚いた?」
「ざけんな! 美音だけじゃなくてあたしたちまで!」
「……考えられないな」
「あの時、俺が気付いていればくそ!」
榊原は机を叩きつけて天上に怒りをぶつける。
柴崎も自分の不甲斐なさに悔しがっていた。
僕も何度か上位層の人たちが嫌がらせを受けていたのは話に聞いていた。
だからこそ、上位層の人たちは天上に怒り心頭である。
「天上が早乙女が学校に来なくなった理由だろ!」
「そうよ、そうに決まってる!」
「なんてことをしてくれたんだ、俺は本気で天上さんのことを」
「本気でそう思っているのか?」
天上は黒い笑みを顔全体であらわす。両手で顔を覆いながらそれを隠すように。
あまりの狂気ぶりに今まで攻めていた人たちが黙り込む。
「早乙女が消えてよかったなんて思ってるんじゃねえか?」
「そんな訳ないでしょ! 私は美音の親友……」
「上位層の人たちは一位の座が開いて誰かが自動的にこの席に着くことになる、それと最下層、中間層の人たちは早乙女の問題に目がいって虐めや面倒ごとが回避されることを喜んでいる人もいるんじゃないの?」
天上の発言に教室は静けさを取り戻す。
僕もそれは違うと言うつもりだった。
だ、だけど虐められなくなった。それは事実。
健一のこともそうだし、僕はこれに何も言い返すことが出来なかった。
いや、駄目だろ。僕は本気で早乙女のことが……。そ、それなのに。
「もぉ、やめようよ、私はそんなことみんなが考えてるなんて思いたくない!」
最悪のムードの中。声をあげたのは早瀬だった。
混沌とするこの状況も遂に終わりを迎える。