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 翌日。

 教室へと着くと、松矢里奈はすでに登校していた。普通に、友達と喋っている。

「……」

 だけれども、僕と目が合うと、一瞬、黙った。

 彼女には僕に対しての恐れがあるはずだった。

 僕の力を見誤ったこと……しかし、それを僕が何故隠していたのか……目的は何か、自分はずいぶんと調子に乗って苛めていたから、何らかの報復があるのではないかなど、まあ、さまざまな思いが渦巻いているはずだった。


「でさー……」


 勿論彼女は表面上、何もないように振舞う。だが、僕の方を見ないということは、既に意識しているも同然だった。 

 そのすぐ後で、芦田が登校してくる。

 これも、松矢は一瞥するのみ。芦田も目を合わせないまま、自分の席に座る。



 昨日、僕はどうやって松矢の弱みを握るのかを芦田に話した。

 松矢はおめでたい人間ではない。芦田が補導された時、自分の名前が挙がるのは当然と考えている。

 釘をさすために芦田に接触してくることは確実だった。

 その時の様子を動画に撮れば、彼女の弱みを握ったことになる。

 要するに、芦田に痴漢させていた証拠を握るということだ。


『そんなの、松矢さんは笑い飛ばすだけだと思うけど』


 芦田は疑問に思ったが、それは想像力が足りない。


『その動画を、動画共有サイトに投稿すれば、どうなると思う?』

『……えっと、どうなるの?』

『松矢は追い込まれることになる』


 今回の件は、恐ろしく悪質だ。本人たちにその自覚がない分、さらに凶悪だった。

 もしこれが世間に知られることになれば、炎上することは間違いない。最悪、停学……退学まであり得る。

 これをネタにして、彼女にスカートを履いてもらうのだ。


『スカート……?』


 芦田に僕の目的を話すと、首を傾げた。彼女に、スカートとはどういうものなのかを説明すると、また首を傾げる。


『スカートって言うんだ、えっと、そういうの……それを、皆に履かせるのが、狭山君の目的なんだ』

『平たく言うとそうだ』

『何でそんなのを履かせようとしてるの?』


 当然出てくる疑問に、僕は答えた。


『僕はパンツが大嫌いなんだ』

『え!?』

『はっきり言ってしまうと、君たちの股間に鎮座している布は、目に毒でしかない』

『そ、そうなんだ……? 変わってるね』

『だからこそ、パンツを何かで覆う必要があると常々考えていた』

『……ズボンじゃダメなの?』


 アホの癖に鋭い女だ。


『……春から秋にかけては、ズボンだと、ほら、暑いじゃないか。しかし、このスカートなら、通気性抜群だし、快適な日常を送れること請け合いだろう』

『短パンとかホットパンツとか色々あると思うけど』

『……』


 やばい。何も反論が思いつかない。


『……確かに。せっかく可愛いパンツ買ったのに、誰にも見せられないのはちょっと、と思うけど』


 僕が何も答えないでいると、勝手に芦田が納得してくれて助かった……ん? ちょっと待てよ。

 僕は今の言葉が引っかかって、尋ねる。


『芦田、質問なんだが……女性は誰かに見せるためにパンツを買っているのか?』

『そうだけど……? 何?』


 天啓が下りた。

 恐るべき事実に、僕は気が付いてしまった。


 女性は、見られない所は手を抜く。腹の脂肪や、ムダ毛なんかそうだ。夏に半袖になったり、水着を着る機会さえなかったら、適当に処理してしまいがちだった。

 しかしこの世界では下半身が露出されている。そのため、女性はファッションとしてパンツを凝るようになっている。


 そうなのだ。

 この世界の女性の下半身は、元の世界よりもレベルが相対的に上がっているのだ。

 何でこの世界ではパンツを凝っている女性が比較的多いのか気になっていたが、僕はようやく理解した。


 ごくり。

 そのレベルの上がった女性の下半身の、パンツがチラリすることを想像する……なんてことだ。それだけでご飯何杯でもいけそうだった。


 僕はパンツに裏切られたと思っていた。だけど違ったんだ。

 パンツは初めからそこにいた。

 僕を裏切ってなんていなかったのだ。

 


 こうなったら、なんとしても松矢に弱みを握って、スカートを流行させなければならない。

 問題は、その時の様子を、動画に収めなければいけないことだった。

 松矢は、芦田が一人になった時を狙うはず。カメラが向けられるのを気付かれずに、撮影しなければいけない。

 その算段を僕はもう終えていた。

 

 四時間目の体育。

 松矢が芦田に接触するのは、おそらくその体育が終わった直後の昼休み。

 教室では僕がいるので、芦田が孤立する更衣室で呼び出されるはずだ。


 僕は校舎裏で、身をひそめていた。

 芦田に、呼び出された時、ここへ連れ出すように指示していたのだ。

 けれども――


「おそい……」


 スマホを見ながら呟く。

 昼休みも半ばになる。もし、呼び出されなかったり、何かあった場合は連絡をするように言ってあった。

 連絡もできない状態になっているのか……?


 学校内ではいくら何でも過激なことは出来ない。もしくは、芦田が裏切ったか、だけど――それも可能性としては薄い。彼女もまた、松矢に見捨てられたと認識している。何よりまだ彼女が痴漢行為をしている動画は消去していない。この状況で裏切るわけがない。

 どういうことなのだろう? 心配になりつつ、ともかく、僕は教室へと戻った。


「あ、狭山君」


 教室に戻る途中で、当の本人が、のほほんと笑顔で僕に向かって歩いてきた。

 僕は、ともかく無事でよかったと思いつつ、彼女に尋ねた。


「芦田、何かあったのか?」

「何かって? ……あ」

「あ?」

「……」


 しまった、という顔をする芦田。

 こいつ……まさか僕のことを今まで忘れていたんじゃないだろうな……?


「もしかして僕のことを忘れていたとか言うんじゃないよな?」


 僕が怖い顔で問い詰めると、彼女は笑って答えた。


「そ、そんなわけないよ~、あはは……ちょ、ちょっと、色々事件があったから」

「それは、僕のお昼ご飯が犠牲になるくらいのことなのか?」

「それが……」


 芦田の言葉が止まる。びっくりした顔をしている。

 何だ……? 疑問に思っていると、横から女生徒が通り過ぎていった。

 松矢里奈だ。まだ体操服のままの。

 彼女は僕たちを睨んでから、何か言いかけようと口を開いて、ふん、と横を向いて去っていった。


「何で彼女は体操服のままなんだ?」


 彼女が立ち去ってから芦田に尋ねた。もう昼休みが終わりかけているのに。


「進路指導室に呼ばれたから……」

「昼休みに?」


 何かしら、素行が悪いのがバレたのだろうかと思っていたら。


「松矢さん、お金を盗んだみたいなの」

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