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芦田は、何故だか僕の方へとついてきた――不思議に思っていたが、冷静に考えると当然だ。
松矢たちには完全に見捨てられてしまって、僕には彼女の犯罪の証拠を握っている。彼女からしてみれば、僕を説得したいと思ったはずだ。
芦田と僕は、公園の中にいた。
午後七時。晩御飯の時間だった。正直なところ、早く帰りたいところではある。が、そうもいかない事情があった。
「……落ち着いたか?」
僕はベンチに座っている彼女に、自販機で買ってきたジュースを手渡した。
「ありがと……優しいんだね」
さっきまで泣きべそをかいていた彼女は殊勝にお礼を言ってきた。
それで、と彼女は僕に尋ねた。
「あの……許してくれる、んだよね? だって、私、騙されたものだし」
――こいつ。
僕は呆れる。
その物言いと、この態度。相当おめでたい頭をしている。
「芦田、今一番この事件において傷ついている人間は一体誰かわかるか?」
芦田は少し考えて、「私」と臆面もなく言ってきた。
「違う。お前たちに遊ばれた、あのOLさんと会社員だ」
特にOLの人は、かなり不快な思いをしていることだろう。
「そんなつもり、ないけど……」
「お前は、偶然お尻を触られて、許せる人間なのか?」
「だって、女同士だよ? もう気にしてないと思うけど」
凄いな。
反省の色がまったくないなんて。悪びれもせずにそれを言えることに、僕は少なからず衝撃を覚えた。
「芦田、お前が、松矢の命令を拒否すればよかった話でもあるんだぞ?」
「だって、仕方ないじゃない。拒否すれば、グループに入れてもらえないんだもの」
「グループに……?」
「だって、松矢さんのグループに入ってるだけで、上位層にいられるじゃん」
いわゆるスクールカーストだ。
僕も目の当たりにしているが、クラスはれっきと階級に分かれている。見えない身分の差というものが存在していた。
問題は、それに固執するあまり、人に迷惑をかけていることなのだが……それに、彼女は気が付かないのだろうか。
僕は嘆息して、彼女の馬鹿な考えを諭そうとしたが――やめた。彼女に何を言っても、時間の無駄のように感じたからだ。
「芦田、はっきり言うと、僕に君をどうこうできる権利はない。君を訴えるのは、あのOLさんだ」
僕ができるのは、OLさんが訴えた時の証拠の提出のみだ。
それを聞いて、彼女はぱっと顔を明るくした。
「――明日から、あのOLさんを電車で探して、謝罪をしろ。それで許されれば、この動画を破棄することを約束する」
「え? そんなの……無理だよ。何人人がいると思ってるの?」
「無理でもやれ」
彼女が警察に捕まったら、それこそ松矢の思い通りで、尻尾切りが成功してしまう。
けれども、芦田を放置するのは、おかしな話だ。彼女が意志を通せば、こんなくだらないことは起こらないはずだったのだ。
その罪を、彼女は一向に理解していなかった。
むしろ、被害者と認識している節がある。
「どうしたら、許してくれるの……?」
またぽろぽろ泣き出してしまう芦田。
彼女は勘違いをしている。
謝るのはあのOLと会社員にであり、僕にではない。どうにも彼女は、自分よりも立場の強い者におもねる性格のようだ。だからこそ、僕の心証を著しく下げていっているわけだが。
「……やっぱり、体が目当てなの?」
きゅっと体を固くする芦田。
「そうでしょ? だから、そんな意地悪を言うんだ」
「違う」
「じゃあ、何? さっきから言いたいことわかんない。何でもするって言ってるじゃない。私」
「あのなあ――」
ふと僕は『何でもする』という言葉が引っかかった。
何でもするってことは、スカートを履いてもらえることだ……けれども、そこにどんな意味がある? 彼女一人スカートを履いたって、彼女のパンチラを拝めるだけだ……スカートを全員が履いてもらわないと……いや待てよ。
そうだ。何も人類全員にスカートを履いてもらう必要はない。
僕の周りだけでよかったのだ。
閃く。真っ暗闇の現実の中、光が見つかった。
松矢里奈は、クラスの実質上のトップだ。
彼女がスカートを履けば、クラスの女子には広がっていくのではないか。そして、あわよくば、学校中に。
そもそもパンツは女性の最終防衛ラインだ。
その防衛ラインの前に、一つでも多く壁を設置することを考えるのは、自然のことだった。そのまま、スカートを履くことが常態化するかもしれないじゃないか。
少なくとも、今までのアイデアよりもやってみる価値はある。
「……どうしたの?」
何も言わない僕に、彼女は尋ねてくる。
「僕も電車内でOLさんを見つけるのに協力するから、お前も僕に協力しろ」
「……協力?」
「松矢里奈の弱みを握ることをだ」