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 おそらく僕は、並行世界に入ってしまったのだ。

 僕のいた世界は、スカートがある世界。

 この世界は、スカートのない世界。

 SFでよくある、パラレルワールドというやつだ。

 問題は、何でそんなことになってしまったのか。

 心当たりはあった。


 三日前の深夜。僕は頭の中で、今日見たパンチラ画像を思い返していた。

 女性のパンツを写真に収めるのは犯罪だ。

 だから、僕は、今までパンチラは全て忘れないようにしているのだ。どの時にどの子のパンチラがあったのか、僕は詳細に覚えていた。


 大きな音がしたのはその時のことだった。

 ばーん、と。

 車のタイヤが破裂したような、すんごい音だった。

 なんだろうと外へ出てみると、庭に穴が空いていた。とても深い穴だ。


「なんだこれは。とても深い穴だ」


 と、僕が感想を述べると、


「なんだこれは。とても深い穴だ」


 と、山彦のように同じ言葉が返ってきた。どうやら、その穴の中に誰かいるらしい。暗くてよく見えないが。


「誰かそこにいるんですか?」


 と、尋ねると、


「誰かそこにいるんですか?」


 と返ってくる。

 ふざけた奴だ。

 こういう場合は警察か――いや、警察は不味い。僕はまだ犯罪者ではないが、警察から最も遠い場所にいたかった。

 ここは、穏便に済ますのが吉か。そう思い、僕は穴の中に手を伸ばす。


「とりあえず、上がってきてください」

「とりあえず、上がってきてください」


 もうこの人の言うことは無視だ。穴の中に手を伸ばす。声の様子だと、底が近いと思ったからだ。すぐに手を握り返された。

 よし、あとは引っ張るだけ――だったが、相手も何故だか引っ張ってきた。

 おかげで、僕もまた穴の中に落ちてしまった。そう、思っていたのだけれども。


「……?」


 気が付くと僕は庭にいたのである。

 穴は、そこにはなかった。……夢でも見たのか。疲れているのか。

 しかし、その日からだ。女の人全員が、スカートを履いていない光景を目にするようになったのは。


 あれは、おそらく次元の裂け目だったのだ。

 僕はそう考えている。

 何らかの理由で、スカートのある世界とスカートのない世界が繋がってしまい、偶然、そこに居合わせた僕と向こうの僕が入れ替わってしまったのではないか――SF小説みたいに。


 僕は考える。

 元居た世界に、帰れるのだろうか? と。

 可能性はどう考えても薄かった。

 では、この絶望しかない世界にずっといるというのか?


 朝。登校している最中パンツもろだしのOL、主婦、女生徒を見ながら――ハッとなって思いついた。

 そう。

 スカートの概念がないというのなら、作ればいいだけなのだ。逆転の発想だ。

 しかし、それは至難であることは、すぐに分かった。

 

 そもそも彼女らは、パンツを見られてもちっとも恥ずかしくないのである。

 女性用にもズボンがあるのだけど、それは一般的ではなく、下はパンツだけという恰好が常識的なのだ。

 男は、ズボンを履くのが普通だというのに。


 ……どういう文化を辿れば、こういう風に行きつくのだろう?

 いや、今、それはいい。

 とまれ、彼女らの常識を変えなければ、スカートを履いてもらえないということだ。

 そして、僕は気弱なコミュ障という設定で学校に通っている。吉野を除いて、そもそも女子に話しかけることすらできない男なのだ。スカートを履いてくださいと言っても、拒否されるのは目に見えていた。 

 じゃあ、どうすればいいのだろう――僕は頭を巡らす。


 ①総理大臣になって、法律を変える。

 憲法で女性はスカートを履かなければならないと決めるのである。いかな常識であろうとも、憲法には叶わない。

 しかし、これは全く現実的ではない。

 第一に、総理大臣になるということは多数派の代表になるということである。少数派のスカートを履く派が勝つ未来は全く見えない。

 第二に、とんでもなく時間が必要だった。そこまで我慢できないということだ。


  

 ②ファッションデザイナーになってスカートを流行らせる。

 女性は流行に敏感だ。

 だから、スカートが流行と聞けば、きっと履いてくれるに違いない。

 しかし、これには根本的な問題があった。

 第一に、僕は裁縫関係がまるっきりわからないし、美術関係というかこういうのはまるっきり駄目な人間だった。

 第二に、女性が流行に敏感というのならば、スカート以外の物が流行ればすぐさまそちらに移ってしまうことだろう。スカートの文化を根付かせることは、不可能に近いのではないか。 

  

 ――色々思案してみたが、これというものは見つからない。


「狭山ぁ! あんたさあ、日直の仕事、忘れてたでしょう!」


 結局のところ、なにも答えが出なかった一日の放課後、僕は隣の松矢に怒られてしまった。

 うっかり忘れていた。

 彼女が何かしらの仕事を頼まれた時、僕がやることが通例になっている。六時間目の最後の授業に使う教材がなかったのを、咎められた。


「申し訳ありません」

「あんたのせいで怒られたじゃん。どうしてくれんのこれ?」


 謝っても、松矢の怒りは収まらない。

 僕は心の中でため息を吐く。

 今まで彼女に下手に出ていたのは、パンチラを拝むためであった。


 それが、永遠に失われたとしたら、彼女に付き従う理由は皆無だ。

 スカートを履いてない彼女等、一片の価値もない。

 しかし、僕にとって女性とは天使。神の御使いだった。何よりも、彼女には様々なパンチラを提供していただいた恩があった。


「……なに、その目は? 言いたいことがあるわけ?」


 僕が迷っていると、彼女が睨んできた。


「いえ、何でも」


 という僕の股間を、彼女は蹴り上げた。


「松矢さん! 何をするんですか!」


 うずくまった僕に、吉野が駆け寄ってくる。


「平気? 狭山君?」


 勿論、平気だった。

 僕の四十八ある特技の一つ、コツカケである。空手の技で、金的を封じるために、睾丸を体内に収める技であった。

 しかし、僕はうずくまり、苦悶の表情を浮かべながら呻く演技を反射的にしていた。まだ僕は、やっぱり、微かな希望……彼女たちがスカートを履いてくれるかもしれないという希望を捨てることは出来ないみたいだった。


「平気、平気。こいつ、Mだから。気持ちいいんだよねえ? 狭山ぁ?」

「ひどすぎますよ……っ」

「里奈ー? なにしてんのよー?」


 友達に呼び出されて、松矢は僕に告げた。


「じゃ、後の日直の仕事、忘れないでよね。ばいばーい」


 松矢が去り、僕は腰を叩きながら、おもむろに立ち上がった。


「大丈夫? その……えっと」


 股間の代名詞を探している吉野に、僕は「問題ないよ」と告げた。


「いつものことだから」

「でも、その、蹴るなんて」


 吉野さつきは、優しい女性だった。これまでも何度か、彼女には松矢たちや不良生徒から助けてもらったことがあった。

 己の危険も顧みずに……まるで聖女だ。それ故に、彼女のパンチラは尊かったのに……

 僕は彼女のパンツを見て、またもや憂鬱になる。今日のパンツは、白。真っ白な無地のものだった。ああ……それがスカートの隙間から見えるものであったなら、どんなによかったものか。


 彼女を見続けていると、今までに記憶した画像までもが、色褪せていってしまう。『気まぐれな風による、聖女の小高い丘の奇跡』も、ご飯十二杯いけてたのに、今では五杯しかいけなくなってしまっていた。由々しき事態だった。このままでは、四杯に減り、三杯に減り、ついには彼女のパンチラで何も食べられなくなってしまう……

 そんな絶望を押し殺し、僕は彼女に注意をした。


「吉野さん。以前にも言ったことがあるけど、僕とは関わるべきじゃない。君も苛められてしまう」


 正直なところ、それは、パンツ丸出し以上に見たくない。

 優しい彼女が、理不尽な苛めにあうのは辛かった。


「……でも」

「中学時代のこと、思い出したくないだろう?」


 彼女は押し黙った。

 彼女はその正義感から、中学時代、クラスで孤立したことがあったのだ。苦い思い出であったはずだ。


「さつきさん? 一緒にクラブに行きましょう?」


 別のクラスにいる彼女の友人が、教室の扉の所で声をかけていた。


「ほら、友達も呼んでるよ」

「……困ったことがあったら、何でも相談してね。力になるから」


 彼女は迷いながらも、そう、僕に告げて教室を出た。

 彼女は苛められる辛さを、知っている人間だ。

 だからこそ、僕に深くかかわりたくないという本音があった。


 でも彼女自身が、それに対して許せないのである。その狭間で、彼女は揺れていながらも、あんな台詞を言える。実に人間的で、好ましい。

 その後ろ姿を見ながら、僕は思うのだった。

 パンツ丸出しのその後ろ姿は、やっぱり痴女だと。

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