#29.異世界ニートとムザンカの森 その2
【ノーグランド王国 ムザンカの森】
「ふぅ......やっと倒せたね」
「お疲れ様ですマスター!」
裕二は安堵のため息をついて呟く。そこへマーリンが裕二を呼びながら裕二のもとへ走ってくる。その後からリオとリアが合流する。
「なんとか倒せたのはいいのだけれどもうそろそろ日が暮れてしまうわ。早くこの森から出ないと暗闇での戦闘は危険よ」
「そうだね。じゃあ一度戻ろうか。それにこのままだと森の中で迷いかねない気しかしないし......」
リオはそう言って空を見上げる。裕二達は来た道を引き返して歩き始めた。来たときと同様に草木を掻き分けて足場の悪い地面を歩いていく。そうしているうちに日が完全暮れてしまった。暗くなったムザンカの森では更に進むのが困難になってしまった。
「ねぇ。これって迷ったんじゃ......」
裕二はそう言いながら少し不安気な顔でもはやどこに向かっているかすらもわからないまま歩く。
「とりあえず灯りを用意するわね」
『光よ照らせ! 発光!』
リオが魔法を詠唱するとリオの持つ杖に光が灯る。その光によって暗闇のなかである程度周辺の地形が浮かび上がってきた。裕二達はその光によって浮かび上がってきた地形を頼りに行けば脱出できると思い始めたそんな時だった。
「グルルルラァァァァァァァ!!!」
裕二達の前方にその猛々しい唸り声と光によって発生するその声の主が出現する。声の主は前の象よりはかなり小さい。だがその体には目で見ただけでわかる程度に引き締まった筋肉が明らかに危険であると裕二達に判断させるには十分すぎた。
「あれは、ドライブベアー!! なんでこのタイミングで来るのかしら!」
「えっ! あれがドライブベアー!? 逃げ......られない!?」
リオは敵意に満ちた視線を声の主、ドライブベアーに向けながら歯ぎしりする。裕二はドライブベアーから全員で逃走しようと考えたが、暗闇でははぐれる可能性も高く、しかも光を発したままではドライブベアーに場所を教えてしまうだけだである。
「裕二! どうするのよ?」
「ここであのドライブベアーを倒すしかない。やるしか......ない!」
リアが裕二の判断を仰ぐ。裕二の言葉を聞いたリアは先手必勝と言わんばかりにドライブベアーに素早く切り込む。
「うぉぉぉわっ!!」
ズテンッ!
裕二はドライブベアーへ向かっていく途中で盛大にこけてしまう。リアがとても素早く動いていたため裕二は忘れていたがここは足場の悪いムザンカの森だ。普通は素早く動こうとするとこけてしまうのだ。逆に言えばリアがこの足場が悪い場所を素早く移動できているのがリアの身体能力の高さを物語っている。
裕二は起き上がりながらリアを見るとリアはドライブベアーの攻撃を躱しながら隙をついては剣や魔法で攻撃しているのが見えた。更に少し離れた場所からリオが魔法で援護しているのだが、ドライブベアーにはまったくその攻撃は通っていないようだった。
「大丈夫ですかマスター!?」
「うん。なんとかね。それより早くドライブベアーを倒さないと」
心配してマーリンが裕二のもとへ走ってくる。裕二は立ち上がるとリュックから魔法の書を取り出す。魔法の書のページをめくりながらこの状況で有効な魔法を探し始める。
「マスターその本借りてもいいですか?」
「う、うん。別にいいけどどうするの?」
「はい。こうします!」
マーリンは裕二から魔法の書を受け取ると自身の体から発生した白い光によって魔法の書を取り込む。
「えっ! ちょっと待って。何しちゃってくれてるんですかねマーリンさん」
「それはですね......こうするんです!」
マーリンが魔法の書を取り込んで白い光が消えると同時に裕二の頭に大量の情報が流れ込んできた。流れ込んできた情報は一瞬だけ裕二の脳を圧迫しそうになったが、その後はなぜか元々知っていた知識なのではないかと錯覚するほど自然なくらい脳に定着していく。
「これは......魔法の知識? もしかしてこれは魔法の書の中身なの?」
「はい。マスターの魔法の書を取り込むことでそれを知識に変換してマスターの脳に刻み込みました。これでマスターは多くの魔法を元から使用していた魔法のように使用することができます!」
裕二はちょっと試しにといった軽い気持ちで魔法を発動する。
『雷よ! 光すらをも切り裂いて大地を穿て! 天翔ける雷光!』
すると裕二の手から雷の槍が出現する。そこへ更にマーリンが魔法を発動させる。
『光球よ! ここに顕現せよ! 偽の太陽!』
マーリンが魔法によって疑似太陽を空に召喚したため視界が明瞭になる。そして裕二はその雷の槍を持ったままドライブベアーへ向かって走り出す。裕二はドライブベアーの前で大きくジャンプして雷の槍の矛先をドライブベアーへ向ける。裕二の姿が疑似太陽と重なった瞬間、裕二はその槍をドライブベアーへと投げる。
「いっけぇぇぇぇ!!」
視覚で捉えきれないほどの速度で裕二の魔法『天翔ける雷光』はドライブベアーを貫き地面に突き刺さる。その瞬間その槍にめがけてとても大きな雷が止めの一撃と言わんばかりに落下する。ドライブベアーは全身の毛皮が焦げてそのまま倒れた。
「やったわね裕二!」
「リア、お疲れ様」
リオとリアが裕二のもとへ歩いてくる。裕二は笑顔でリオとリアを迎えようとしたそのときリオとリアの背後から更に2体のドライブベアーがその筋肉によって引き締まった腕を振り下ろそうとしている。
「2人共後ろぉぉぉ!!」
裕二は2人に必死な声で言うと2人を助けようと全力で駆け出した。だが裕二の全力の速度でも追いつかない。そしてドライブベアーはその腕を振り下ろした。




