#25.異世界ニートと1つ目の枷
【ノーグランド王国北部 交易都市ガムルダ】
「やばい......。眠すぎる。早く宿を見つけようか」
昨晩ノーグランド王国の王都シャーロンを出てから一睡もせずに歩き続けているためか早朝から大きなあくびをしながら裕二は言った。裕二の隣を歩いていたリアはしかめ面をして裕二を見ながら言う。
「何眠たそうにしてんのよ! 一応朝なんだからシャキッとしなさい! こんな早朝から働いてる人だっているんだから」
「え、うん。ごめんなさい?」
まさか眠そうにしていることを咎められるとは思っていなかった裕二は呆けた顔で思わず疑問形でリアに謝る。このガムルダはノーグランド王国最大の交易都市であるため1日中様々な国から多くの行商人達が行き交っている。裕二は未だ眠たそうな目で辺りを見回すと、確かに早朝から様々な国の商人が行き交い、様々な言語を用いて話している。裕二にはタブレットPCの翻訳アプリがあるため全て日本語に聞こえるためあくまで裕二の予測ではあるのだが。
程なくして裕二達は宿を見つけて中に入る。宿の広間にはまだ早朝のためかほとんど人がいない。宿の奥の方からは食事のいい匂いがするためおそらく朝食をつくっているのだろう。裕二が受付にあるベルを鳴らす。
「はーい。今行きます」
元気のある声が聞こえると、すぐに宿の奥の方から黄色のエプロンを着けた女の子が1人出てきた。おそらく中学生くらいだろうか。顔にそばかすがあり、黒髪を後ろで束ねている。裕二は銀貨1枚を受付に出す。
「2部屋3人で一泊お願いできるかな?」
「はい! かしこまりました。それではお部屋にご案内します」
女の子はニコッと笑顔で言うと裕二達を部屋へ案内する。そうして裕二は部屋の前でリオとリアと別れ、案内された部屋に入った。部屋の内装はシンプルな机と椅子と風通しのよさそうな窓と見るからにふかふかそうなベッドという一言でいうなら普通の宿泊部屋である。裕二としては部屋の内装はともかくふかふかで寝心地の良いベッドさえ用意されていれば満足なため不満は1つもない。
「もう限界だ。早く寝よう」
裕二はふかふかで寝心地の良さそうなベッドに飛び込むとあっという間に眠ってしまった。
【???】
寝ていたはずの裕二は気づけば覚えのある不思議な真っ白な空間に1人立っていた。
「あれ? この場所......。ってことはまた夢なのか?」
裕二は少し困った顔で頭を掻きながらそう言うと周りを見渡す。だがやはり前回同様何もないただの真っ白な空間である。気づいたらそのうち戻れるでしょ。裕二は面倒になりその場で夢が覚めるまで休もうと横になった。
「今回のブランデル城の調査本当に大丈夫かな? 嫌な予感しかしないんだけど......」
裕二は何もない空間でポツリと呟くように不安を口にした。だが裕二の不安に対する回答は返ってくるはずもなく、裕二はため息をつく。まだこの夢から覚めないのか。裕二が思ったそのときだった。裕二を囲むようにしていくつもの火柱が発生した。以前も同じようなことがあったことを思い出し、裕二は冷静に何があってもいいように構える。
しばらくすると裕二を囲む火柱の1本1本の中にうっすらと人の影のようなものが浮かび始めた。それぞれの影のシルエットが違うため火柱の1本1本に浮かぶ影はそれぞれ別人だと裕二は推測する。影の1つが裕二に話しかけてきた。
「貴様は1つ目の試練に打ち勝った」
「いや、試練っていったい何の......」
裕二が影に問おうとすると別の影が裕二の言葉を遮り話しかける。
「褒美に貴君の【王の証】の枷を1つ外そう」
「何を言ってるんだ? 【王の証】ってこの【王の力】のことなのか?」
裕二は影に問うが影は何も答えない。しかも影であるため表情が読み取れず何を考えているのかすら見当がつかないのである。そして別の影が火柱の中から出てきて裕二に近づいてくる。その影はシルエットからして女性のものだった。その女性の影は裕二の前まで来ると言った。
「さあ手を出してください。あなたの枷を外しましょう」
裕二は影の表情など読み取れるはずはないのに、その声から女性の影が微笑んでいると感じた。裕二は迷いながらも何が起こるかわからないという少しの恐怖と枷を外すことで何かが変わるという大きな好奇心を胸に秘め右手を差し出す。
「なっ!」
女性の影は優しく裕二の手を取り手の甲に軽くキスをする。裕二は突然のことに驚きの声を出し、少し顔を赤くする。その後裕二はすぐに起きた右手の変化に気づき冷静さを取り戻し自分の右手を見る。裕二の右手は黄金の輝きを放っていた。しかも少しずつその輝きが徐々に強まっていくのが見てわかった。
そして裕二を囲んでいた火柱がその輝きに呼応するかのようにその激しさを増し始めた。徐々に強くなっていった輝きは最後にこの真っ白な空間全体を照らすかのような眩しい輝きを放つ。裕二はあまりの眩しさに思わず目を閉じる。
『我らから受け継ぎし万能の力の担い手よ。次なる試練で貴様の覚悟を見せてもらおう』
眩しい光の中、影は声を揃えて裕二に告げた。眩しい光が消えた頃裕二が目を開けるとそこには相変わらずのただ真っ白な空間が広がっているのみで火柱や影などはまるで存在しなかったかの様に跡形もなく消えていた。裕二は不思議そうに首をかしげながら言った。
「さっきのは夢、幻覚? いや、でも......」
裕二はそこまで言うと自分の右手を見る。何かが変わった。裕二はそう確信できた。裕二が今やるべきことは終わったのだと裕二が思った途端、裕二の意識と視界がどんどんぼやけ始める。
「そうか......。夢が......終わる」
意識が朦朧とするなか裕二は片言で言った。そして裕二の意識はそこでプツリと途切れる。
【ノーグランド王国 交易都市ガムルダ 宿の一室】
「......さい。起きてください。マスター」
「う、ううん。何?」
とても幼く可愛い声に起こされて裕二は目を覚ます。こんな幼くて可愛い声の子知り合いにいたか? 裕二はそう思って寝ぼけ眼をこすりながら視界を徐々にはっきりとさせていく。そうしてはっきりとした裕二の視界に映ったのは淡い青色のサラサラとした髪に愛くるしい顔をした見たところ服を着ていない幼女が裕二のベッドの裕二の隣から顔を出していた。大事なことなのでもう一度言おう。服を着ていない可愛い幼女が裕二のベッドにいるのだ。
「おはようございます。マスター。ご気分のほうは?」
謎の幼女は裕二にニコッと微笑みかけながら言った。裕二は寝起きで虚ろな思考を働かせる。ベッドに幼女、ね。まるでアニメやゲームだな。裕二は考えていると虚ろだった思考が徐々にはっきりとし始める。そして裕二は目の前でとんでもないことが起きているということに気づく。裕二は慌てながら驚きの声をあげた。
「うわぁぁぁ!」
「キャッ!」
裕二は慌ててベッドから飛び退こうとするがベッドのシーツに足を取られ、幼女と共にベッドから落下した。ベッドから落ちた裕二と謎の幼女は抱きしめ合う状態で倒れていた。そのときに気づいたが謎の幼女はつるぺたな裸でフリルと青いリボンの付いた白いニーハイソックスを履いているという何ともマニアックな恰好をしていた。裕二はツッコむ場所の多さに呆れツッコむことを諦める。そこへベッドから落ちた時のズドンという音を聞きつけたのか隣の部屋に宿泊しているリオとリアが裕二の部屋のドアをノックして呼びかける。
「裕二、今すごい音がしたのだけれど何かあったの?」
「い、いや何もないよ! ベッドから落ちただけだから」
バレたら間違いなく殺される。裕二は慌ててリオにそう言うと急いで幼女を抱きしめていた手をほどいて離れようとする。だが幼女のほうは裕二に抱き着いたまま離れようとせずむしろ先程よりも強い力で裕二を抱きしめる。そして幼女は甘えるような声で裕二に言った。
「マスター。マスター大しゅきですー」
「ちょっと! 本当にヤバいからどこかに隠れて」
裕二は焦りながら幼女に言うが、やはりというべきか幼女は裕二から離れようとしない。そのときどうやら幼女の声が部屋の外に漏れていたらしくリアが怪しそうに裕二に言った。
「今女の子の声がしたわよ。裕二何やってるの!? 入るわよ!」
「ダメ! 今入ってきたら......」
裕二は慌ててリアに言うが『時すでに遅し』だった。裕二がそう言ったときには既に裕二の部屋のドアはリアによって開けられていた。リオとリアは部屋の中で裸に白ニーハイの幼女に抱きしめられている裕二を発見する。リアはそれを見て怒りの表情でグッと拳を握りしめる。その瞬間裕二には部屋の中が怒りと殺気に満ちているように感じた。裕二はそれを見てリアの怒りが爆発しかけていることを察し、慌ててリオに視線で救いを求める。だが返ってきたのは目から下の作り笑顔と、まるでゴミを見るかのような冷たい視線だった。
「お、落ち着いてリア。話せばわかるから、な」
そこで裕二は必死でリアを説得しようとした。だがリアには裕二の言葉は届かず、ついにリアの怒りが爆発した。
「この状態で落ち着けるわけないでしょ! バカ! 死ね! このロリコン!」
リアは裕二に怒鳴り、裕二の顔面にその怒りの拳で強烈な一撃を与える。リアの強烈な一撃をモロに喰らった裕二は空中を軽く飛び壁に激突してそのまま気を失った。
「う、うう......。」
裕二は呻きながらベッドの上で目を覚ます。そしてすぐに裕二は頭痛で頭を押さえる。おそらくリアに殴られたときの衝撃なのだろうか殴られた頬もズキズキする。2人と話をして、それからあの謎の幼女にも話を聞かないと......。裕二はベッドから立ち上がると部屋を出ようとドアの方へ向かう。裕二がドアを開けようとすると突然ドアが開く。そのドアの向こうにいたのはリオとリア、そしてサイズの合わないブカブカの裕二の灰色のフードパーカーを着たあの謎の幼女だった!




