旧知
ガラディーの大きな大きな灰銀色の手が、青い魚に伸びていく。
小さな魚は行き場を遮られ、暗い陰に囲われていく。
驚愕か恐怖にか、震える魚の青い目に、獣でも、鳥でも、魚でも、人間でもない、継ぎ接ぎの怪物の姿が迫っていた。
ガラディーの心に、人間の女の姿が浮かんだ。
ガラディーが人間の姿をとる時と同じ顔。
枯れ葉色の長い髪と、土色の目をした女。
青柳を包みこもうとしていたガラディーの灰銀色の両手は止まっていた。
【ちがう】
青い魚は、怪物を見上げる。
【ワタシは、】
辺りに、
軋むような音が響き渡った。
(ガラディーッ…!)
【!】
何もなかったはずの薄暗い空間を、無数の黒い何かが埋め付くしている。
ガラディーと青柳を囲んだそれは、ぐるぐると二人の周りを回っている。
(なんだ、あれは)
回るそれの、
頭と背は黒く、
腹は白く、
(魚?)
口は黒くて細くて長い、
(じゃない…)
嘴だ。
両脇に広がる黒くて大きなのは--、魚の鰓、とは異なる。
浮かぶ姿は、人間が見上げる空にある者を思い起こさせる。
(鳥?!)
青柳の上げた声に、一羽がギラリと緑色の目を光らせた。
(ッ!!)
青い魚がいた場所の地面が穿たれ、穴が空いた。
真っ黒い穴だ。
空いた穴に、巻き起こる風が吸い込まれていく。
その穴の上に、黒い紅葉のような足がすっと浮かぶ。
ぽっこんと穴が消えた。
浮かんだ黒白の鳥は、嘴をごりごりと擦り合わせつつ、離れた場所に立つガラディーに視線を向ける。
浮かぶ者、ぐるぐると周遊する者、奥からやってくる者。
すべての緑色の視線が、ガラディーに向けられている。
(ぷは)
ガラディーの灰銀色の拳の指の間から、小さな青い魚が顔を出した。
瑪瑙のような緑色の目たちが、一斉に青い魚を突き刺す。
【なぜ、セイジャがここにアルか?】
ガラディーの前に立つ黒白の鳥から、甲高い音と共に言葉が紡がれた。
【イね。ココは、キサマらのイルばしょではナイ】
周囲を巡り泳ぐ黒白の鳥たちが、嘴をカタカタと鳴らした。
【【【いね!イネ!とくとキエヨ!!ケガラワシキせいじゃめ!!】】】
石ころのように無機質な音が転がる。
さざ波のように辺りを覆う。
【【【きかねば】】】
(!?)
ずい、と黒白の鳥たちが、身を一つ分近づける。
青い魚の身体がぶるりと震える。
【【【キカヌなら】】】
(くッ…!!)
ぐい、と緑色の目どもが、深く覗き見る。
青い魚の輪郭が、ゆらゆらと揺れる。
(なんだこれ、身体が、なんか、なんかッ、弾けッ…!?)
【やめなさい】
【【【ぐヌぅ!!!】】】】
黒白の鳥たちの身体が、散り散りになった。
【まったく、相変わらず頭がお堅い連中ですわね。少し通りがかっただけですのに。】
ガラディーの背から、一対の翼が生えていた。
灰銀色の翼だ。
まばらに羽がきらきらと青く光っている。
大きな翼が音も無く羽ばたく。
【アア…、大丈夫ですかアオヤギ?】
(うん、たぶんな、なんだか、変な感じがする。ふわふわする。)
【それはきっと、消滅しかけてたからですわね。】
(ショッ、メツ?!)
【はい】
散り散りになった黒白の鳥たちの欠片が蠢き、寄り集まり、元の鳥の姿へと戻っていく。
【わたくしたち、ディポクシャジャラには、魂に干渉する力があるのです。だから、魂が行き交うこの異界の道では、ディポクシャジャラに出会わないように気を付けなくてはなりません。】
ガラディーの灰銀色の翼が、また羽ばたいた。
【【【きしャッ!!】】】】
戻りかけた黒白の鳥たちの身体が霧散した。
【そうしないと、悋気に触れ消し飛ぶことに---ーーー-ーねェ?】
【【【イタンシャめ!!】】】
【【【イタンシャ!!】】】
【それにしても、】
とガラディーは、顎に指を当てて首を傾げた。
【皆様以前とは違う姿形をしておりますね?それはどうなさったのです?まさか、わたくしと同じように契約をして得た姿ですか?】
【【【ちがう】】】
【【【だレが】】】
【【【おまえト】】】
【【【オナジじゃない】】】
【【【ケガラワしい】】】
【【【チガウ】】】
【【【わたしたちハ】】】
【【【シンカした】】】
【【【オマエの】】】
【【【アクの】】】
【【【ヤリカタとハちがう】】】
【ふふふ、わたくしは、悪者ですか?】
【【【そのイジョウなすがた】】】
【【【イクツのたましいをクラッタ】】】
【さあ、幾つだったでしょうか?】
【【【おろかナせいじゃドモめ】】】
【【【マヌケなタマシイどもメ】】】
【ふふふ】
【【【ケイヤクのいきつくサキには】】】
【【【ナにもない】】】
【【【クワれれば】】】
【【【キエテいくだけ】】】
【そう--。すべてが、わたくしのものになる。その身体だけではなく、能力も、そして、心も。すべて-ー-】
【【【そうして、】】】
【【【そシテのこるのは】】】
【【【シュウアク】】】
【【【ノコルのは】】】
【【【シュウアクなバケモノ】】】
【あら】
【【【ツギハギだらけの】】】
【【【あわれナ】】】
【【【いきものダケ】】】
【わたくしは、気に入っておりますわ。】
灰銀色の怪物は笑った。
カタカタと風車が回るような音が、鋭い牙の間から出て消える。
獰猛な金色の瞳孔が輝き、物騒に曲がる。
【ですから、ぜひ、皆様もわたくしとひとつになりましょう?】
ガラディーの身体から、灰銀色の尾がいくつも伸びていく。
ゆらゆらと、巨大な尾の先がパカリと口を開く。
覗く鋭い牙の合間から、何本も垂れ落ちる欲の糸。
【【【やめろ】】】
【【【いタんしゃ】】】
【きっと】
【【【はなせ】】】
【【【ケガラワシイ】】】
【【【イタンシャ】】】
【気に入っていただけますわ。】
【【【イたんしゃ】】】】
【【【けがらわしい】】】
【【【イタンシャ】】】
【【【いやだ】】】
【わたくしを、わたくしたちを。わたくしが美しいと、欲しいと思った者たちのことを-ー-】
【【【ヤメロおおおおお!!!】】】
[やめよ、ガラルランド]
【……】
ガラディーの尾が、黒白の鳥たちを離していく。
逃れた黒白の鳥たちの合間から、褐色のふわふわな毛に包まれた鳥が姿を現した。
黒白の鳥たちよりも小さな鳥だ。
腹はぽっこりとし、その下には短く太い足が生えている。
丸々とした身体を揺らしながら近づいてくる。
【ノカイプス…?ですか?】
[我がわからんか?]
【いいえ。】
ガラディーは首を振る。
【わたくしを止めることができるのは、あなたくらいのものでしょう?】
【【【ノカイプス】】】
【【【われらノおう】】】
[さて?どうだったかな?親からの言い付けを守らずに飛び出してしまったヤツがいるものでな?]
【【【イタンシャにシを】】】
【うふふふ】
[それにしても、ほんに醜い姿よの?醜いのはいかん。存在事態が悪じゃ。そう思わんか?]
【【【ざいにんに】】】
【【【しヲ】】】
【あら?そちらこそ可愛らしいお姿になられて…。引き裂いて、哀れな姿で赦しを乞う姿が見たいくらい。】
【【【しを】】】】
[ほほほほほほ…]
【うふふふふ~】
[ところで、じゃが…、]
褐色の鳥は、チラリと緑色の目を一点に向けて反らした。
[…ソレは、なんじゃ?]
そろそろと褐色の翼手が指し示した先は、ガラディーの肩の上のあたり。
ちょこりと顔を出す、小さな青い魚。
【ああ、これは、わたくしの友人ですわ。アオヤギです。】
(…こんのッ、ふわグソめ!)
青柳は悪態をついた。
[はあああッ--!!]
褐色の鳥が、額に手をやりよろめいた。
がくりと膝を着く。
【【【ノカイプス?!】】】
【あら?】
(ん?)
【どうしたのかしら?わたくしまだ手を滑らせたりしていませんのに…】
(オレだって、まだしてないぞッ!)
[いったい、一体、なんだそれは、]
褐色の鳥が、よろよろと顔を上げた。
円らな緑色の目が、青柳を睨み付けた。
[ガラルランドよ!一体何を連れている?!なんなのだ?!なんと醜い!奇っ怪極まりない!!]
【何を言ってるんです?生者嫌いは知っていますが、酷すぎですわね!アオヤギはとってもかわいいですッ!よく見てください!こんなにきれいな青…、…アオヤギ?】
(ん?)
ガラディーの肩の上にいる青い魚の額から、ニョキリと白いモノが2本出ていた。
【…?アオヤギ、頭から何か…、骨のようなものが出ていますわ?痛くないんですの?】
(骨?)
青い魚は、頭を触ってみた。
白い指でベタベタと触ってみた。
[うぬお!!]
【【【??!】】】
【…まァ、アオヤギ…、大変…】
(ほんとだ。なんかあるな。こっちもだ。二本あるなー、二本……、アッ?!)
口をぱかりと開き、瞠目する青い魚。
(やべッ!これッ!!角だっ!?)
青い翼を持つ男に遭遇した時に、一度青柳の額に生えた白い角。
青柳の内から引き出された憎悪の象徴。
(でも、オレ、ちょっとムカついただけで)
ガラディーを取り囲み、侮辱し、攻撃する黒い群れがムカついた。
(あの青い鳥男の時みたいに、ぐちゃぐちゃな気分じゃない。)
昔見た、一人の女を追い詰めて、殺し上げた群れを思い出したのだ。
(まだ)
あたふたする青い魚の目の前で、交差する白い人間の両腕。
(ハ?!)
(腕が生えてら?!)
(オレ、魚だよな?)
(魚に人間の手が生えてるってわけか?どういうわけだッ?!)
(こッ、こえ~!!こわすぎィ~!!)
己は、いかに奇っ怪な姿をしているのか?
白い人間の腕が生えた二本角の青い魚は、動きを止め、灰銀色の怪物を見た。
困惑している顔だ。
黒白の鳥を見た。
嫌そうな顔だ。
褐色の鳥を見た。
カッと見開かれた緑色の目。
その身体は、わなわなと震えている。
(ふむ)
小さな青い魚は腕を組み、顎に白い手を当てる。
びくり、褐色のふわ鳥が震える。
ギョロり、青い目が見据えた。
びくり、褐色のふわふわ鳥が震える。
青い魚は、褐色の鳥に襲いかかった。
[ぎィやあアアアアアアアアアアアア!!]
猛突進してくる手の生えた魚。
奇っ怪な魚の姿に、褐色の鳥は恐怖で硬直し絶叫する。
青い魚は、褐色の鳥に掴みかかる。
(ふぬ?!)
ぼよん、と、弾ける身体に面食らって、
(チッ!)
と、魚は舌打ちすると、
[やめッ!!やめんか--イ!!]
褐色のふわ毛を抜きにかかった。
【【【ノカイプス!!】】】
【【【オノレセイジャ!!】】】
青柳を排除しようとする黒白の鳥たちを、ガラディーは制しにかかる。
【手を出したら許しませんわよ!!--アオヤギ!!やめなさい!!早くそれから離れなさい!!】
(抜けねェ!)
思い通りにいかず、苛立つ青い魚の身体が、
(ガラディーにひどいこと言いやがって!)
だんだん、と
(ガラディーをいじめるな!)
(ひどいことを言うな!)
大きくなっていく。
(さわるな!)
褐色の鳥を超えて、
どんどん、どんどん大きくなって、
(傷付けんなアアアアアーーー!!)
[なんだと…]
【アオヤギ?!】
黒白の鳥たちの姿が消え失せた。
(わかったな?)
覗き込む巨大な青い魚。
[これだから、生者は好かぬ]
褐色の鳥は、青い魚の額を、翼手でぽんと打った。
(!!)
巨大な青い魚の姿が、小さな姿に戻った。
生えていた白い手も、角も消えている。
[…ふむ、できんのう。]
褐色の鳥は、目の前に浮かぶ、逃げようともがく青い魚を見ながらそう言った。
[恐ろしい…。一時か、永遠か?]
【アオヤギを返しなさい。ノカイプス!!】
[…あれにやるか。]
青い魚の姿が消え失せた。
青い魚は、パチリと目を開けた。
真っ暗だ。
どこもかしこも闇ばかり。
ゴゴゴと、地鳴りのような音がする。
ふっ、と黄色く光る玉が現れた。
少し離れたところだ。
そよそよと近づいてみる。
(?!)
青い魚の心臓が、ドッ、ドッ、ドッと早鐘を打つ。
大量の汗が、身体中からダラダラと垂れて落ちていく。
光る玉、黄色い玉、
緑や、赤色が、混じる色、
螺鈿色。
その色を持つ者を、青い魚は知っている。
【あ~~ン?】
言葉を放つ口の中は、真っ青で、
【珍妙なのがやって来やがったナァーー】
真珠色の鋭い牙が輝いた。
邪悪を放つ、螺鈿色の目が青い魚を睥睨する。
山のよう--。
黒い巨体をした大蛇がそこにいた。
(コッ…、コイツ、)
青柳には解った。
初めて遭遇した時もそうだった。
(アイツだ)
血が、ざわめくのだ。
(ウルだ…!!)
青柳の生家、御堂の一族の先祖、御堂潮流。
水神に愛される同じ青い目を持ちながら、魔へと成り果てた男--。
【何しに来やがった、ザアコおおオオオ~~~♪】




