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黒鬼の旅  作者: 葉都綿毛
第三章 死面の篝火
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出た先は

青い魚は、身を左右にくねらせた。

キラキラと、鱗が光を放つ。

まん丸の青い目が、ガラディーを見上げた。


(ガラディー、オレ、なんかおかしくないか?さっきからオレの手が見当たらない気が、……)


灰銀色の異形の姿をしたガラディーの周りをぐるぐると青い小さな魚ーーー青柳は、泳いだ。


(……ない) 


青い身体を捻って、横に回転し、縦に回転させながら。


(足もない、かッ、代わりの、これは、これはーーッ?!)


半透明でギザギザの、魚にはお馴染みのひれ

人間にあるはずがない鰭。

つい、と止まった青い魚は、

震える青い目で、ガラディーを見上げた。


(オレ魚になってるよッ!!ガラディー!!)


グラリとガラディーの身体がよろめいた。

灰銀色の鱗に混じる獣毛がぶわりと逆立っている。

口元を、青く鋭い爪が生えた両手が覆う。


【…かッ!!かわーーー、かわいいッ!!かわいいですわっ、アオヤギッ!!】

(かわい?!くねーよッ!どういうことだよ、ガラディー!!ガラディー?!)


青い魚は、身体を翻して、ぴたんぴたんとガラディーを尾鰭で叩く。

尖った口先で、ツンツンと突っつく。


【うふ、ウフフふふふ、……コホン、………今いる場所はですね、ルシイトミヤーヴと言って、特別な者しか通れない異界の道、死者の道なのです。あなたの姿が変わってしまったのは、おそらくそのせいですわ。】

(死者の道?!)

【ええ。死者の魂が、冥界へと赴くための道なのです。ホラ、あそこを見てーー。】


暗い霧が広がるような空間、ガラディーの差し示した方向には、ぼんやりとした光がいくつも浮かんでいた。

星のようなそれは、青柳とガラディーの頭上を流れ星のように通り過ぎていく。


(あ、)


目を凝らして見た光は、魚のような姿をしていた。


(魚?!、が死んだヤツの魂ということは?!オレ死んだのか?!)

【大丈夫。アオヤギは死んだわけではありません。この場所に順応しただけですわ。】


ほっと青い魚は胸を撫で下ろした。


【けれど、すぐに出たほうがいいでしょうね。このままここにいれば、おそらく死んでしまいます。】

(なッ!)

【ここは、死者の魂と静寂、それ以外を許さない。 ーーわたくしたち、ディポクシャジャラの道ですから。】


どこからともなく、死体を喰らいにやってくる異形、ディポクシャジャラ。

突然に、戦場や墓場などに姿を現す、禍々しい黒い水の姿をした異形たち。

現れた彼らは、死者を地の底へと引き込んで消え失せる。

生命ある者たちは、死体を拐っていく彼らを恐れ忌避した。

彼らを、死神、冥界の使者とも見なした。


忽然と死地に姿を現す、奇妙で禍々しいディポクシャジャラの謎ーー。

彼らは、見えないけれど、確かに存在する異界の道、ルシイトミヤーヴを使っていた。


そうやって、死者の元へと、獲物の元へと向かうのだ。



(ふふふ…)



ガラディーの目の前で、青い魚がきらきらと舞い泳ぐ。



(キレイ…)



昔、あるディポクシャジャラは、思った。




冷たい、動かない、死体。


喰らいながら、思った。




温かな、動く、生き物。


見つめて、思った。






(ホシイ)





鎌首をもたげたのは





(アレガ、ホシイ)





欲望






ガラディーの灰銀色の手が、青い魚に伸びていく。












◆◆◆





「もふぅッ?」


男は太い眉を寄せ、咀嚼していた肉を飲み込んだ。

隣に座る一本角の黒鬼を見つめる。

黒鬼の目の色が、黄色から赤色に変化していた。

黒い唇から漏れる息に火の粉が混じっている。

男は、横腹を手でワシワシと掻いた。



【オイおまえッ!!大丈夫なのか?!それ!!】



焦りを帯びた叫び声がした。

目をやれば、薄紫色の肌をした少年の上半身と昆虫の下半身を持つ魔物ーーーア・モースーがいた。

顔を引きつらせて、長い身体を仰け反らせている。

ア・モースーの視線は、男に釘付けだ。


「ふむ?」


男の黒い巻き毛の髪と顎髭がボッと燃え上がっていた。

手に持っていた串焼きは黒炭と化し、目の前にある机も、料理も火を纏った黒炭の姿になっている。

食堂を見渡せば、火の手の及ばない場所から遠巻きに、異形の魔物や人間たちがこちらを伺っている。


「まったくのう、」


男は、カッハカと笑った。


立ち上がり、原因の黒鬼の側へと、にじりにじりと寄っていく。

そんな男の大きな黄土色の手の中に現れたのは、同じ色の土の椀。

もう1つの手には、弦籠に入った口の長い土の瓶。

どばとばと、長い土瓶から土椀に赤い液体が注がれた。

どこか心あらずな様子の黒鬼の手に、土椀が置かれた。


「そういう時は、これに限るぞ、クロウ殿。」

『………』

「ん?飲まんのか?これはなアァー、ちょお~うまいぞッ!」

『………』

「さッ!さッ!飲め飲め、心悲しき時、怒れる時は、これに限る!飲んで飲んで、嫌な気を洗い流そうぞ。」

『………』

「ぴくりともせん。んむーー、クロウ殿は、酒嫌いだったかのう?ならばーー」


男は、もう1つ、どこからか土瓶を取り出した。今度の土瓶には、若草色の液体がタプコプと波打っていた。


【オイーーー?!】

【オマエ死にたいのか?!】

【死んでないの不思議だァ…】

「早く逃げろバカ野郎!!」

「いやアアア!!火ダルマアアアアアア!!」


周りの魔物や人間が、男に向かって叫び声を上げている。


「…お?」


黒鬼の手が、ゆっくりと動いた。

土色の椀が、火色の吐息を上げる口元へと進んでいく。



ごくり、

ごくり



黒鬼は、赤い液体を飲み干した。



『………』



前のめりになって、



ごしゃあっ!



地面に倒れ伏した。



「「?!」」

【【?!】】



ぴくりとも動かない。



「む?…クロウ殿?…クロウ殿?」



(おかしいのう。)



男は首を捻った。

黒鬼に飲ませた酒は、大木になる赤い実を使って作る自慢の酒であった。

集落の者たちは、この酒を好いていた。

故郷の味だと、どの国のどんな高級な酒よりも良いと愛していた。

そんな酒なのに、


「どういうつもりかクロウ殿?!ワシらの酒がうまくない、と、そういうアレなのか?!態度だったりするのか?!……んむ、……ぴくりとも動かんな……、む、息もしておらんとは……、ワシらが丹精込めて作った酒がそんなにイヤか!飲めんほどのものとでもいうとるのかッ!なーーんたる陰険虫じゃ!」


周りにいた魔物や人間が、地面に突っ伏した黒鬼と、消えていく火の気配に呆然としている中、男は、再び手の平に椀を出すと、長瓶から赤い酒を注いでは、ちびちびと飲み始めた。


(そういえば、あれが、ワシの家族なのだろうか?友たちなのだろうか?)


男と同じ黄土色の肌と黒い髪をした人間たち。

赤い酒と共に浮かんだ情景。


記憶のない男は、そっと笑んだ。


(悪くはないのう…。)


黒炭となった地面から、緑色の若葉がむくりと顔を出した。














◆◆◆






音も無く、色も無い、透明な世界。



金色に輝く紋様が、輪を描きながら宙を舞っている。



金色の輪の中から、黒煙がするりするりと出ては消えていく。


黒煙の塊の合間から、

丸い赤い光が、獰猛な気配を放っていた。



ひとつ、ふたつ、…いつつ、……やっつ…



金色の紋様と黒煙に覆われて、身体の自由が利かない鋼色の大蜘蛛が、赤い目玉を光らせている。


側にいた白い馬頭と人間のような身体を持つ魔物の姿が、人間の少年の姿へと変わっていく。


あごのあたりまである灰色の髪、白い肌色の整った顔形に、赤紫色の目。

細身の身体に、白い半袖の上着と黒いズボンを身につけている。

裸足の両足首には、黒い鎖が付いていた。

その少年ーールウスの息は荒く、疲労の色が濃い。


(どうしてこんな面倒なことに…)


街を支配し、新たに国を興した黒鬼、クロウは、生き残ったルウスを牢獄に閉じ込めた。

ルウスは、抵抗も抗議もしなかった。

魔神や魔物を下僕にする黒鬼に、そんなことは無駄だというのもあったが、当然のことと思っていたからだ。


街を崩壊に導き、死者を出した大罪人。


ルウスは、己の選択がどんな結果をもたらすか理解しながらも、それを選んだ。



悪なのだ。



今、ルウスが生きていられるのは奇跡である。

処刑され、打ち捨てられるべき命なのだから。



(ここだ。)



無数に浮かぶ金色の紋様が、透明な空間の一部に向かって、集結していく。

空間に点々と色が滲み、朧気な景色が浮かび上がっていく。

その先は、ルウスに用意された檻の部屋だ。


ルウスが暴れても、ルウスを襲おうと狙ってくる囚人たちの襲撃にも傷一つ付かない強固な空間。

そこならば、大蜘蛛が暴れても、一時しのぎくらいは出来るだろう。


(なんで、僕がこんなことをしなくちゃいけないんだ?)


苛烈な青い目をした異国人の姿が、ルウスの脳裏を過る。


(僕はただ、見ていただけだ…)


ルウスは、檻から出ることが出来る。


檻の中で、魔物たちを封印していた術について研究していたら、空間を扱う転移の術で檻から出ることが出来るようになった。


ルウスは、時折檻から出て、囚人たちに見つからないように、牢獄の中を巡っていた。

その際は、必ず白い馬頭の魔物の姿に変化している。


ルウスの両足を檻に縛める黒鎖の形をしたソロイはというと、ルウスを檻に留めなかった。

檻を出る時は、カラリと切れてルウスにそのままついていき、檻に戻れば、再びルウスを檻に繋げるというおかしな緊縛道具だった。


そんな時、牢獄に、異国人の青柳と季忌鉛師がやって来た。

青柳は、クロウの仲間だったはずだ。

どういうことなのか?

様子を伺っていれば、青柳たちは、アラキムの腹の中へと真っ逆さまに呑み込まれていく。


その結果の行方に、ルウスは足が向いてしまった。


(あれが間違いだったッ…!)


今まで、ルウスの存在に気づいた者は、ほぼ皆無だった。

だが、鋼色の髪と目をした異国の少年は、気が付いた。

化け物になりかけ正気を失いかけていながらも、彼が操る糸は、いつの間にかルウスの身体を絡み取っていた。


そして、黒髪と青い目の異国人の前に引き出され、脅された。

アラキムの空間から連れ出せと。


鋼色の大蜘蛛を連れていけと。


アラキムの異空間の中、黒い異形の者の群れの中に、消えていった異国人。



(ありえないーー)




一瞬、金色の紋様が、ふつりと揺らめいた。




(…?)




空間が、開いた。





「ルウス?」




名を呼ばれ、

広がる光景に、

ルウスは息を飲んだ。



「ルウスだ…。」

【ルウスだとーー?】

「檻から出られないんじゃなかったのか?」



夥しい数の人間と魔物がいた。

遠くに、アラキムの荒ぶる姿が見える。



(どうして)



「ルウスーーー」



アラキムとその手下たちに向けられていた矛先が、ルウスへと変わっていく。



「ルウスーー」



強烈な憎悪と殺意を纏った矛先へと変わっていく。



「「「「「ルウスウウーーー!!!」」」」」





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