青い魚
灰銀色の髪が、ふわりと舞っている。
青銅色の目の奥、黄金の瞳孔が青柳を見据える。
花びらのような唇が、弧を描く。
美しい魔物の女が、そこにいた。
「ガラディー…、どうやっ、…どッ、こに、出口が?!」
と、抱きしめてくるガラディーの大きな胸に狼狽えながら、青柳は後ろに視線をやる。
(??!)
青柳を襲っていた黒い異形たちが、皆、動きを止めていた。
振り上げた槍の手も、こちらに向かって走る足もそのままに。
のっぺらぼうの黒い顔は、青柳の方を向いている。
けれど、青柳に向けて放っていた苛烈な殺気は消えていない。
「ふふ、ありますわ。どんなところにでも…。」
ガラディーは、青柳を腕の中から離し、赤い血で汚れた手を握りしめる。
「死は、どこにでも落ちているものですから。」
「え?」
女は、青柳の手を引いた。
赤く、鈍く光る地面を滑るように進んでいく。
そうすると、ガラディーの足先が触れる度に、赤い地面が黒くなり、その中を蔓のように青と緑の光が伸びていく。
沈んでいた真っ白な死体にも、青と緑の光の蔓は絡まっていく。
「わたくしは…、わたくしたちディポクシャジャラは、様々な者たちの死体を食べて生きています。ですから、死体の在処を見つけるのは得意なのです。
「…死体の在処…?…オレだって、獲物を狩って食べるぞ?それも死体だ。一緒だ。」
「わたくしたちは、わざわざ生きている者には手を出しません。あくまで、死に落ちて朽ち果てていくばかりの死体しか食べないのです。生者に手を出すのは禁忌なのです。」
「きんき…」
「手を出したら死刑、ですわ。」
「死刑ッ?!」
「ですから、ディポクシャジャラには皆、死体探知能力があるのです。」
それは、無い者は必然的に生者に手を出し消されてしまう。
淘汰の結果ではないか。
(怖い一族だな、でいぽくしゃじゃらっ!)
何でもかんでも、食べられるものなら食べるという出不精《引きこもり》な青柳の背中がぶるりと震える。
「あのジャージィカルの作った牢獄なら、死体などゴロゴロありそうで、侵入することなど容易いと、そう思っていたのですが、なかなか見つからなくて……」
振り返ったガラディーは、青銅色の目を細めて微笑みを浮かべていた。
「ですが、宝物にしている方がいて助かりましたわ。アオヤギもちょうどここに居ましたし。」
「宝物…?…って、?、…この死体たちが…?」
「ええ。」
辺りの赤い海の中に沈んだ白い死体を指し示す青柳に、ガラディーは頷く。
(この人たちは、アラキムに食われてるんじゃないのか?)
「とても、大切な方々なのでしょうね。ずっと、守ってきた…。」
ガラディーは、動かなくなった黒い異形を見て目を細めた。
「もう決して奪われたくはないと…」
(守ってって、)
黒い異形たちは、変わらず青柳に向かって殺気を放っている。
(そんなの)
--燃える里を背に、崖から落ちるは一人の女-ー
青柳は、黒い異形に向かって叫んだ。
「なんもしねーよッ!バー-カッ!バーカ!バカ野郎ッ!!」
黒い異形の殺気が更に増す。
「ふふ」
辺り一面に沈む真っ白な死体に、色が花咲いた。
白泥の髪が、銀色に、
白泥の身体が、褐色へ、
若い女、男、
小さな子供、
老いた人、
同じ色彩を身に纏う人間たちが姿を表した。
その姿は、ただ、ただ、眠っているかのよう。
(なッ、んだこれ?)
魂が、見当たらない。
だから違う。
それは違うのに、言葉が転がり落ちる。
「…生き返った?」
「いいえ。ただ、元死体喰らいの生き物の、得技ですわ。」
「…そっ、…か…。」
「さぁ、行きましょう、アオヤギ。」
「ッ?!」
女の白い腕が、青柳を引き込む。
闇が降り積もり、
咲き乱れる青と緑の光花の間、
落ちて眠る死体の沼へと--ー。
沈む青柳の視界に、黒い異形たちが、死体たちへと歩みを進める姿が見えた。
◆◆◆
緑色の瑪瑙のような目が、茶色の雲が浮かぶ空を見上げた。
ひとつ、
またひとつと、
その視線は増えていく。
ひとところを見ていた。
黒白の人鳥の群れから、甲高い鳴き声がひとつ、つるりと上がった。
それを皮切りに、方々から上がる鳴き声。
◆◆◆
夜の沼底のようだった。
青柳は自分の手を引く者の姿に、目を凝らす。
黒い霧のようなものが幾重と重なり、視界が悪い。
前にはガラディーがいるはずなのに、人の姿とは違う灰銀色の何かが見える。
鱗だ。
(出会った時は、ワニってヤツの姿だった。それなのか?…けど、)
鳥の翼のようなものも見える。
獣のような毛並みもある。
(不思議な姿だ。)
上機嫌な風の、含み笑いが聞こえた。
(よく見えねェな。)
暗闇の中、灰銀色の長い尾がくねる。
(なんだか、視界が、)
ガラディーらしき者が、立ち止まる。
振り返ったようだ。
【…あら?!まあッ…たッ大変…、なんて大変…ッ】
大きな影から、野太い声が発された。
【かわいいですわッ!!】
(ん?)
その言葉に、青い小魚は、身体を左右に揺らしながら頭を上げた。
◆◆◆
皆が言った。
【イタぞ】
茶色の雲が浮かぶ空がグニャリと曲がる。
【あいつガ】
【いた】
黒い海が、生き物のように蠢いた。
【イたんシャガ】
◆◆◆




