赤の端
「グギャ!クヒャアアア!」
鋼色の異形となった季忌鉛師の姿が、どんどん膨れ上がるように大きくなっていく。
鋼色だった8つの目玉が、赤い光を強く放ち、
黄みがかる真珠色の鋭い牙が蠢いては、ガキガキと激しく打ち鳴らされる。
季忌の破れた着物の下から、銀色の砕石が散る黒い胴鎧が姿を現していた。
牢獄に落とされた罪人に与えられるソロイだ。
罪人の過剰な力を消し、罪人の損なわれた心身を癒すソロイ。
そのソロイの黒い部分に亀裂が入っている。
欠けたそこから、黒い霧のようなものが宙に散って消えていく。
(まずい、絶対まずいぞ、これッ!)
鋼色の異形の背の上、青柳は季忌の様子に焦る。
張り巡らした鋼刃の糸にかかった黒い異形が吸収されるたび、季忌は大きくなっているようだった。
さらには、己の手で黒い異形を掴み、むしゃぶり食らい始め、その勢いは増していく。
(コイツっ、食わせたらダメだッ!)
青柳の身体が、白金の燐光を纏う。
(アイツらを、止めるッ!!)
氷結の力を、黒い異形が溢れ落ちてくる暗い天井へと放った。
が、その白金の光が霧散してしまう。
(力が使えないだッ?!この膜の中にいるからか?!それともこの空間にいるせいか?!どっちだクソッ!!)
青柳は、綿雲のような薄膜を引き裂こうとしたが掴めない。
「オイ!こっから出せ!キキエンシ!」
青柳は、鋼色の異形に向かって叫んだ。
「グギャ」
鋼色の異形は、動きを止めた。
赤かった目玉たちが、鋼色に戻っている。
「…………」
が、また腕を伸ばして、落ちてくる黒い異形を掴んでは口の中へとドバコバと放りこんでいく。
張り巡らす鋼刃の糸にかかった獲物たちも吸収されていく。
「おんまえッ!このッ!食いしん坊ヤロウッ!!いい加減にしとけよ!!」
騒ぐ青柳など気にもせず、その腕は風のように俊敏な動きで、獲物を捕らえていく。
(ん?)
季忌の4本ある腕のうちの1本だけが、ぶらりとゆらりと垂れていた。
その指先で、キラリと糸が数本絡まり、紡がれ、1本になった糸がどこかへと延びていた。
糸は、釣竿の先の糸のようにピンと張りつめ、グイグイと引いている。
(引いて--ー?)
その先に、青柳は目を凝らす。
糸に絡まれた馬頭の魔物がいた。
白い馬の顔をした魔物だ。
頭の上には、天に向かって反り返った2本の白い角が生えている。
馬の頭の下には人間のような身体があった。
異国人のような白い服を身に纏っている。
「なんか捕まってる?!」
青柳は、季忌を振り返ってみた。
「ちょッ!オマッ!何だよアレ?!」
動きを止めた鋼色の異形の目玉が赤い。
(!!?)
身を伏せた青柳の上を、幾つもの鋼の剣が通り抜けた。
薄膜が、無残と消える。
青柳の身から、白金の燐光がユラリと上がる。
鋼色の異形を、黒い異形たちの群れを、その生まれ出る闇色の空を白氷が覆う。
(あのヤロ)
氷に包まれた季忌の背中を、青柳は滑り下りる。
氷像たちの中を駆け抜け、馬頭の魔物の元へとたどり着いた。
ギョロリ
赤紫色の目玉が青柳を見上げた。
白い身体には、びっしりと汗が流れている。
「おいてめえ!ここからッ、アラキムの腹から出るにはどうしたらいいか知ってるか?!オマエが古株の囚人だったら、コイツのこと何か知ってんだろ?!教えろ早くッ!」
白い馬の魔物は、赤紫色の目玉を斜め上に反らした。
【知らないよ。】
「………………」
青柳は、馬の白い喉仏を片足で踏みつけた。
【痛い痛い痛い痛い】
「早く教えろ馬ヤロウ」
【知らないって言ってるじゃないかッ!!】
「じゃあ死ね」
【じゃあ?!】
馬の首に、青い氷の刀が突き付けられた。
青柳の青い目が、ほの暗く燃えている。
【転移すればいい!!】
「テンイ?何だそれは」
【他の安全な場所に移動するんだ。僕ならそれが出来るよ!!】
「じゃあやれ、あの灰色のアレな、食い物がないところに移動させてくれ。」
【あの大蜘蛛を?!】
「キキエンシだ人間だ蜘蛛とか言うなブッ殺すぞ」
【ハァ…、けどね、とにかく、問題があるんだ。この僕に絡まっている糸なんだけど、】
馬の魔物の身体は、糸でぐるぐる巻きである。
【これのせいで僕は力が使えないみたいなんだ。そうでなかったら、君に足蹴になんてされてないよ。】
「そうか、わかった。」
バキバキと、
パキパキと、
音が走る、
割れる、
砕けた氷が落ちてきて、
黒い異形が降ってきた。
青柳は、馬の両足を、むんずと両手で掴んだ。
【アバババリバリバリイイイイイイ?!】
赤黒い地面の上、馬を引きずりながら、青柳は駆けた。
「キキエンシイイイイイ-----!!」
青柳に顔を向けた鋼色の大蜘蛛の目玉は、赤へ、鋼へ、色を変える。
鋼色の刃が、青柳へと伸びた。
幾つも、幾つも伸びるそれを、馬を手に青柳は避ける。
【!!】
刃らの幾つかが馬の魔物の横を掠め通り、彼を縛めていた糸を断つ。
「やれ」
有無を言わさぬ青い目が、馬を刺し貫く。
「失敗したら食い殺す」
【-------!!】
金色の紋様が、ずらりと浮かぶ。
黒い煙があふれ出す。
馬の魔物の身を取り囲むそれは、鋼色の大蜘蛛を包み込む。
止めどなく襲い掛かる黒い異形たちは、飛んできた氷塊の群に打ち落とされ、潰されていく。
黒い世界を、金色の紋様が輪を描きながら踊り、黒い煙が揺らめく。
「グギュア、アッア」
鋼色の大蜘蛛が金色の輪の中へと、黒い煙とともに吸い込まれていく。
馬の魔物も吸い込まれていく。
青柳に伸ばされた金色の紋様は、止まない黒い異形の雨が打ち消した。
黒い世界と、赤い地面、
黒い異形に、青い目の人間。
(生き場所が、ないな)
黒い異形は、青柳の身体を鋭い黒い槍のような手で穿つ。
(オレが弱いから)
青柳の拳が黒い異形を打ち、黒い異形が雫となって弾けた。
(もっと強かったら)
青柳の両腕にあるソロイの銀が輝き、青柳の傷が癒える。
それを、さらに異形は食いちぎる。
(こんな場所で)
絶えない波のように、次々と押し寄せる黒い異形を氷槍で貫く。
止まらぬ波を、破壊する。
(アイツみたいに、強かったらなァ、そうしたら)
黒い鬼、
鋼色の大蜘蛛、
圧倒的な力、
誰にも支配されない、
そんな力があれば、
そうしたら、
そうしたら、
(どんなに)
満月色の目をした黒い鬼が、
笑った顔がよぎった。
己の死を、渇望する鬼の顔が。
「なればいい…」
「ここが」
「ちょうどいい」
「戦場…!!」
青柳が手を付いた赤い地面が、揺れた。
水面のように揺れた赤いそれ、
その奥から朧気な白い光が見えた。
(なんだ?)
ざぶりと、波のようにうねった赤いそれが、青柳の目の前で反り上がる。
白いものが、青柳の鼻の先を掠めていく。
「?!は…?」
落ちていく赤い波に、青柳は目を向ける。
赤い、黒い、その下にいたのは、
白い、白い人間のようなもの。
髪も、肌も、服も、白く染まり、黒く落ち窪んだ眼窩と、口の…
(死体?!しかも)
(なんだこの数--!!)
赤いそこにいたのは、幾つもの、白い人間の身体。
(これは、一体)
とぷり
赤いそこから、
白い、
白い、
手が伸びていく。
上へ、
上へ、
目を見張る、青柳の顔へと手を伸ばす。
(しまっ---!!)
「ダメですわ。」
柔らかな声が、耳朶をくすぐる。
青柳の身体が、ぐいと後ろに引っ張られた。
2本の白い腕が、青柳に絡み付いていた。
(??!)
抱きしめてくる腕の先、振り返った青柳は瞠目した。
「ガラディー?!」
美しい女の姿をした魔物、ガラディーが、青柳を抱きしめていた。
肩まである灰銀色の髪が、ふわりと揺れている。
青銅色の目が、青柳を見て微笑んだ。
「迎えに来ましたわ、アオヤギ」




