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黒鬼の旅  作者: 葉都綿毛
第三章 死面の篝火
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牢屋の番人


「黒朗---ー-ッ!!ふざけるなよ!!オマエ、オマエ」


大蛇の腹のように太く、長く、黒いものに身体を縛められながら、青柳は叫ぶ。


(力が、使えないッ!!コイツ、)


ぼおっと赤く光り、火の粉を散らす黒いそれから感じるのは、


(黒朗の力だ--!)


闇の中、閉じていく空間の入口に見えた黒鬼は、

無表情に青柳たちを見ていた。

その満月色の目に、火が浮かぶことはなく。

なにも、

なんの揺れも見つけられない。

青柳は、黒鬼に燃やされた時のあの恐ろしい痛みを思い出し、恐怖に震えるばかりだというのに--。


唇が戦慄わなないた。


「絶対ッ!絶対その首はね飛ばしてやるからなッ!!クソ鬼がアアアッ--!!」


涙で頬が濡れている情けない顔で、青柳は雄叫びをあげる。

青柳を見ていた黒鬼の、目が、唇が、

弧を描いた。



(なんだよそれ)



黒鬼の微笑みは、いつも破壊と死と共にある。

赤い目で微笑むのだ。

慈悲深き神のように、凶気の鬼は微笑む。



(なんだよそれ)



黒鬼は、黄色い目で、満月色の目で微笑んだ。

幸せそうに微笑んだ。






「そんなこと言っていいのかあ?ご主人様なんだろ?」

「……あ?」


青柳と同じく黒いものに連れられていた鋼色の髪の少年--季忌鉛師ききえんしは、頭の後ろで両手を組みながら遠くに目をやっていた。


「…………てめ、のんきだなッ?!」

「いや、考えてるんだ。」


季忌は、組んでいた手を伸ばして一方向を指差した。


「あれ、どうしよっかなって」


赤く輝く球体があった。

ぐつぐつと煮えたぎる溶岩の塊。

山よりも大きなそれは、最近黒鬼の眷属になった邪悪なる巨神ほどの--


「ギャアアアアアアアア--ーーーーー?!」

「オレたちあれに突っ込んでいきそうなんだけど、……あれ?」

「クーーソーーオ--ニ--イイイッ!!」

「おっさんみたいなのがいる」


赤い球体の側に、青い影が立っていた。

朧気おぼろげな青いそれは、確かにくるくるとした髪とあご髭の男に見えた。

しかし、その青い男は、球体の五分の一ほどの大きさで、つまり、やっぱり山程の大きさのおっさんなのである。

青い男は、赤い球体を握り拳で高速で連打していた。

青い拳が、赤い球体に触れるたびに消滅し再生する。


(一点集中寸分違わず!狙ってやがる!赤いのを打ち砕くつもりだ!あんなのを!!)


青い男が、赤い球体に近づく青柳たちに気がつく。

青柳たちに向かって走ってきた。

青い両拳を構える。


(一点集中クソがアアッッ!!)


進む先は、炎の極地。

やって来るは、青影の怪奇。


「オイッ!!オレの手を掴めるかッ?!」


青柳は季忌に向かって手を伸ばした。

水を操れればと思ったが、出来なかった。

黒いもののせいだろう。


「なんで?」


季忌は、迫る青い男に表情も変えず、不思議そうに青柳を見た。


「オマエの技を、消しただろッ!!」


季忌は腕を伸ばした。

だが、届かない。

黒いものの動きで、さらに距離が開いていく。


「クソッ!!」

「大丈夫だぜ、これくらい。」


ぽん、と青柳の手の平に小さな手が乗っかった。


「は?」


手の先がちぎれ、だらり、その先に白い糸が垂れ下がっていた。

それが遠くの季忌の腕に繋がっている。


(ななな)


「なんじゃこりゃアアアアア--ー?!!」

「体質」

「そうかよ体質かクソがアアアアアア?!!」


青い男が青柳たちの前に立つ。


(頼むッ!!)


青柳は、季忌の手を強く握り締めた。


(コイツも守ってくれッ!!)


青い男の拳が振り下ろされる。



青柳の首にかかる灰色の二連の輪が震える。

月色の丸石が、淡く光を放つ。



火の粉が舞う。



青い男の拳が弾かれた。



(ッしッ!!)



青柳にも、季忌にも触れられない。



青い男は、動きを止め、


そして、


また、

拳を振り下ろす。


幾度も、


幾度も。



拳が繰り出されるたびに、男と青柳たちの間を火の粉が雨のように降り落ちた。


震える灰色の首飾りから、ぴしりと音がした。


(ッ!!)


青柳たちを掴んでいた黒いものの掴む力が弛んだ。


「クソッ!!」


青柳は黒いものから飛び出す。

季忌の方へと飛び移る。


「ッ!」


青柳は季忌の上から覆い被さり、ぎゅうと抱きしめた。

白氷がふたりを包んでいく。

青い男の拳が、火の雨を越えて、白氷に当たる。


(--ーッ!!)


青い拳の掠めた白氷が、青黒く染まっていく。

身体中を激痛が走った。

生気が奪われていく。



(もっと強く)



(強く)



(守れッ!!)



青柳の身体から白金色の燐光が立ち上がり、砕けた氷が再生する。

再生した氷の内にある白金色の燐光に、青い男は拳を止めた。

攻撃の止んだ隙、黒いものは、青柳たちを掴んだ。

そして、そのまま火の球へと引きずりこんだ。








暗闇の中で、青柳はもがいて、

もがいた。


求めて、

求めて、

光を求めて、


こじ開ける。






目の前に小さな女の子が座りこんでいた。



くねくねと広がる橙色の長い髪に、大きな桃色の目を見開き、青柳を見つめている。

白いふわふわの外套に身を包んだ肩の上には、黄色い蜘蛛がちょこんと乗っている。

女の子の肩の上で、前肢をワシャワシャ動かしている。


「ッ!」


青柳は、ずさりと一歩後退る。

キョロキョロと辺りを見渡すと、建物の中にいるようだった。

あたりは薄暗く、よく見えはしないが、遠くに見える壁に、くりぬきの穴が幾つか見える。

青柳は、六角形の黒い石の上にいた。

黒い石の周りには、水が満ちていた。

黒っぽい水と、青白く光る水が、ゆったりと交じり合い流れている。

膝丈くらいの浅い水底には、黒や、茶色、白い石が嵌め込まれていた。

青柳が乗っているような黒い六角形の石は、大小と違いはあるが、水面の上に頭を出している。

青柳は、青い目を瞬かせた。


(?オレ、変なガキに攻撃されて、やり返したもんだから、黒朗のヤツに…確か牢に入れるとか……それで……)


闇の中に浮かぶ巨大な火の球に、


襲いかかってくる青いおっさん、


黒いものに火の球に引きずりこまれて、


(………………)


青柳の視界に、黒い籠手のようなものに包まれた両手が入った。

赤い火の粉みたいなのが付いていて、なんだか生温かい。

銀色の毛虫のような紋様が手甲にあった。


(………………)


青柳は鼻を鳴らした。

唇の端を上げる。


「ゆーめだったかアアアアアー!ア--ハッハッハ--!!そうだよなッ!だいたいだッ!友だちを牢屋に突っ込むとかそんなことするわけがね~んだよ!そんな鬼みたいなことな………鬼みたい、…な……」

「ここ牢屋だよ?」


橙色の髪の少女が、青柳を見上げて言った。


「……夢だ。異国人の言葉がわかってたまるかよッ…!」

「王様がね、話せないのは大変だからって、言葉がわかるようにしてくれたんだよ。」


がっくりと青柳の肩が落ちた。


「………へー、そっか、そっか、オマエ誰だよォ……」


青柳の喉から、力ない細い音がふらふらと出ていく。

黒鬼のあのあれをもう一度くらうと考えるだけで…


(考えんなッ!!頭が殺られるッ!!)


「?フィユルだよ。そーいうあなたのお名前は?」

「あぉやぎ」

「フィユルはここの牢屋の番人だよ。王様から罰をもらうまでは、ここにいてもらいます!その間に、ちゃんと喧嘩を反省しなくちゃいけません!いいですか、ヤギさん。」

「?やぎさん?」


青柳は、目の前に立つ少女をまじまじと見る。

色白の小さな顔に、薄桃色の頬、大きな目、橙色の長い髪が、上掛けのように広がる。

赤や、緑、白や黒の糸で刺繍がされた麻色の服に、白いふわふわの外套を着ている。


荒事とは無縁の、か弱い女の子にしか見えない。

牢番と言っていたが、こんなただの子供が…。


(あ?!)


青柳はあたりを見回した。

鋼色の髪の少年がどこにもいない。


「なァ!オマエより少し年上の男のガキがこなかったか?!オレと一緒にここに来たはずだ!!」

「えっと…、どっか行っちゃた…。」

「なに?!」


フィユルが青柳たちを見つけた時、倒れていた青柳の近くに少年は座っていた。

だが、フィユルが青柳の様子を見ている間に、少年の姿は消えていたのだ。


「まずい…」


青柳の呟きに、フィユルは桃色の目を瞬く。


(アイツ、ぜってー頭おかしいからなッ!)


初対面の青柳を、躊躇うことなく殺ろうとしていた。


険しい顔をして、青柳は立ち上がる。

フィユルは青柳の腰に抱きついた。


「ダメッ!!メッ!メッ!!メー!!喧嘩はダメ--ーッ!!仲良くしないとダメ--ッ!!」

「なッ、に、はなせッ!」

「そんなだと、ずううーーーッと外に出してあげられません!ちゃんと反省ッ!してッ!」

「だからオレは悪くねーんだよッ!悪いのは」

「あなたをここに送ったのは、王様でしょ?」

「あ?!そうだよ、血も涙もねえ極悪非道のクソ鬼がフア?!」


言葉を発する青柳の腹がフィユルの両腕にぎゅうぎゅうと締め付けられる。


「王様の悪口もっとダメ--ッ!!!」

「ちょッ、はなせ!離れろ!」

「謝ってヤギさん!王様にごめんなさいって」


無表情な黒鬼の横っ面に、拳が入った。


「だアアぁあれが言うかアアア--ッ!!」


青柳の頭の中で。


「なアアにが「喧嘩か?」だあのヤロウッ!!喧嘩なんかしてねえよバカヤロー!!あのクソガキが殺る気できやがったから、迎え撃っただけだッ!!」


倒れた黒鬼に乗っかると、


「それをあのヤロなんでもかんでも、燃やせばいいみたいなふざけんなよッてんだッ!!」


黒鬼の首を腕でギリギリと締め上げる。


頭の中で。

青柳の頭の中でだ。


現実で出来るのかどうかは、わからない。

だが、


(いつかやってやる!やって…)


“絶対ッ!絶対その首はね飛ばしてやるからなッ!!クソ鬼がアアアッ!!”


青柳がそう言った時、


(そうだ、いつか)


あの時、黒鬼は笑った。

幸せそうに。

青柳は、ギリと拳を握りしめる。



「?!」



青柳の身を冷たい空気がおおう。

真冬の夜のような気が辺りを漂っていた。

くりぬきの出入口に、男が立っていた。

真ん中分けの短いサラサラとした黒髪、垂れぎみの黒目、真っ白な肌の痩せた男だ。

フィユルと同じような白いふわふわの外套を羽織っている。

その手に、長いホウキを持っていた。

白い箒だ。


「お兄ちゃん!」


フィユルが男をそう呼ぶと、男は目を細めて笑んだ。

男は、青柳たちのいる場所まで、細長い足をかっぽかっぽと繰り出し大股で歩いてきた。


「フィユルー、ダメだよ~?」

「なにがダメなの?」

「抱きついたらダメなの。お兄さん困ってるよ。ごめんね、えっと…」

「…青柳だ…」

「アオヤギくん、ごめんね。」

「……別に、気にしてない。」


青柳の性別を男は間違えた。

いつものことである。

青柳は気にしない。

だって、女に見えないようにしているのだから、そのほうがクソ変態男に絡まれる厄介事がない。

だが、


だが…、


いやな予感が激しい。


「あの、」

「けど、迷惑をかけて申し訳ないからね。お詫びをするよ。」

「いや、詫びなんか」

「今、腰の肉、削いであげるから。」

「………」

「気分悪いもんね~」

「………」


笑顔の男の全身から、邪悪な気配が吹き出していた。


(まずい変態がきたッ!!)


青柳は、男に見えるようにしているが、なかなか美少年風に見えるらしい。

凛々しい感じの。

黙っていれば、だが。

黙っていても、そこら辺でいつも昼寝ばかりしているから、どうしようもないぐうたら男としか見られない。

そんなの女にもてるわけがない。

けれど、どっかの美女村長に恋してる男とか、美少女に恋してるクソ鬼の家来とかに、恋敵と見なされるというおかしな厄介事に見舞われることがあった。


(クソめんどくせエエエ--ッ!!)



「お兄ちゃんの意地悪!」


フィユルは、ぷいッと兄から顔を背けた。


「フィユル悪くないもん。ヤギさんが喧嘩しに行こうとするから止めてただけだもん!」

「そっか、えらいねー、フィユルー、お仕事してたんだねー」


むすくれたフィユルは、頭を撫でる兄の手に次第に綻んだ顔になっていく。


「でもねー、むやみにオスに触ったらダメだっていつもいつも言ってるだろー?オスは汚いからなー、フィユルが汚れちゃうんだよ?」


青柳は、男の言葉にうんうんと頷いた。

無垢な少女は、変態男に関わってはいけない。

フィユルは、大きな目で兄を見つめ、それから青柳を頭のてっぺんから足先まで見た。


「ヤギさん、どこも汚くないよ。お兄ちゃん。」


青柳は、ふーっと息を吹き、首を振った。

そんな青柳を見て、フィユルは頬を膨らませた。


「フィユル、ダメだよ、騙されちゃいけない。まだ小さいオマエにはわからないだろうけど、世の中には、天使の皮をかぶった悪魔がウヨウヨしているんだ。」


青柳は、また、うんうんと頷いた。

そんな青柳と兄を見て、フィユルは叫んだ。


「フィユルだまされてないもん!ヤギさん、汚くない!絶対ぜったいぜ~ったい汚くないもんッ!!カッコいいもんッ!!」


青柳は固まった。


「--ーなんだって?」


お兄ちゃんの首が、ぐるりと背後にいる青柳に向けられた。


(回りすぎいッ!)


見開かれた目が、ぎょろりと青柳の顔前に迫る。

青柳の灰色の首飾りがグラグラと震えて、

弾け飛んだ。


「カッコいい?コレが?こんなのが?こんなのがいいの?こんなのが--ー??!!」


鼻と鼻がくっつきそうな距離で捲し立てる男に、青柳は硬直する。


(まずい--、かっ、身体)


男の血走った黒い目が青柳を覗き込む。

その目の奥の底が青白く光った。


(動かね--ーッ!!)




世界が割れる音がした。



「?!」



男の姿が青柳の目の前から消えていた。



パリッぱりッ、

音が、光が弾けている。



その下に、黄色い蜘蛛がいた。


「おッ、オマエ!」


黄色い蜘蛛がピシッと前肢を上げた。

蜘蛛の背に、黒い稲妻のような模様が見えた。





黒っぽい水と、青白く光る怪しい水の中から、フィユルの兄がザバリと出現した。

立ち上がった身体の胸のあたりが黒く焦げている。

上を見上げ、横を見て、姿が消えた。


目を瞬かせる青柳にフィユルは言った。




「お兄ちゃんは、お仕事しに行ったんだよ。」








六角形の白石が散らばる床の上で、たくさんの者が倒れていた。


人間が倒れていた。

異形の魔物が倒れていた。


それが、ふわりと浮いて、一ヶ所に山のように積まれていく。


床に落ちている人間が、呻いた。


「なぜ、アイツを守るッ…!…人間のくせに………あの街の者なら、許せないはずだッ……!」


憎悪に濡れた目が睨み付けるのは、白い扉。


「あの、人殺しをッ!!」


人間の示す部屋にいるのは、灰色の髪と赤紫色の目を持ち、邪悪なる神と魔物を解放した少年。

街を崩壊へと導き、死者を出した大罪人、ルウスだ。


白い箒が、くるりと回る。

黒髪の痩せ男--ファウスは息を吐いた。


「人間がどうとか、人殺しとか、どうでもいいなー。」 


喚く人間の側に寄る。


「こっちは仕事なんだよ」


人間の頭の上で、足を振り上げて、


「おとなしく寝てな、罪人。」


ぐしゃり、下ろした。





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