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黒鬼の旅  作者: 葉都綿毛
第三章 死面の篝火
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女神か悪魔か

黒い鬼を王とする魔物と人間の国、ダノクト---


昼下がりの街では、人間が、魔物が、目を皿のようにして、ひとつ所を凝視していた。




美しい女が、歩いていた。




青銅色の目、透き通るような白い肌、花びらのような唇。肩まであるザンバラ髪は灰銀色。


白い肌に黒いつたの紋様が刻まれた服を身に付け、その上から、豊満な胸も艶かしい身体の線もあらわな光沢のある白く長い布を纏っていた。



「なんて美しい…」

「女神だわ!!」

「天使様だ!!」



人間たちは、吐息をつき、感涙した。



【あわッ?!】

【なんかヤバイ、ヤバイヤツが来たぞオオ--!】

【サ、サーチャアアアア--!!に言わなきゃああ--?!】



魔物たちは、足をもつれさせ、スッ転びそうになりながら逃げ出した。



(この街のおかしなこと、魔物と人が共にいるなんて、どういうことかしら…?)



わにの女が小首を傾げると、人だかりからため息が上がる。

人間たちの顔は紅潮し、目は潤み、女の一挙手一投足に身を震わせている。



(ふふふ)



鰐の女は、楽し気に笑んだ。



(仕方ありませんわ。わたくしが選んだ特別ですもの、普通の人間には、刺激が強いでしょうね。)




【お~い】




人だかりの中、黒い牛頭の魔物の身体がにょっきりと突き出ていた。

艶々の黒い毛に覆われた手をこちらに向かって振っていた。

2本角の黒い牛頭の下は、人間の身体のよう。

白い半袖シャツに、黄土色のズボンをはいている。

腰には、黒い長袖の上着を巻き付けていた。

その上着の下からは、3本のしっぽがふらふらと流れて揺れている。

黒い筋肉で盛り上がる背中には、籠をいくつも背負っていた。



「なにかご用?」

【え?】



牛頭の魔物は、下から聞こえた声に長い睫毛に縁取られた赤黒い目をパチパチと瞬かせた。

鰐の女の存在に気付いていなかったらしい。



(へんな魔物の子…。わたくしを見たら、魔物は逃げ出すのが普通ですのに…、あるいは、垂涎物の人間たべものに見えるはずですのに!)



鰐の女の不機嫌そうな表情に、牛頭の魔物は、おろおろと、ある所を指差した。



【いや、ソイツが知り合いでさ!友だちの友だち?って感じで!】



女の横にいた大きな白虎の背に、青柳あおやぎがうつ伏せで乗っていた。その側でとぐろを巻いてた水色の蛇が青い目をこちらに向けている。



【…あれ?寝てる?】

「ええ、少し疲れてしまったようですわ。」

【へー、そうなのか。…ていうか、お姉さんなんでオレの言葉わかるの?人間は、魔物の言葉わからないのにさ。】

「それは…」




「はアうアアアア-----?!!」




突如、男の野太い叫び声が上がった。

少し離れた場所で、長身の厳つい顔つきの男が、血の気の引いた顔をひきつらせて立っていた。



【ダフネ隊長?!】

「悪魔がッ、悪魔が、なぜここにイイーー?!!」

「ちょっとッ!!なんて酷いこと言うの!!コレウセが牛男になっちゃったのはもう仕方がないことでしょ?!」



黒髪と緑色の目をした女が、髭面の男にぐいぐいと迫った。



「いやッ!ちがう、ちがうんだ!マアリ!!隣にいる女が、」

「となり…?」



マアリは目を細めて、ダフネの指差す方を見た。

マアリの緑色の目が、カッと見開かれた。

白い両手が口元を押さえ……



「キャアアアアアアアーーー---!!!」

「?!!」

「女神イイイ---!!女神が降臨されましたわ---!!」

「マ、マアリィ?」

「お名前をお聞かせいただけませんか?美しい御方…」

「わたくしは、ガラディー、と申します。マアリ。」

「はあああああんん!!女神の微笑み!!声まで最上!!」



のけぞる妻の周りを、髭面男はおろおろと動き回る。




『まったく、騒がしいヤツらめ。』




牛頭男の肩に灰色の小鳥が止まった。



【ゾフさん】



コレウセは、黒い毛で覆われた手で、背負っている籠から丸い芋を取り出すと、小鳥の前に出した。

小鳥は、つつつ、と芋を突っつきながら喰らい始めた。



【ルウスの様子はどう?】

『いつも通りだ。今日の飯はなんだ?』

【ツグとシシのおにぎりと、ゴロンドヨンの肉の炒めもの】

『いいだろう。』



小鳥は、重々しく頷いた。








「ゾフタルキタ?」



ガラディーと名乗った女は、口元に手を当てて目を見開いていた。



『ワタシを知っているのか?』

「もちろんですわ。わたくし、記憶力は良いのです。あなたはとても魅力的ですし、忘れるわけがありません。」



青銅色の目は、ゾフタルキタにヒタリと留まり、女の唇が弧を描く。



「あなたならば、わたくしの悩みを消してくださるのではと、空を飛ぶあなたの姿を眺めておりました。地を這いながら…。」




妖艶な声音





煙る誘いの色





『…、ほう』





金色の瞳孔に潜む、獰猛な気配






ゾフタルキタの足が、少し後ろへ後退した。




「フフフ、今でもそう思っているのです。あなたに焦がれて、焦がれて、そう…」




ひゃあああ?!と牛頭男からおかしな叫び声が上がる。




「まるで…」




そう言った女の目が、細くなる。






【あげるッツ!!】






コレウセが、籠をひとつ、ふたつと女に渡した。



【ゾフさん鳥だし、お姉さん人間だし、前途多難な恋は大変そうだけどさ!元気だして、お姉さん!!これ食って!うまいから!】

「………」

『まてぃ!!それはワタシのだ!!』

【ゾフさんの分あるよ?】

『いいいっこしか残ってないじゃないかッッ!!』

【いっつも思ってるけどさァー、なんで、自分の体の50倍くらいの弁当一個じゃ足りねーの?おかしくね?じゃあ、あとで持ってくるからさア…】

「その必要はありませんわ、これお返しいたしますから。」

【え、でも】

「ふふ、わたくしの糧は、こういういったものではダメなのです。人間ではないですし。」

【え、】

「それに、わたくし大変な偏食家で、家族からも呆れられていたくらいなのです。そのせいで殺されかけましたわ。」

【んん?!】

「お気持ちだけ、受け取っておきますわ。食べる物を、あなた方を造り上げるモノをくださるなんて、とても、とても崇高な行いです。感謝いたします、コレウセ。」

【いや!そんな!やめてくれよオオ】




照れる牛の鼻先を、鋭い風が吹き抜けた。




赤い髪が舞う。

刀を手に、白い着物を着た青年が、コレウセの前に立っていた。



【あ、あんた…】



コレウセは、その背中に目を見張る。

コレウセとコレウセの大切な友を、助けてくれた異国の人間。




「なんてこと…】




深い怒りの音がする。

いつの間にか離れた場所に立つ女が、灰銀色の髪に指をかけて、震えていた。

美しい灰銀色の髪が、少し切れていた。




【わたくしに傷を付けたな……!!】




紅羽くれはは刀を構えた。




「……オマエは、なんだ?この国の住人ではない魔物だろう?入ることは、出来ないはずだ。」






【待ってください!!クレハさん!!】




黒い牛男が、紅羽と女の間に割り込んだ。




【あ、あなた、ガラディーさんも!!怒らないで!!お願いだよッ!!】


【クレハさん、ガラディーさんは何も悪いことしてないよ!!戦わなくていいんだッ!!】




身振り手振りと伝わらない言葉で、コレウセは懸命に紅羽に訴えた。



「…………」



紅羽の目が、コレウセを見て、




【ゆるさない…】




女を見た。




【ゆるサナイ…、オマエ】




野太い声が、女の声から滲み出す。







女の目と紅羽の目が、かち合う。








【     】








女の頭の上、ぽふり、


落ちたのは、灰色の小鳥。



ピュラッ!と甲高い囀ずりが響く。



銀の混じる虹色の光粒が、パラパラと女の上に降り注いだ。



女の切れた髪が、元に戻っていた。





『愚か者め。髪を切られたくらいなんだ!ここではな、喧嘩をしたら死ぬんだぞ、半分な。恐ろしく残虐な鬼が黙ってはいない。気をつけろ!』

【ゾフさん、最高!!優しい!!】



両手を上げて、喝采を送る牛男。

小鳥は空色の目を細め、顔をしかめた。



『勘違いするな。喧嘩を見て見ぬふりしたら、同じ目に合うからだ!!い!い!な!あの人間にも手を出すな!アイツは、あの鬼が一目置いている。…それに、キサマが手を下さずとも、もうじき死ぬだろう。』

【…え?】



小鳥の言葉に、女は青銅色の目を見開き、花びらのような唇が音にならない何かを紡ぐ。


ぐらり、赤髪の青年の身体が揺れる。

その身体を、黒い牛頭の魔物が駆け寄って支えた。

魔物の目から、涙が落ちる。



『あと数日で死ぬ人間なんだ。見逃してやれ。』

【それなら、今、あの人間は何をしているんですの?死にかけているのでしょう?】

『……守っているだけだろう。あの人間にとって大事なものを。そういう、ただの愚かな人間だ。』

【……………】





“クレハさん、ガラディーさんは何も悪いことしてないよ!!戦わなくていいんだッ!!”




(人間のくせに、魔物を守るなんておかしなこと…)




“オレの知り合いの紅羽が、もうすぐ死ぬかもしれないんだ。だから、紅羽と、ですね…。その、いちゃいちゃだけでも、いいかと思うんですが…”




(自分の命が消えてしまうというのに…)




ガラディーの青銅色の目が、緩んだ。




(他者を守ろうとする人間…)




花びらのような唇が、ふっと息を吐く。




「クレハ」




紅羽の前髪を上げた白い手は、ひんやりと冷たい。

視線を上げた先には、灰銀色の髪と青銅色の目をした美しい女。

額に、柔らかなものが触れた。





「わたくしと、結婚いたしましょう。」






「……………は?」




動きを止めた赤髪の青年に、ガラディーは微笑んだ。


愛しい人を見つめる、ただびとのように。










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